第1話 でっけえ島と、ちっぽけな悔しさ
九月。まだ夏の名残が空気に残る朝だった。淡路島中央高校二年生、九十七人。空港のロビーは、初めて飛行機に乗る生徒たちのざわつきで満ちていた。
「飛行機で修学旅行って、なんか大人になった気するな」
「なあ、北海道も淡路島も同じ“島”なのに、ここまで違うとすげえなぁ」
その言葉に、周りがどっと笑った。馬鹿にした笑いじゃない。素直な驚きと、ちょっとした憧れが混じった、あの高校生特有の軽い笑いだった。
湊は手荷物を抱えながら、滑走路の向こうに広がる空を見つめた。
(北海道……どんなとこなんやろ)
胸の奥が少しだけ高鳴る。島を出ること自体が、彼らにとっては大きな出来事だった。
飛行機が雲を抜け、北海道の大地が見えた瞬間、機内のあちこちから歓声が上がった。
「うわ、広っ!」
「なんなんこのスケール!」
「淡路島、何個分やねんこれ!」
湊も思わず息を呑んだ。見渡す限りの平野。どこまでも続く畑。淡路島の山々とはまったく違う、圧倒的な広さ。
(すげぇ……同じ“島”とは思えん)
それは嫉妬ではなく、純粋なリスペクトだった。
夜。ホテルのロビーは修学旅行生たちでごった返していた。大浴場の前の休憩スペースで、自然と他県の高校生たちと混ざり合う。
「どこから来たん?」
「淡路島や。めっちゃいいぜ」
湊がそう答えた瞬間、相手の眉が少しだけ寄った。
「え、小豆島と同じ島?」
その一言で、湊の胸に小さな棘が刺さった。
「いや、違うって。淡路島は……」
説明しようとしたが、相手は続けた。
「四国のほう?」
「近畿?どっち?」
「大阪?兵庫?香川?」
悪意はない。
ただ、無邪気で、無知で、残酷だった。
湊は笑って返そうとした。
「まあ……色々あるで」
そう言いかけて、言葉が喉に引っかかった。
(なんでやねん。なんで淡路島は、こんなに知られてへんのや)
横で聞いていたクラスメイトも、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「玉ねぎの島やろ?」
「橋があるとこやんな?」
「……まあ、そんな感じ」
会話は続いたが、湊の胸の奥には、じわじわと熱いものが広がっていった。
(悔しい……)
その感情は、誰にも気づかれないように、湊の拳の中で静かに燃え続けた。
帰りの飛行機。窓の外には、夕陽に染まる雲海が広がっていた。
クラスメイトたちは疲れて眠っている。湊はひとり、ぼんやりと外を眺めていた。
(淡路島って、そんなに知られてへんのか……俺らの島、めっちゃええとこやのに)
胸の奥に残った悔しさが、飛行機のエンジン音に混ざって震えていた。
そのとき、ふと湊の中に言葉が浮かんだ。
「淡路島を、世界に知らしめたる」
声にはならなかった。
でも、その決意は確かに湊の中で灯った。
まだ誰も知らない。
この小さな悔しさが、五人の青春を大暴走させる火種になることを。




