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15話 絆の形

屋上で新と別れてから、たった数日で世界は別物になった。


最初に変わったのは、学校だった。


授業はすべてオンライン授業に変わった。

ホームルームも、部活も、全部あと回しになった。

授業も非常事態のため、当分は自由参加になるらしい。


次に変わったのは、街の空気だった。


電車は線路が壊れた影響で完全に運転が止まった線やそのまま普通に動いてる線もある、駅前には警察車両が並び、主要な都市のダンジョンの周囲には規制線とバリケードが何重にも張られた。ニュース番組は朝から晩までダンジョンの情報を流し続ける。黒い門。逃げ惑う人々。魔物の死体。泣き叫ぶ声。連日連夜の出勤で顔色の悪いアナウンサー。


青桐茜は、自宅のリビングでその画面を見つめながら、そわそわして、どこか落ち着かない様子だった。


「あいつ全然帰ってこないじゃない!すぐ会いに来てって言ったら、普通1日、2日で帰ってくるもんなんじゃないの?」

「どれだけ心配してるかも知らないで...」


ぶつぶつと、新に向かって、文句を言ってしまう。


画面の中では、キャスターが早口で新しい情報を読み上げている。


『各地で回収された魔物の心臓部に、結晶体の存在を確認』

『通称“魔石”は、従来燃料を大きく上回るエネルギー変換率を示す可能性』

『政府は大学・企業・研究機関との合同調査チームを発足』


魔石。


最初にその単語を聞いたとき、茜は意味が分からなかった。

けれど数日も経つ頃には、その言葉は毎日ニュースに出てくるようになっていた。魔物の胸から取り出される結晶。新しい燃料になるかもしれない資源。世界を変えるかもしれない発見。


世界が壊れて、新しい世界が変わっていくような感覚だった。


でも、茜にはそんなこと、どうでもよかった。


ソファの端に座ったまま、茜はスマホをまた見下ろす。

未読のまま止まっている、新へのメッセージ欄。

返事が来るはずもないのに、ちらちら見てしまう。


そこへ、通知音が鳴った。


柳葉剣からだった。


『今、ニュース見てるか』


茜はすぐに電話をかけた。

ワンコールで出る。


「見てる。魔石の話?」


『それもあるけど、そっちじゃねえよ』


剣の声はいつもより低かった。

軽口の入る余地がない声だ。


『無許可でダンジョン入ってるやつら、もうかなりいる』


茜は眉を寄せた。


「え?」


『動画上がってる。すぐ消されるけど、転載も回ってる。地方とか郊外のダンジョンは警備が薄いとこもあるらしい』


画面を切り替える。

剣が送ってきた動画は、どれも粗くて短い。暗い洞窟。息の荒い男の声。視界の端を横切る小柄な影。悲鳴。そこで切れる。


次の動画では、血だらけの若い男が笑いながら何かを叫んでいた。


『見えた! 出たって! これだ、ステータス!』


その瞬間、画面の端に青白い板がちらりと映る。

すぐに映像は乱れて終わった。


「……本当に」


『ああ。どうも、魔物倒したやつには出るっぽい』


「っぽいって」


『断言はできねえよ。でも、そういう報告が多すぎる』


剣の言葉はぶっきらぼうだったが、適当に言っていないのは分かった。

こういう時の剣は、案外慎重だ。怪しい噂と、たぶん本当のことを、ちゃんと分けて見ている。


茜はテレビへ目を戻した。


画面の中では、また別の速報が流れていた。


『都内主要ダンジョン周辺は厳重警備を継続』

『新宿、渋谷、池袋などの主要都市ダンジョンへの立ち入りは禁止されています』

『一方で、各地では無許可侵入者も確認されており――』


新宿。


その単語が出るたび、胸の奥が冷たくなる。


新は、あの中にいる。


それが分かっているのに、自分たちは外から見ていることしかできない。


「……ねえ」


茜は小さく言った。


『ん』


「このままって、嫌なんだけど」


電話の向こうで、少しだけ間があった。


『知ってるよ』


「見てるだけとか、待ってるだけとか、無理」


茜は自分でも驚くほどはっきり言っていた。


「新は一人であの中に入っていったのに、私たちは外でニュース見てるだけって、おかしいでしょ」


剣はすぐに否定しなかった。

その沈黙が、逆に同意みたいで腹が立つ。


「おかしいよ。こんなの」


『……ああ』


短い返事。

でもその一言に、剣の感情が詰まっていた。


悔しいのだ。

茜と同じように。


屋上で会った新は、たしかにそこにいた。

怖くて、変で、どう見ても人間じゃなくなっていたのに、それでもあれは新だった。


喋れなかった。

触れられなかった。

でも、あんな顔で見られたら、忘れられるわけがない。


『俺も思ってた』


剣が言う。


『このままじゃダメだって』


茜は黙って続きを待った。


『主要都市のダンジョンは今は無理だ。警察も消防も報道も集まってるし、一般人が近づける空気じゃねえ』

『でも、国はもう中のデータが欲しいんだろ。協力者探してるってことは、そのうち入る人間を作る』


「……探索者、みたいな?」


『世間じゃもうそういう呼び方してるやつもいるな。冒険者とか、探索者とか、ダンジョンダイバーとか、勝手に』


茜は少しだけ、唇を噛んだ。


冒険者。

ゲームみたいで、現実味がない気もした。


でも、その軽さが逆に必要なのかもしれないとも思う。

そうでもしなければ、あの門の向こうへ行く理由を、人はみつけられないだろう。


『新を手伝うなら、俺たちもそっち側になるしかねえだろ』


その言葉に、茜は目を閉じた。


新は進化したいと言っていた。

いや、正確には言えなかった。

けれど、屋上で見せたあの頷きと目の色で分かった。


喋れるようになるために。

もっと強くなるために。

あの子は、あのダンジョンの中で進もうとしている。


だったら。


「……うん」


茜はゆっくり答えた。


「私たちも、進まないと」


電話の向こうで、剣が短く笑った。

いつもの皮肉っぽい笑い方じゃない。張りつめたものが、ほんの少しだけ和らいだ時の笑い方だ。


『じゃあ決まりだな』


「何が」


『冒険者になる』


茜はその言葉を、今度は否定しなかった。


世界は変わった。

戻らない。

戻らないならこの壊れたままの世界を進んでいくしかない。


新の進化を、手伝えるところまで行けるように。

新が一人で戦わなくていいように。


茜はスマホを握りしめたまま、静かに頷いた。


「……私、やるよ」


『ああ。俺が冒険者になるための作戦は考えといてやるよ』


少し楽し気な、いつもの悪だくみしているときの声。

いつもは、あきれてばっかりの剣の悪知恵が、今はとても頼もしく感じた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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