第2話 言えんかった悔しさ
修学旅行から帰ってきた翌朝。
淡路島の空は、やけに澄んで見えた。
潮の匂いも、通学路のゆるい坂も、全部いつも通りなのに、胸の奥だけがざわついていた。
「おーい、湊ー!置いてくでー!」
後ろから聞き慣れた声が飛んでくる。
振り返ると、幼馴染の四人がいつものように並んで歩いてきた。
陽斗──明るさだけで生きてる男。
紗季──口は悪いが面倒見がいい。
悠真──無口だけど観察力が鋭い。
凛──幼馴染の中で一番湊の変化に敏い。
この五人で、物心ついた頃からずっと一緒だった。
「なんや湊、テンション低ない?」
陽斗が肩を小突いてくる。
「疲れ残ってんのか?」
悠真がぼそっと言う。
「北海道でなんかあったん?」
凛が覗き込むように聞いてくる。
紗季は湊の顔を一瞥して、
「……あー、なんかあった顔してるわ」
とだけ言った。
湊は、言うべきか迷った。
別に大したことじゃない。
ただの会話。
ただの無知。
ただの、どうでもいいやり取り。
……のはずなのに、胸の奥にずっと刺さっていた。
「……なあ」
湊は歩く速度を少し落とした。
四人も自然と足を止める。
「北海道でさ。他県のやつらと話したんやけど……」
言葉が喉でつっかえた。
情けない。
でも、言わなきゃ前に進めない気がした。
「淡路島のこと、誰も知らんかった」
四人の表情が一瞬だけ固まる。
「え、マジで?」
陽斗が眉を上げる。
「小豆島と同じ島?って言われた」
湊は苦笑いした。
「はあ?全然違うやん」
紗季が即座に反応する。
「四国なん?近畿なん?って聞かれた」
「大阪?兵庫?香川?って」
「なんか……めっちゃ適当に扱われた感じでさ」
言いながら、胸の奥がまた熱くなる。
「悪気はなかったんやと思う。でも……悔しかった」
静かな朝の空気に、湊の言葉だけが落ちていく。
凛がそっと言った。
「湊がそんな顔するん、珍しいな」
悠真が腕を組む。
「まあ……知られてへんのは事実やろな」
陽斗は頭をかきながら、
「でもさ、淡路島ええとこやん。俺ら、普通に好きやし」
と、いつもの調子で言った。
紗季が続ける。
「知られてへんのがムカつくんやろ?分かるで」
湊は小さく頷いた。
「……なんかさ。
淡路島って、もっとええとこやのに。
なんで誰も知らんのやろって思って」
四人は顔を見合わせた。
その表情は、驚きでも呆れでもなく、
“ああ、湊は本気で悔しかったんやな”
と理解した顔だった。
凛が、ふっと笑った。
「じゃあさ。
知られてへんのが嫌なら……知らしめたらええやん」
湊は思わず顔を上げた。
「え?」
「淡路島、めっちゃいいぜって言ったんやろ?
なら、その通りにすればいいやん。
うちらで」
陽斗が笑う。
「お、なんか面白そうやんそれ」
紗季が肩をすくめる。
「どうせ暇やし、乗ったるわ」
悠真は短く言った。
「……やるなら本気でやるぞ」
湊の胸の奥で、昨日の悔しさが別の熱に変わっていく。
(ほんまに……やるんか?
俺らで、淡路島を……)
通学路の先に、朝日が差し込んでいた。
その光の中で、湊は小さく呟いた。
「……やろう。
淡路島を、世界に知らしめたる」
五人の足音が、いつもより少しだけ軽く響いた。




