16話 作戦決行
電話の後、早速最寄り駅まで呼び出された青桐茜は、詳しい説明もされないまま新宿まで連れてこられていた。
「ちょっと、剣。ほんとにどこ行くの」
「着けば分かる」
電車がまともに動かないせいで、ここまで来るだけでも一苦労だった。
線路の復旧していない区間はバスに押し込まれ、途中からは歩かされ、ようやく辿り着いた新宿駅東口は、もう茜の知っている街ではなくなっていた。
規制線。
何重にも置かれたバリケード。
警察車両の赤色灯。
黒い門を遠巻きに囲む制服警官たち。
その周りには、報道陣と野次馬、ダンジョンの規制に対してデモ活動をしている人、ただ立ち尽くしているだけの人たちがいた。
あの日、新が飛び込んでいった場所だ。
そう思った瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んだ。
剣はそんな茜の顔を横目で見て、ようやくポケットから小さなものを取り出した。
「ほら」
投げられたそれを、茜は慌てて受け取る。
白い小さな容器だった。
「……目薬?」
「そう」
「何で?」
剣は平然と言った。
「泣け」
「は?」
「いや、正確には泣いたふり、だな。警察に“ここで亡くなった友達に、もう少し近くで手を合わせたい”って2人で泣きながら頼む」
「俺たちが泣けば、たぶんちょっとは話聞く」
茜はしばらく黙って、目薬と剣の顔を交互に見た。
「なんで、あそこで手を合わせることが冒険者になることに繋がるのよ」
「覚悟を見せることと、世間を味方につけるためだな」
「何それ?」
「茜が冒険者を決めるとしたら、ただ憧れて冒険者になりたい奴と、危険を知りながらも、覚悟を決めてなろうとしてるやつだったらどっちにする?」
そう言われてハッとする。
「世間を味方に付けるに関しては、ストーリーがあれば、世間も後押ししてくれるかもしれないからな」
「それで、冒険者の募集に少しでも受かる確率を高めておきたい。」
「あんたってそういう悪知恵だけは働くわね」
「誉め言葉どうも」
「誉めてないんだけど」
茜は黒い門の方を見る。
あの向こうに新がいる。
生きている。
なのに、警察には“亡くなった友達”みたいに言わなきゃいけない。
それが癪に障った。
でも、それ以上に嫌なのは、何もできないまま外にいることだった。
剣は顎で規制線の方を指した。
「行くぞ」
「目薬、使うなら今のうち」
茜は容器の蓋を開けかけて、止まった。
あの日の屋上が頭に浮かんだ。
声の出ない新。
それでも必死に頷いていた新。
怖いはずなのに、目を逸らさなかった自分。
帰ってきて、と言ったのに帰ってこない数日。
胸の奥に溜まっていたものが、一気に押し上がってきた。
「……っ」
視界が滲む。
蓋を開ける前に、涙が落ちた。
剣が一瞬だけ目を見開く。
けれど、何も言わなかった。
2人は規制線の方へ歩いた。
警官がすぐに気づき、制止しようとする。
剣が先に頭を下げた。
「ここで亡くなった友達の幼馴染で、青桐茜と柳葉剣といいます」
「少しだけでいいんです。近くで、手を合わせたくて」
剣も涙ぐむ。
茜も慌てて続いた。
「お願い、します……」
声が震える。
演技なんかじゃなかった。
涙が予想より出て止めようとしたが、余計に涙が出た。
警官は困った顔をした。
流石に、すぐには通してもらえなかった。
「気持ちは分かります。ですが、この先は危険です」
「規制線の中には入れられません」
それでも、完全に追い払われもしなかった。
年上の警官が別の警官と少し話し合い、それから外側の一角を示した。
「申し訳ありませんが、近くまでは行けません」
「手を合わせるだけなら、こちらで」
茜はそこで、ようやく小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
剣も頭を下げる。
警察や野次馬たちに印象付ける作戦はうまくいった。
でも、茜にはどうでもよかった。
黒い門が見える場所で、ただ黙って手を合わせる。
新。
待っててね。
ちゃんと無事でいて。
言葉にできない願いばかりが、胸の中でぐるぐる回った。
帰り道、茜はずっと黙っていた。
夕方の街はまだ騒がしくて、遠くでサイレンが鳴り続けていた。
剣が静かに言ってくる。
「目薬いらなかったな」
からかわれたと思い、文句を言ってやろうと、剣のほうを向くと剣も目元が赤くなり、涙の線が頬に残っていた。
「あんな大勢の前で泣いたのなんて、人生初なんだけど、新にまた会ったらぶん殴ってやんないと気が済まないわ」
「まあ、殴れないけどな」
茜がぽつりと言う。
「……ねえ」
「ん」
「これで、うまくいかなかったらどうするの?」
剣は少しだけ歩く速度を落として、それから口の端を上げた。
「その時は強行突破だ」
茜は思わず顔を上げる。
「本気?」
「半分くらい」
そう言って剣は笑った。
その笑いにつられて、気付けば茜も笑っていた。
世論↑
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