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24話 事前準備

第一期ダンジョン調査協力候補者向けの事前講習会場は、都庁近くの古い研修施設だった。


俺はバスを降りたところで、思わず建物を見上げた。


もっとこう、最先端の研究施設みたいな場所を想像していた。

国が本気でダンジョンを管理するって言うなら、ぴかぴかの白い建物に、物々しい警備でもついているものだと思っていたのだ。


実際に目の前にあったのは、灰色の壁に曇った窓、妙に事務的な玄関と警備員。

いかにも役所の延長みたいな建物だった。


「何その顔」


横で茜が小声で言う。


「いや、もっとこう、秘密基地っぽいの想像してた」


「子どもか」


「うるせえ」


軽口を返したものの、内心は落ち着かなかった。

ついにここまで来た、という感じが強い。

あの門の向こうへ行くための、ちゃんとした入口。

俺たちはそれを自分の足でくぐりに来ていた。


受付を済ませて中に入ると、そこにはすでに何人もの候補者が集まっていた。

年齢はばらばらだ。大学生くらいに見えるやつもいれば、30代、40代っぽいのもいる。

全員が少し硬い顔をしていて、ただの説明会じゃない空気が漂っていた。


未成年っぽいのは、どう見ても俺たちだけだった。


茜も同じことを思ったのか、少しだけ肩が強張っている。


ざわついていた会場が静かになったのは、前の扉が開いた時だった。


1人の男が入ってくる。


灰色のスーツ。

細い銀縁眼鏡。

痩せ型で、こめかみに白髪が混じっている。

派手さはない。いかにも役人、って感じだ。

なのに、入ってきた瞬間に分かった。この場で一番偉いのはこの人間だと。


男は壇上の前に立ち、会場を見渡した。


「第一期ダンジョン調査協力候補者の皆さん、本日はご足労いただきありがとうございます」


声は低く、落ち着いていた。

なのに、その一言で私語が消えた。


「私は榊原恒一さかきばらこういち。内閣府直轄ダンジョン対策室の現場調整官として、皆さんの事前講習、簡易訓練、装備支給、および初回同行任務の統括を担当します」


直感がただのおじさんじゃないことを告げていた。


「最初に確認しておきます。皆さんは正式な探索者ではありません。あくまで調査協力候補者です。したがって、現時点では単独潜行を認めません」


会場の空気が少しだけ硬くなる。


「また、ダンジョン内で得た素材、魔石、情報には管理義務が発生します。国家による保全、分析、危険物管理の観点からです。不満はあるでしょうが、現状では必要な措置です」


反発しそうなやつは何人かいた。

顔をしかめるやつもいる。

でも榊原は、それを見ても口調を変えなかった。


「法整備は追いついていません。現場運用も、資源分配も、危険評価も、まだ完全ではない。皆さんを守るためでもあり、同時に、国家として制御不能な状況を作らないためでもあります」


静かな声だった。


けど、その静かさのまま圧をかけてくる。


「そのあたりを理解できない方は、今この場で辞退してください」


誰も立たなかった。


そりゃそうだ。

ここまで来たやつが、そんな一言で帰るなら最初から来ていない。


榊原はわずかに頷いた。


「結構です」


そのまま事前講習が始まった。


魔物の基本種。

階層ごとの危険度。

遭遇時の対応。

魔石の回収手順。

負傷時の優先順位。

同行職員との連携。


聞けば聞くほど、夢がない。

冒険者なんて言葉の軽さが、逆に笑えてくるくらいだった。


でも、その現実味はありがたかった。

少なくとも、国は何も分からないまま突っ込ませようとしているわけじゃない。

分からないなりに、把握したことを詰め込んでいる。

それだけで少しは信用できた。


講習が終わると、そのまま簡易訓練へ移った。


走る。

避ける。

重りをつけてダッシュ。

支給予定の防具を模した装備での移動。

短時間とはいえ、想像以上にきつい。


「はぁっ……きつ……」


横で茜が息を切らしている。

俺も余裕はなかった。

正直、なめてた。

日頃の運動などとは、全く違う辛さだ。

そこへ榊原が歩いてきた。


「柳葉君、青桐さん」


名前で呼ばれた。

それだけで、少しだけ背筋が伸びる。


榊原はタブレットを一瞥して、淡々と言った。


「体力は平均以下です」


いきなりそれかよ、と思った。


だが、次の一言が続く。


「ただし、未成年であることを考えれば悪くありません。少なくとも、話にならない水準ではない」


褒めてるのか、ギリギリ見込みありと言ってるのか分からない。


「どうも」


とりあえず返すと、榊原は表情を変えずに続けた。


「ただし、覚悟と適性は別です」

「世の中の評価だけでは、戦場では生き残れません」


心臓が一瞬だけ止まりかけた。


俺たちに遠回しに伝えているのだろう。

世論が後押ししたから、通したが実力を疑問視していることを。


「それでもあなた方を候補から外さなかったのは、覚悟だけは本物だと判断したからです」

「利用できる覚悟なら、こちらは使います」

「嫌なら辞退してください」


冷たい。

でも、嫌いじゃない。


ダンジョンの中では綺麗事だけじゃどうにもならないんだから。


「辞退しません」


気づけば、すぐに口から出ていた。


茜も続く。


「私も」


榊原はそれを聞いて、ほんのわずかに微笑んだ。


「その覚悟があれば大丈夫そうですね」


装備支給は午後だった。


軽量防刃ベスト。

ヘルメット。

膝当て、肘当て。

ライト。

応急キット。

通信機。

それから伸縮警棒。


俺は支給された通信機をつい触りたくなって、即座に係員に止められた。


「勝手に設定を触らないでください」


「見ただけです」


「そうは見えないから注意したんです」


横で茜が笑いを堪えている。

少しムカつく。


全部が終わる頃には、外は夕方に差しかかっていた。


だが今日はそれで終わりじゃない。


初回同行任務。


選ばれた候補者数名だけが、政府職員と一緒に実際のダンジョンへ入ることになっていた。

都内近郊の、比較的浅い管理下ダンジョン。


「新宿のダンジョンにはいかなんですか?」


「新宿などの主要のダンジョンは、ダンジョン発生時に出てきた魔物の種類が、他のダンジョンとは違いゴブリンじゃない」

「ダンジョンのまものの強さが違う可能性があって、まだ安全性を担保できていない」


ダンジョンについての説明をしてくれた、研究職っぽい職員の人が答えてくれる。

多分、新は新宿ダンジョン居る。

早く強くならないといけないといけない。


「新なら大丈夫よ。そう簡単にくたばる奴じゃないわ」


焦りが顔に出てしまっていたようだ。

しかし、その言葉を聞いて焦りが落ち着いていく。


「まあ、しんでも死なないような奴だしな。文字通り」


そんな軽口を小声で言い合う。


そんなことをしているとバスが止まり、扉が開く。

榊原の「生きて戻ること。それが今日の最優先事項です」という声が、最後に静かに響いた。


俺は支給された装備の重さを確かめるように肩を回し、それから黒い門へ向かって足を踏み出した。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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