第58話 なんとなく並んで歩く日
「湊、今日ちょっと寄り道せえへん?」
放課後の昇降口。
紗季が軽いノリで声をかけてきた。
湊は靴を履き替えながら言う。
「ええけど、どこ行くん?」
「この前の市場。
淡路島の新玉ねぎ、もう出てるらしいで」
「お、ええやん。
家の晩飯のネタにもなるしな」
紗季は笑った。
「それ、完全にお母さんの発想やん」
「うるさいわ」
二人は自然と並んで歩き出した。
市場は夕方の柔らかい空気に包まれていた。
人もまばらで、どこか落ち着いた雰囲気。
紗季が玉ねぎの山を見て目を輝かせる。
「見てこれ!めっちゃ綺麗やん!」
「玉ねぎに“綺麗”って言うやつ初めて見たわ」
「いやいや、淡路島の玉ねぎは宝やで?」
湊は笑いながら袋を手に取った。
「せやな。甘いし、なんでも合うし」
「ほら、やっぱり分かってるやん」
紗季は嬉しそうだった。
市場を出ると、
海沿いの道に夕方の風が吹いていた。
紗季が言う。
「なんかさ、湊って歩くの安定してるよな。
横におったら楽やわ」
「褒めてるんかそれ」
「褒めてる褒めてる。
落ち着くって意味」
湊は少し照れたように、
前を向いたまま言った。
「……紗季も、歩きやすいで」
「え、なにそれ。
ちょっと嬉しいやん」
二人は笑った。
途中のベンチに座り、
買った玉ねぎを袋の中で揺らしながら話す。
紗季がふと真面目な声で言った。
「なあ湊。
最近フォロワー増えてきてさ……
ちょっと怖いときあるんよ」
湊は袋を置いて言った。
「分かるで。
でも、うちらはうちらやろ。
無理して変わる必要ない」
紗季は少しだけ安心したように笑った。
「湊がそう言うなら、なんか大丈夫な気するわ」
「なんでやねん」
「なんとなく。
湊って、変なとこで頼りになるやん」
湊は照れ隠しのように、
海のほうを向いた。
「……まあ、ありがとう」
帰り道。
夕暮れがゆっくりと色を変えていく。
紗季が言う。
「今日、誘ってよかったわ。
なんかスッキリした」
湊は袋を持ち直しながら言った。
「俺も。
たまにはこういうのええな」
「また行こな。
市場でも、どこでも」
「ええで。
どうせ紗季、また変なもん見つけて騒ぐんやろ」
「失礼な!
でもまあ、否定はせん!」
二人の笑い声が、
夕方の海沿いに軽く響いた。
SNSには何も投稿しない。
これは、
二人だけの“なんとなく楽しい日”だった。




