第5話 光の松原で、初めてのシャッター
土曜日の朝。
淡路島の空は、春の名残を抱えた柔らかい青だった。
海から吹く風は少し冷たくて、でも心地よい。
湊は玄関でスニーカーの紐を結びながら、
胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
(今日から、ほんまに始まるんや)
スマホとモバイルバッテリーをリュックに入れ、家を出る。
集合場所は、五人の家のちょうど真ん中にある小さな公園。
幼い頃、鬼ごっこも花火も全部ここでやった。
「おはよー!」
陽斗が自転車を押しながらやってくる。
「朝から元気やな」
湊が笑う。
「そら初取材やしな。テンション上がるやろ」
陽斗は胸を張った。
続いて、凛が静かに自転車で現れる。
「今日は風、気持ちいいな。撮影日和やわ」
悠真はヘルメットを直しながら、
「……光、強すぎへんとええけど」
と、職人みたいなことを言う。
最後に紗季が、髪を結びながら走ってきた。
「ごめん、寝癖直すのに時間かかった!」
その姿を見て、湊はふと思う。
──紗季は気さくで、よく喋って、よく笑う。
でも黙っていれば、驚くほど可愛い。
そのギャップが、淡路島の景色に妙に似合う。
「よし、行こか」
湊が言う。
「交通手段はもちろん……」
陽斗が自転車のハンドルを叩く。
「チャリやな」
四人が笑った。
淡路島の高校生にとって、自転車は“翼”みたいなものだ。
海沿いの道を走れば、風が頬を撫で、潮の匂いが胸いっぱいに広がる。
五人はペダルを踏み出した。
海沿いの道は、光が踊っていた。
瀬戸内海の穏やかな波が、朝の光を細かく砕いてきらきらと散らす。
「うわ、今日めっちゃ綺麗やん」
紗季が言う。
「撮影前にテンション上がるな」
陽斗が笑う。
「光の角度、完璧や」
悠真がスマホを取り出し、走りながら海を撮る。
凛は風に揺れる髪を押さえながら、
「SNSのストーリーに上げよ。
“初取材、行ってきます”って」
と呟いた。
湊は前を見据えながら、
(この島の光を……俺らが伝えるんや)
と静かに思った。
慶野松原に着いたのは、昼下がりだった。
ここは、
「日本の渚百選」
「日本の夕陽百選」
「日本の水浴場88選」
に選ばれた、淡路島が誇る絶景の地。
松林が海岸沿いにゆるやかに続き、
その枝葉の隙間からこぼれる光が、
白い砂浜に細い影を落としている。
風が吹くたび、松葉がさらさらと揺れ、
その音は波の音と混ざって、
まるで島全体が呼吸しているようだった。
砂浜は驚くほど柔らかく、
足を踏みしめるたびにふわりと沈む。
その感触が、どこか懐かしい。
「うわ……なんか、今日の慶野松原、いつもより綺麗じゃない?」
紗季が思わず立ち止まる。
「いや、いつも綺麗やけど……
今日は“撮る目線”で見てるからちゃう?」
陽斗が笑う。
湊は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
(ほんまや……
こんなに光、綺麗やったんやな)
「紗季、ちょっとそこ立ってみて」
湊が言う。
「え、もう撮るん?」
「光が……今、めっちゃ綺麗やねん」
紗季は松の木にもたれ、海を見つめた。
その瞬間、風が吹いた。
紗季の髪がふわりと揺れ、
夕陽の前触れの光がその輪郭を縁取る。
普段はよく喋って、よく笑って、
どこか男勝りなところもあるのに──
黙っていると、驚くほど可愛い。
湊は思わず息を呑んだ。
(……これ、絶対に伝わる)
「湊、撮らんの?」
凛が肘でつつく。
「あ、ああ……撮る撮る」
シャッター音が、波の音に溶けていく。
「紗季、黙ってたらほんま可愛いな」
陽斗が笑う。
「黙ってたらって何よ!」
紗季が怒ったふりをする。
そのやり取りに、凛がくすっと笑った。
五人は砂浜を歩きながら、
波の音、松の影、光の反射、風の揺らぎ──
淡路島の“日常の美しさ”をスマホに収めていく。
「これ、CGに使える」
悠真が波打ち際を撮りながら言う。
「この光、めっちゃ綺麗やん」
凛が夕陽を撮る。
「俺、インタビューとかしたいな。
地元の人に“淡路島の好きなとこ”聞くとか」
陽斗が言う。
「それ、ええやん。
SNSで“島の声”として紹介できる」
湊が頷く。
そして、五人は“幸せのベンチ”の前に立った。
海に向かって置かれた白いベンチ。
夕陽がその背もたれを金色に染めている。
「ここでプロポーズする人、多いんやろ?」
陽斗が言う。
「うん。
慶野松原の夕陽は“日本の夕陽百選”やし、
ここは“プロポーズ街道”って呼ばれてる」
凛が説明する。
「分かるわ……
こんな夕陽見せられたら、そら言いたくなるよな」
陽斗が笑う。
そして、にやりと湊を見る。
「湊、紗季にプロポーズしてもええんだぞ」
「は?」
湊が振り向く。
凛がすかさず乗ってくる。
「そっか、ここで言うかぁ。
夕陽バックで、めっちゃロマンチックやん」
「ちょ、待て待て待て」
湊が慌てる。
紗季は腕を組んで、わざとらしく顎を上げた。
「あら、いいのよ。
湊、言ってごらん?」
「いやいやいやいや!
なんで俺がここで紗季にプロポーズせなあかんねん!」
陽斗が腹を抱えて笑う。
「顔真っ赤やん!」
凛も笑い転げる。
「湊、ほんまに赤い!
夕陽より赤い!」
悠真まで口元を緩めて、
「……撮っとこか?」
とスマホを構える。
「撮るな!!」
湊の叫び声が、波の音にかき消されていく。
紗季は笑いながら、
「まあ、湊が言うなら聞いてあげてもよかったけどね」
と軽くウインクした。
「言わんわ!!」
五人の笑い声が、慶野松原の夕陽に溶けていった。
太陽が海に近づくにつれ、
空はゆっくりと金色に染まり、
松林の影は長く伸び、
砂浜はまるで光の絨毯のように輝き出す。
海面には細い道のように光が走り、
その上を風が滑っていく。
湊は夕陽を見つめながら、
胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
(この島の光を……俺らが伝えるんや)
「世界を目指す前に、まずは小豆島に追いつく」
湊が言う。
「せやな」
紗季が笑う。
「小豆島はすごい。
でも、淡路島も負けてへん」
凛が言う。
「せやから、俺らが魅せたらええんや」
悠真が静かに言った。
波の音が、五人の決意を包み込むように寄せては返した。
こうして、
五人の“淡路島を世界に知らしめる旅”は、
スマホ一台から静かに始まった。
光の松原で、
五人は初めて“淡路島の美しさ”を自分たちの手で掴んだ。




