表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/16

11話 逃亡

憑依したゴブリンの体で洞窟を進みながら、霊山は何度も周囲へ視線を走らせていた。


次の獲物を探すためだ。


だが、思ったより見つからない。


通路は曲がりくねり、ところどころ枝分かれしている。耳を澄ませば水滴の音と、自分が動かしているゴブリンの荒い息遣いだけがやけに響いた。時折、遠くで小石が跳ねる音がしても、近づいてみれば何もいない。


焦るな、と自分へ言い聞かせる。


MPが満ちて、レベルも上がった。

新しいスキルも覚えた。

だからといって、急に何でもできるようになったわけじゃない。


そう思っていた矢先だった。


視界の端に、青白い板が割り込んできた。


【憑りつく維持コストが発生しました】

【MP:21/21 → 20/21】


霊山の意識が止まる。


ほんの一瞬、意味が分からなかった。

だが、MPが減ったのを見てすぐに理解する。


前回黒狼に憑りついたときには消費していなかったが、それは憑りついていた時間が。短かったからだろう。


1度憑りついたら、ずっと憑りつき続けられるわけじゃない。


最初にゴブリンへ憑りついた時に1使った。

そして今、時間経過で同じだけまた減った。


つまり、憑りついている状態を続ける限り、定期的にMPを食われる。


まずい。

獲物がいない時間まで維持コストを払い続けるのは無駄が大きい。


憑りつきを解除することも視野に入れないと――そう考えた時、通路の先から低い唸り声が聞こえた。


今度こそ、いた。


霊山は憑依したゴブリンの体を壁際へ寄せ、そっと先を覗く。


そこにいたのは3体だった。


最初に目に入ったのは、黒狼。

煤けたような黒い毛並みと、赤い目。地上で戦った連中と同じ種だ。

それが2体、通路の左右にいる。


そして、その中央。


小柄な人型。

灰褐色の毛に覆われた細い体。犬に似た頭部。腰には粗末な短剣。片手には節くれだった杖のようなものを持っている。


コボルト。


霊山は直感でそう判断した。


しかも、ただの付き添いじゃない。

2体の黒狼が、そのコボルトを守るような位置にいる。


強い。


その認識は、霊山自身の判断より先に、憑依しているゴブリンの体から伝わってきた。足がすくみ、喉が引きつり、逃げたがる。使っている体そのものが、あのコボルトを恐れている。


このゴブリンじゃ無理だ。


そう結論した次の瞬間、黒狼の1体が地を蹴った。


速い。


避けさせようとした。

だが、ゴブリンの体では反応が遅れる。


黒い影が横からぶつかり、鋭い牙が憑依したゴブリンの肩口へ深々と食い込んだ。


ぎゃあっ、とゴブリンの喉が潰れたような悲鳴を上げる。


同時に、その痛みの一部が霊山にも返ってきた。


「――ッ!」


声は出ない。

それでも、霊体の芯を抉られるみたいな激痛で意識が揺れた。


【HP:14/14 → 12/14】


重い。


黒狼の攻撃そのものは地上で受けた時より浅い。

だが、今使っているのはゴブリンの体だ。耐久が低い。


まずい。


霊山は食いつかれたゴブリンの腕を無理やり振り回し、黒狼を引きはがそうとした。だが、もう1体の黒狼が回り込み、次の一撃を狙って身を低くする。


駄目だ。

間に合わない。


霊山はとっさに憑りつきを解除した。


体がふっと軽くなる。

ゴブリンの内側から、自分の意識だけが引き剥がされる。


その直後だった。


黒狼の爪が、さっきまで霊山が使っていたゴブリンの胸を横薙ぎに裂いた。


肉が裂け、骨が砕け、ゴブリンの体が軽く宙へ浮く。

次いで、コボルトの杖の先から放たれた暗い火球が腹部へ直撃し、ゴブリンは床へ叩きつけられた。


もう動かない。


間一髪だった。


ほんの少し解除が遅れていたら、あの衝撃をまともに食らっていた。


だが、安心する暇はない。


コボルトがぴくりと顔を上げた。

黄色がかった瞳が、今度は霊山自身をまっすぐ射抜く。


コボルトの口が短く何かを唱えた。


次の瞬間、杖の先から暗い火の玉のようなものが撃ち出され、霊山の胸をかすめた。


「……ッ!」


【HP:12/14 → 9/14】


魔法。


物理攻撃無効なんて関係ない。

魔法ならダメージが普通に通る。


黒狼2体が一斉に身を低くした。

コボルトの後ろから、獲物を囲うように動き出す。


ゴーストになってから、初めての憑りついている状態でのダメージに、2度目の死を予感させる。


まずい。


だったら――。


霊山は、コボルトへ憑りつこうとした。


黒狼と比べても比べ物にならないほどの抵抗を感じた。


意識の沈み込みが鈍い。

体の奥に入ったはずなのに、膜を何枚も隔てた向こうにいるみたいに遠い。


青白い板が浮かぶ。


【スキル『憑りつくLv1』】

【対象:コボルト】

【干渉率:低】

【MP:20/21→ 18/21】


低。


霊山は歯噛みする。


ゴブリンには最初から中だった。

だがコボルトは違う。


消費MPもゴブリンや黒狼よりも高い。


魔法を扱うからか。

少なくとも、ゴブリンみたいにはいかない。


――いや、知能の高さが原因かもしれない。


霊山はそう考えた。

けれど、あくまで推測だ。

確信できる材料なんて何もない。


ただ、目の前の事実として、こいつは強く、意識の抵抗が重い。


それでも霊山は諦めなかった。


闇魔法を流し込む。

黒狼の時みたいに、抵抗を鈍らせるために。


【闇魔法を発動しました】

【MP:17/20 → 13/20】


黒い靄のような感覚が、コボルトの意識の奥へ染みていく。


だが。


【干渉率:低】


変わらない。


霊山は息を呑んだ。


もう一押し、とはならなかった。

コボルトの意識はぐらついた。杖を握る手も、一瞬だけ揺れた。けれどそれだけだ。黒狼にも通じた闇魔法が通じないことに焦りを覚えた。


このままじゃ、使えない。


せいぜい視線をぶらす。

足を半歩ずらす。

その程度の干渉しかできない。


霊山は即座に判断した。


勝てない。


少なくとも、今の自分じゃ無理だ。


ここで意地を張っていれば、憑りつきを解かれるか、MPが尽きてやられてしまう。

そんな確信があった。


霊山はコボルトの杖を持つ腕を無理やり跳ね上げた。

放たれかけた魔法が天井近くの岩へ逸れ、火花を散らす。


その一瞬の隙に、霊山はコボルトへの憑りつきを解除して後ろへ引いた。


黒狼の牙が空を噛む。

コボルトが短く唸る。


追ってくる。


霊山は一気に通路を引き返した。

まっすぐ逃げるんじゃない。枝道へ滑り込み、さらに曲がる。もう一度曲がる。黒狼の唸り声とコボルトの怒鳴るような声が背後で反響し、何度も心臓のない胸を叩いた。


逃げろ。

今は逃げろ。


敗北感が焼けるように痛い。

だが、それ以上に、生き延びないと次がない。


霊山はようやく敵の気配が遠のいたところで、岩壁の陰へ身を寄せた。


【ステータス】


名前:霊山 新 Lv03/20

種族:ゴースト


HP:9/14

MP:13/20

攻撃力:0

防御力:2

俊敏:19

魔力:16


スキル:霊体/憑りつくLv1/闇魔法Lv1/物理攻撃無効/進化ガイド/霊子吸収

称号:ファーストデッド


数字を見て、霊山はゆっくりと息を吐くように意識を落ち着けた。


足りない。


ゴブリン相手なら勝てる。

でも、コボルトと黒狼2体の組み合わせには通じない。


憑りつくも万能じゃない。

干渉率は相手によって変わる。

闇魔法を使っても、いつも都合よく押し上げられるわけじゃない。


それが、ようやく骨身にしみて分かった。


霊山は壁に背を預けるようにして、暗い通路の先を見つめた。


勝てない相手がいる。

だったら、今の自分に勝てる相手を狩るしかない。


悔しさはある。

けれど、それ以上に一つだけ、はっきりしたことがあった。


進むなら、もっと強くならなきゃいけない。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

すこしでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をしていただけるととても励みになります。


感想なんでも大歓迎です。誤字脱字、矛盾などでも、どしどし送ってください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ