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27話 協力関係


倒れたオークの巨体。

散らばった小瓶と金属筒。

焦げた匂い。

そして、荒い息を繰り返す女。


霊山はワイルドウルフの体に憑りついたまま、その女を見ていた。

右腕の布は血を吸って赤黒くなっている。

顔色も良くない。

だが、目だけは妙にはっきりしていた。


少しの怯え。

それ以上の好奇心。


そういう目だった。


女は壁に肩を預けたまま、眼鏡の位置を左手で直した。

それから一度だけ深く息を吐く。


「話始める前にいいかしら」


そういってワイルドウルフの口の中に、何かを突っ込んだ。


「その魔物の体から出てきて頂戴。

その魔物は私が倒すから。中にいるままだと巻き込んじゃうかもしれないわ」


そう忠告を受けて、俺は憑りつきを解除する。それを確認すると次の瞬間。


大きな爆発音と共に、ワイルドウルフが爆散した。


女性は落ち着いていた。

敵を、木端微塵にした後とは、到底思えなかった。

そして、この女性にだけは逆らうのはやめようと、心の中で強く誓った。


「自己紹介させてもらうわ」


何もなかったかのように、しゃべり始める。

女は右腕を押さえながら、背筋を少しだけ伸ばした。


「岩神海。29歳。研究者よ」


岩神海。


霊山はその名前を胸の中で反芻した。


海は足元に散らばった道具へ視線を落とし、小さく苦笑した。


「見ての通り、戦うのが本職ってわけじゃないわ。でも、調べるために潜る準備はしてきたつもりだったのよ」


見ての通りという言葉をこの女性は知らないのかもしれない。

海はその反応に気づいたらしい。


「どうしてここにいるのか、って顔ね」


全然俺が、思っていることは伝わっていなかったが、それも知りたいことの1つだった。

そのため、霊山はじっと見返すしかなかった。


海は少しだけ目を伏せ、それから静かに言った。


「今入らないと、封鎖されて当分入れなくなると思ったから。だから、入ったの」


あっさりした言い方だった。


「ダンジョンが出た直後の情報って、今しか取れないの。発生初期の魔物の性質、魔石、素材、空間の変質、スキル発現の傾向。全部、後になればなるほど人の手が入るし、混ざるし、失われる。正式な調査が始まる頃には、研究として一番欲しい情報はもう取りこぼしてる」


そこまで言って、海は少しだけ口元を歪めた。


「危険なのは分かってた。でも、私にとっては、今入らない方がもっと問題だった。研究が致命的に遅れるから」


迷いのない言葉だった。


言っていることは無茶苦茶だ。

自分のリスクなどを、一切考慮していない。

だが、研究者としての筋は通っている。


海は小さな金属ケースを引き寄せ、散らばった道具を左手だけで器用に拾い集め始めた。


「それで、最初にゴブリンを倒した時だったかしら。青白い板が出て、ステータスとスキルが見えるようになったの。私はその時に、錬金、解析、分解を手に入れた。だから潜れたのよ」


海はケースの中から、小さな硬い塊を取り出した。

乾燥した肉にも、固いパンにも見える奇妙なものだった。


「これ、非常食。ワイルドウルフの素材から作ったやつ。味は最悪だけど、食べられる。魔石と最低限の材料があれば、錬金でこういうのは作れるの」


霊山は少しだけ目を見開いた。


魔物から、非常食。


たしかにこの女の荷物には、普通の探索者の装備とは違うものが多かった。

生き残るための工夫を、自分のスキルで補っていたのだ。


海はそこで、自分の右腕を見下ろした。


「でも、さすがに3階層は甘くなかった。途中までは上手くいってたのよ。研究対象も素材も、想定よりずっと多くて。……で、調子に乗った」


小さく自嘲する。


「ちょっと手を出しすぎたわね。3階層の通常より強い個体に見つかって、逃げ損ねて、こうなった」


右腕の布からまた赤が滲む。

致命傷ではない。

だが、軽傷とも言えない。


「応急処置はした。でも、片手が使いにくい状態で3階層を抜けるのは、リスクが高すぎるわ。しかも、ここで一度地上へ戻ったら、もうしばらくは入れないでしょうね」


海はそう言ってから、少しだけ間を置いた。


「だから、お願いがある」


来たか、と思う。


霊山は身構えるように耳を立てた。

海はそれを見てもひるまなかった。


「5階層まで行きたいの。

そこにある材料が必要なのよ」


5階層。

まだ遠い。


海は続ける。


「解析で分かったのだけど、錬金で回復薬を作るには、5階層でしか取れない素材がいる。今の私の手持ちだけじゃ無理。でも、そこまで行ければ、腕をちゃんと治せる可能性が高い」


そこで一度だけ右腕を持ち上げ、すぐ顔をしかめて下ろした。


「今のまま上に戻るより、5階層まで行って回復手段を確保したい。そうすれば、今後の人たちの探索に大きく役立つわ。それに、そこまで行けば研究材料としても大きい。

……もちろん、私1人じゃもう無理」


海は左手を小さく開いた。


「あなたに手伝ってほしい」


洞窟の中に、水滴の音だけが落ちる。


霊山はすぐには動けなかった。


この女性は、相当な変わり者だ。

研究のために封鎖前に飛び込み、魔物から非常食を作り、3階層で死にかけて、それでもまだ5階層まで行こうとしている。


だが、嫌いじゃなかった。

むしろ、妙に納得してしまう部分もある。

自分だって、喋れるようになるために無茶を重ねてここまで来たのだから。


海は返事を急かさない。

ただ、興味と疲労と覚悟を全部抱えた顔で、霊山を見ている。


霊山はしばらく考える。

たとえ、帰らせようとしても、この女性なら意地でも帰らないだろう。

ならついていって守った方が安心だと思い、しぶしぶ頷く。


海の目がわずかに細くなる。


「……そう

少なくとも、話を蹴るつもりはないのね」


霊山は、もう一度小さく頷いた。


意思疎通のスキルがあるからか、今までより少しだけ意図が通じやすい気がする。


「助かるわ」


声は静かだったが、明らかに本音だった。


「もちろん、ただ守ってもらうだけのつもりはない。私にもできることはある。

解析も、分解も、錬金も、ダンジョンではそれなりに役立つはずよ」


そこまで言ってから、海は少しだけ笑った。


「それに、あなたのこともっと知りたいわ。

……こっちは完全に私の都合だけど」


霊山は内心で少し肩を落とした。

やっぱりそこは入るのか。


だが、悪い気はしなかった。

少なくともこの女は、霊山をただ怖がるのではなく、理解しようとしている。


海は壁から体を離そうとして、少しだけよろめいた。

やはり限界は近い。


行くなら、急ぐ。


そういう意図を込め急ぐジェスチャーをする。


海は少しだけ目を見張ってから、苦く笑った。


「そうね。交渉がまとまったなら、休んでる場合じゃないわね」


左手でケースを閉じ、必要な道具だけを拾う。

右腕は使えない。だが動く意志は折れていなかった。


「じゃあ、改めてよろしく。

あなたの名前は……まだ聞けないのよね」


霊山は答えられない。


海はその反応に、また少しだけ笑う。


「分かった。今はそれでいいわ」


3階層で、研究者とゴーストは並ぶように同じ方向を見た。


目指すのは5階層。


1人で潜っていた時とは、少しだけ景色が違って見えた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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