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シード  作者: 谷川ヒロシ
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第六章 聖武局本部のピンチ

 【腕時計】が昼の三時を差した頃だった。

「あれは何でしょう?」

 〈幽界の森〉にいる僕が振り向いた時、飛竜に跨っている人影を発見する。

「こちらに来る……。ファル、あれが誰だか判るかい?」

「ふむ。昼間に出会って、サキエに謹慎を言い渡された者に違いないな」

「ランドルフ特尉がここに……⁉」

 驚いたサキエさんは大和国製の信号拳銃で、煙幕弾を撃つ。

 上空に向かって煙幕弾は上がっていく。

 それに気付いたのだろう。ポリーは直ぐにやって来た。

「ランドルフ特尉! 貴方には自宅謹慎を命じた筈でしょう⁉ その貴方が何故ここにいるの⁉」

「ホムラ師聖。これは特務なので言えません」

「師聖であるわたくしでもですか⁉」

「はい。局長直々の命らしく、ブルーミル師聖から直接賜った命令ですからね」

 得意げに言うポリーに対し、サキエさんは激昂する。

「嘘を言わないで! 貴方みたいな未熟者に、特務を任せる筈が無いでしょ⁉」

「未熟とは心外ですね? ホムラ師聖。こうして俺様は特務を授かっているのですよ? これがその証拠です!」

 ポリーが聖闘衣をめくると、そこには緑色の華石を埋め込まれた鎧があった。

「それは……何ですか?」

サキエさんがポリーに問う。

「魔力弾や魔法を完全に無効化でき、且つ、半径一五〇〇メートルの〈デーモン〉を吸い寄せる武装だそうです」

「半径一五〇〇メートルの〈デーモン〉を吸い寄せるですって⁉ そんな武装わたくしは聴いた事もありませんよ⁉」

「開発者はホークル技術部長だそうです。ホムラ師聖、後で訊いてみては?」

「そ、そう」

 バーリーさんなら開発しかねない。サキエさんもそう思ったのか、それ以上は追及しなかった。

「では、俺様はこれで失礼します」

 ポリーは僕を一時、睨みながら去って行く。

「ふむ。あやつ、森の中心に向かっているぞ。大丈夫なのか?」

 既に豆粒と化したポリーを指して、ファルが警告する。

「まさか……!」

「サキエさん。どうしたのです? 何か思い当たる事があるのですか?」

「確信は無いけどランドルフ特尉は、魔神級の〈デーモン〉を討伐しようとしているのではないかしら? 森の中心部には魔神級〈デーモン〉の巣があるらしいの。それに魔法を完全に無効化出来ると言っていたでしょ? だから安易に〈デーモン〉を倒せると踏んだのではないかしらね。でもそれなら局長がそんな特務を出す筈がないわ。この特務何処かおかしいわね……」

 サキエさんからこれを聴いたファルは、顎に手を当てた。

「嫌な予感がする。一度廃村まで後退して様子を見よう」

「僕も同意見だ。サキエさんは?」

「ランドルフ特尉を止めないと! わたくしは中心部に向かうべきだと思うわ!」

「サキエそれは無理だ。奴はもう中心部に到達仕掛かっている」

 僕もファルに同意する。

「そうですよ、サキエさん。それにポリーの奴が有頂天になっているのに、僕達の命令に従う筈ありませんよ!」

「そう……ね。業腹だけど廃村まで後退するしかないわね……」

 僕達は廃村目掛けて後退していった。


   ***


 リオ達が撤退したその頃、〈幽界の森〉に来たポリーは自身の〈ネフィリム〉であるシャドー・ストーカーは大地に降り立ち、戦闘開始。既に三十匹の〈デーモン〉を屠りながらも未だに戦っている。

 それを飛竜に跨って観戦していたポリーは、

「はーはっはっはっは! さすが俺様のS級だな! 下位の〈デーモン〉では話にならないぜ!」

 得意げに言う。まるで自分の手柄のように。

 げらげらとポリーが笑っていた時、

「ワレラノテリトリーニ、シンニュウスルノハダレダ!」

 憤怒の声がした方を向くと上位級〈デーモン〉が一体程、羽ばたいていた。

 ポリーは急いで【スコープ】で、相手の力量を測る。


 魔力値九五〇〇 男爵級。


「何だ。男爵級か……脅かすなよ。シャドー・ストーカー! 殺れ!」

「マスター。あの方から魔神級はなるべく殺すなと、指示されていますが……」

 シャドー・ストーカーの指摘にポリーは激昂する。

「いいから殺せ! マスターの命令を聞けないのか⁉ 殲滅しろ!」

「命令を受諾。マスターの目前の〈デーモン〉を殺します」

 シャドー・ストーカーも腕が途轍もなく伸びて上空の男爵級を掴み、大地に叩き付けた。

 男爵級の〈デーモン〉は大地に叩きつけられて、苦痛を上げて咆哮する。

 そしてシャドー・ストーカーは爪で、男爵級の〈デーモン〉の首を斬り落とす。

「はーはっはっは! 余裕だな!」

 したり顔の様な表情で大笑いをするポリー。だが先程の咆哮を聴き付けてか、森の中心から雲霞の如く魔神級の〈デーモン〉が多数現れた。


 魔力値九五〇〇 男爵級×二〇〇。

 魔力値一二七〇〇 子爵級×七〇。


「これまでか。シャドー・ストーカー! 来い!」

 ポリーは飛竜を操り、逃亡を試みる。だがシャドー・ストーカーは渋った。

「マスター。先程殲滅しろと仰られていましたが……?」

「いいから来い! 俺様の命令を聞け!」

 またしてもシャドー・ストーカーの指摘に、ポリーは腹を立てる。

「命令を受諾。主の下に行きます」

 シャドー・ストーカーは影を伝って、ポリーの跨る飛竜の上に出現した。

 上位級の〈デーモン〉達は、魔力弾を一斉に放つ。一発でも中ればポリーは即死だ。その魔力弾は無数にポリーへと迫る――が、その時ポリーは鎧に魔力を籠める。すると鎧から不快な音と共に、振動波が放たれて魔力弾を霧散させてしまった。

 それを見た上位級〈デーモン〉達は、ポリーに白兵戦を挑もうとするが、

「シャドー・ストーカー! 追いついて来た奴から始末しろ!」

「命令を受託。追いついた者から殲滅します」

 その時、大地が脈動した。外殻に覆われた巨大な蜘蛛の様な〈デーモン〉達が咆哮を上げたのだ。

「あれは確か、〈フォートレス〉だったな。よし! 作戦通りだ」

 ポリーは一目散に飛竜を操って逃亡した。


   ***


 【腕時計】が午後の四時を差した頃、僕達は馬を繋いでいた廃村に到着。

 廃村というだけあって、ボロボロの空き家が多数ある。

 既に皆、馬に騎乗している。

 〈フォートレス〉の咆哮を聴いたサキエさんは警告を発する。

「不味いわ! 〈フォートレス〉達が、小型種を呼んでいる!」

「何か不味いのですか?」

「リオ! 〈フォートレス〉は小型種を――〈スポーン〉や〈ダーク・アイ〉を腹部に収納する事が可能なのだぞ! 何故なら〈フォートレス〉は、その為に創られた存在であるからだ! そして〈フォートレス〉がそれをする時は、必ず近くの街や村を襲う。そうプログラムされているのだ!」

 ファルの補足に、僕は疑問を抱いた。

「でも、近くに村や街はありませんよ⁉」

「いいえ! あるわ、リオ君! ランドルフ特尉が向かっている聖武局本部が……!」

 確かにサキエさんの言う通り――近辺に村や街は無いが――この森に一番近いのは、聖武局本部だろう。

 僕は憤怒の表情になる。

 あそこには聖武官だけではなく、その家族――民間人も多く住んでいるのだ。

 一体何を考えているのだ⁉ ポリーの奴……!

 聖武局本部を危険に晒す何て、下手をすれば――いや、確実に資格剥奪だろう。

 そんな事も分からないとは、あいつ本物の馬鹿だ。

 いや、そんな事よりもあれだけの数を相手に、聖武局本部が無事でいられるか……。

 確かに聖武局本部は三つの防壁に囲まれ、対〈デーモン〉用の防備も備えてある。

 だが、あれだけの〈デーモン〉の大群に襲われれば、一溜りもない様に思えた。

 それに、

「あそこを失えば、聖都まで一直線だぞ⁉ どうするのだ⁉」

 ファルの言う通り、最早聖都まで遮るものは皆無だ。

「何処か、援軍を呼べる場所はないのか⁉ このままでは聖武局本部処か、聖都までもが危ういぞ!」

 ファルは誰となく尋ねる。

 援軍を呼べる場所……しかも、この近く?

 ある筈が無い。一番近い本家の――フォースト家当主が率いる第一軍と第二軍の駐屯する城塞都市は、ここより北東に約一〇キロ以上離れているし、逆方向で間に合わない。五個軍団ある聖皇軍は聖都にいるが、先の事情により動く事が不可能。それに長い事〈デーモン〉と戦っていない為、彼等には期待出来ない。現聖皇が出陣を許すとは思えないし。最後に聖都防衛軍は聖都を防衛するのが任務だ。これも期待出来そうにない。

(援軍……援軍を呼べる所……!)

 僕は必死に考えて思い出す。メイケル大使が言った言葉を。

「そうだ! 統合軍の大使館に頼むのはどうでしょう? メイケル大使も何かあったら手を貸してくれるという事でしたし!」

「リオ君。それは無理じゃない? 統合軍がわたくし達の危機に駆け付けてくれるかしら?」

「だけどそれが唯一の選択肢です! 迷っている時間はありません! サキエさんに代案があれば別ですけど……!」

「……そうね。リオ君の言う通りだわ。それでいきましょう」

 サキエさんは同意してから言う。

「リオ君、大使館に向かうのは貴方に任せるわ。わたくしは先に聖武局本部に戻って、注意を促します。ランドルフ特尉だけでは信じて貰えないでしょうから……」

「分かりました。お願いします。ファルはどうする?」

「私もリオと一緒に行くぞ。統合軍の一員であった者がいた方が、何かと良いであろう?」

「そう。じゃあ、わたくしは先に行っているから! それとファルシス! 二人きりだからといって、リオ君にチョッカイを掛けない事! じゃないと後で許さないからね⁉」

「いちいち五月蠅いな! サキエよ!」

「サキエさんにファル! 今はそんな事を言っている場合じゃないよ!」

「……今回はリオ君に免じて、これ位にしておくわ。じゃあねリオ君! 信じて待っているから!」

 サキエさんは馬を聖武局本部方面に走らす。

「ファル! 僕達も急ごう!」

「分かっている!」

 僕達は大使館方面へと馬を走らせた。

 後ろを振り返ると、〈ディストラクション〉の大群が森を抜け、聖武局本部に向けて爆走している。

 聖武局本部方面の空は、暗雲が垂れ込めつつあった。


 僕とファルが大使館に到着したのは、夕日に差し掛かった午後五時半頃。

 馬を降りて門番の二人に言う。

「先日来たリオ=マルクス師聖です! 司令官であるメイケル=ランサー大使に至急、取り次いでください!」

「今日は既に面会時間を過ぎたのであ~る」

 小太りの門番が事実を伝えてくる。

「大人しく帰って貰おうか、であるのだ」

 ひょろ長い方が僕達を、門前払いしようとする。

 しかし僕は諦めない。というか、諦められない。

 聖武局始まって以来のピンチなのだ。

「そこを何とか! 今、大変な事態が起こっているのです!」

「規則なのであ~る!」

「さっさと帰れ、であるのだ!」

 門番の兵士達は槍をこちらに向けて構え、殺気を膨らませる。そこに。

「やめぬか!」

 ファルの一喝で、門番の凸凹コンビは殺気を霧散させる。

「貴様達! これが緊急事態だとわからぬか! 至急メイケル=ランサーとやらに取り次ぎをせよ!」

 ファルの存在に初めて気付いたのか、凸凹コンビは、

「何者かであ~る!」

「正体を明かす、であるのだ!」

 相手が何者か分からなくてもファルの威厳に気圧されたのか、凸凹コンビはファルに訊いてくる。

「私の名はファルシス=コーウェル! ミレニアム聖帝国の枢機卿だ!」

「う、嘘を吐けであ~る!」

「四大英雄の名を騙る者は成敗する、であるのだ!」

 門番の凸凹コンビは、殺気を膨らませ、威嚇する様に槍を構える。

 しかしこの二人の練度は低いのか、左程強そうな感じはしない。僕でも簡単に倒せそうだ。

「ほう、面白い。貴様ら如きが、この私を成敗出来ると本気で思っているのか?」

 あくまで威厳を保ったまま威圧するファルに対し、凸凹コンビは戦闘態勢を崩さない。

 そんな時に、

「お? そこにいるのは小僧じゃねえか? どうした?」

「……リオ=マルクス師聖ですよ、アローキー一級尉官」

 アローキーとシルクさんが、こちらに気付いてやって来た。そこで僕は、

「アローキー! シルクさん! 至急、メイケル=ランサー大使に取り次いで欲しい!」

 アローキーはただ事ではないと感じ取ったのか――真剣な表情になる。

「小僧。何があった?」

「聖武局本部に〈デーモン〉の大群が向かっている!」

 僕が掻い摘んで事態を話すと、シルクさんが訊いてきた。

「……リオ殿。数は?」

「一〇万は下らないと思います!」

「一〇万だぁ⁉」

「……リオ殿。何故その様な事態に?」

 アローキーは目を剝き、シルクさんは冷静に僕に問うてきたので、僕は事の次第を話す。

 話を聴いたアローキーは、難しい顔をする。

「なるほど。それで一〇万が動き出したのか……こいつは難しい問題だな」

「何故?」

「……リオ殿。事態が事態とはいえ、これは貴方方の失態。それに直ぐに軍を動かすには時間が無いのです」

 シルクさんの言葉をアロ-キーが引き継ぐ。

「小僧。軍を動かすには本国のお偉いさんの了承が必要だ。それもかなりの、な?」

「そんな……⁉」

 軍を動かすのにそんな事が必要だったなんて……!

 これでは統合軍は当てに出来ない――そう思った時、ファルが口を開く。

「私では駄目なのか?」

 シルクさんは視線をファルから僕に移し、

「……リオ殿。この方は?」

「シルクさん。アローキー。この方はファルシス=コーウェル枢機卿だよ」

 その名を出した時、シルクさんとアローキーは驚愕する。

「……この御方が!」

「四大英雄の『天帝の巫女』様⁉」

 だが、門番の二人は鼻を鳴らす。

「ふん。我々は騙されないのであ~る」

「馬鹿馬鹿しい、である。二〇〇年前に戦死した英雄の名を出すのは馬鹿、であるのだ」

 それを聴いたアローキーは激昂する。

「馬鹿は貴様らだ! この御方は『時間凍結』の魔法を掛けられていたんだよ!」

 どうやら、アローキー達はメイケル大使から話は聞いていたようだ。良かった。

 門番を馬鹿呼ばわりしたアローキーは、シルクさんと共に跪(ひざまず)く。

「知らなかったとはいえ、門兵のご無礼の数々お許しください」

「……御無礼の数々、我らが謝罪しますが故」

 ファルはその言葉に満足したのか、首を縦に振る。

「良い。では、ここを通して貰えるか?」

「アローキーとシルクさんは異口同音に言う。

「は!」「……はい」

「し、しかし規則では……」

「通してはいけないのであ~る」

 門番の凸凹コンビは、飽く迄抵抗する。だが、アローキーとシルクさんは、

「お前ら、上官である俺が良いつってるんだ! 文句あんのか⁉」

「『天帝の巫女』様の御命令が聞けないのですか?」

「わかりました、であるのだ」

「御命令を聞きますのであ~る」

 上官二人の説得に、門番の凸凹コンビは遂に折れた。


 僕らはアローキーとシルクさんの案内で、応接室に通された。

 応接室には簡素な調度品と【大時計】そしてソファーがテーブルを挟んで二つ。

 そのソファーに僕とファル。向かい側にメイケル大使が座り、ミスティルさんはメイケル大使の後ろに立っていた。

 応接室にある【大時計】は既に午後の六時頃。

 メイケル大使はソファーに座って早速言う。

「話は聞きました。リオ君。そして『天帝の巫女』様」

「メイケルとやら、単刀直入に言おう。軍は動かせるか?」

「軍は動かせません。例え貴女様の御命令でも、です」

「何故ですか⁉」

「リオ殿。落ち着いてください」

 立ち上がった僕はミスティルさんの言葉に従い、ソファーに腰掛ける。

「これはあの二人から聞いたかも知れませんが、本国の了承が無ければ基本的に軍は出動出来ません。例外はありません。そして本国に今すぐ連絡しても無駄でしょう。『天帝の巫女』様は、統合本部の殆どの者達に疎まれていますから……」

「そんな……!」

 僕は絶句する。

 恐らくそろそろ聖武局本部で、戦闘が始まる頃合いだ。

 サキエさんは僕達を信じて行かせてくれたのに……肝心の援軍を送れない何て……。

 僕は選択を間違えたのか?

 いや、選択肢は他になかった。でも、他の方法もあったかもしれない。

 僕は――絶望する。

 だが、

「しかし、策はあります」

メイケル大使は、ある提案をした。


   ***


 夕刻、雨がぽつぽつと降り始めた時――聖武局本部は大騒ぎとなった。

 ポリーが魔神級の〈デーモン〉らを引き連れただけではなく、多数の下位級〈デーモン〉を引き連れた所為である。サキエが注意喚起し、第一防壁上に精鋭が集結していた。それらを三人の師聖が指揮を執る事になったのだ。本当は一人で十分なのだが、三人共各々譲らなかった為の措置だ。サキエはリオに任された為。他の二人は局長に上り詰める為に手柄が欲しかった為である。

「局長が不在な上、他の師聖がおらぬこの時に、大変な事になってしまったのう。我等三人の師聖しかおらぬこの時期に、な」

 一人はアレウス。

 根は暗く、陰険な御仁である。そのお蔭で、最年長だがこの人物を支持する者は少ない。武装は斧型の魔装武具。

「ですが、ホムラ師聖の言葉を信じれば、マルクス師聖が援軍を連れてくるかも知れません。我々はそれまで持ち堪えればいいのですから……」

 もう一人はミレイス。

 朗らかで明るい性格――人当たりも良い。その上〈資格者(シード)〉である為、実力は折り紙つきである。また、魔導士としても相当な実力者で、特に幻術を得意としており、『幻惑のアシュタール』として二つ名がある程だ。武装は細剣型の魔装武具。

「我輩はそれが信じられん! 統合軍に借りを作るなど……!」

「ブルーミル師聖。統合軍の司令官であるメイケル大使は、信用に足る方だとわたくしは思います」

 サキエはアレウスに対し、メイケルが信用に値すると嗜(たしな)める。

「どうだかな。我輩はそのメイケルとやらに会った事はないが、本当に信用に足る人物なのだか……」

「ブルーミル師聖。わたくしの目が信用出来ないと?」

 サキエはアレウスを睨み付ける。そこにミレイスが待ったを掛ける。

「御二人共、そこまでです! 今はこの難局をどう打開するか考えなければ!」

「そうだったわい。済まぬ」

「済みません。アシュタール師聖」

 アレウスとサキエは、ミレイスに素直に謝罪する。

 そのミレイスは咳払いをしてアレウスに訊く。

「それで、問題のランドルフ特尉は?」

「我輩の権限で、一時的に戦闘参加を許しておる。ランドルフ自身はともかく、あやつの〈ネフィリム〉は役に立つ。今は一つでも戦力が欲しい時じゃからな」

 だが、アレウスの本音は違った。

(あ奴が手柄を立てれば、儂が戦闘参加を許したのだからな。当然、儂の手柄に……)

「そういえば、ブルーミル師聖とアシュタール師聖の〈ネフィリム〉は、どうされたのですか?」

「我々の〈ネフィリム〉は、現在調整中なのです。ホムラ師聖」

(くそ! 〈ネフィリム〉さえいれば、手柄を独占できたものを……!)

 内心舌打ちしながらも、ミレイスはサキエの問いに答えてから、

「来ますよ!」

 彼は防壁上にいる、全聖武官に注意を促す。

 ミレイスの視線の先には、〈ディストラクション〉の群れがいる。それも五〇〇〇頭程の大群だ。

「砲撃部隊、用意じゃ!」

 アレウスの指示で、砲撃部隊の者達は砲撃準備を終える。

 この魔法全盛期の時代に、カノン砲を迎撃に使うのは〈ディストラクション〉の魔法無効化――といっても一体では戦略級までは防げないが――の為である。しかもそれが五〇〇〇頭程ともなれば、戦略魔法をも完全無効化してしまうのだ。

 大和国は経済大国で、この様な武器を各国に売っている。

 戦車と呼ばれる火砲および自動火器を搭載し、路外機動力と特殊鋼板による装甲防御力とを具備した車両等があるらしく、噂では空を飛ぶ戦闘機と呼ばれるモノを開発したらしい。大和国以外は魔導列車が唯一の車両なのに――である。

 大和国は主に――下位の〈デーモン〉に有効な為――カノン砲や小銃等を高額な金額で各国に売って儲けているのだ。

「撃て!」

 サキエの合図で正門方面にある、五十門のカノン砲が一斉に火を噴く。

 外殻に覆われた〈ディストラクション〉は、通常弾は効き辛い。しかし、無傷とはいかない為、倒れる〈ディストラクション〉も出る。そして倒れた〈ディストラクション〉に足を取られ、転倒する他の〈ディストラクション〉が出る――その連鎖が始まった。

「敵に効いているわ! このまま敵を寄せ付けない為にも、弾があり続ける限り撃ち続けるのよ!」

 サキエは味方を鼓舞する。しかし時間が経つにつれ、〈ディストラクション〉が近付いて来る。敵も数が減っているものの、数が違い過ぎるのだ。

「う。こんなの焼け石に水だよ……」

「お、俺達ここで喰われるのか……」

 砲撃部隊の者達はそんな絶望を口にしながら、作業をするのを聴いたサキエは味方を叱咤する。

「諦めるな! 恐れないで! ここで戦わずして、いつ戦う⁉ 援軍は必ず来る! だから大丈夫よ! 分かったら撃ち続けなさい!」

「は、はい!」

「了解しました! ホムラ師聖!」

 サキエの叱咤激励により、砲撃部隊の動きは先程より効率が良くなった。

 しかしそこで、上空の敵から魔力弾が放たれる。魔神級〈デーモン〉だ。

 それを見たアレウスは手に持ったマイクに向かって、

「魔力消失結界を展開じゃ!」

 アレウスの――拡声器からの――合図で、防壁の四か所に設置された魔法陣の中心にある華石に魔力を注ぎ込む。

「「「「魔力消失結界展開!」」」」

 四人の聖武官が結界を展開――聖武局本部を結界が包み込まれる。

 魔力弾は結界に触れると、全て消失。

 魔力消失結界は、結界内に魔力を絶対に通さない優れものだ。その代り、結界内にいるこちら側も魔力を使った魔法攻撃を使えないが……。

 事なきを得たアレウスは、

「ふう。何とか間に合ったわい」

 額の汗を拭いながら、内心では邪な事を考えていた。

(よし! これで手柄は頂きじゃ!)

 だが、ミレイスが注意を促す。

「気を抜くのは早いですよ⁉ ブルーミル師聖! 上空の敵部隊が一部、こちらにやって来ます!」

 サキエはミレイスの後を引き継ぐ。

「砲撃部隊はそのまま継続! 上空の敵は銃士隊とわたくし達、特佐以上で編成された特別部隊に任せてくださいな!」

 特別部隊は――魔神級〈デーモン〉の排除が主な任務だ。五人で一組とし、全部で二十組が存在する。

 彼等は魔力消失結界を張っている為に、魔装武具の機能は使えないが武器としては使える。それに全員が歴戦の猛者であった。

「来るわよ!」

 サキエの合図と共に、魔神級〈デーモン〉がやって来る。

「待てよ、待て…………………全員、撃て!」

 魔力消失結界内に入った魔神級〈デーモン〉達に対し、銃士隊の隊長は一斉射撃を命じた。


 マリョクケッカイ!


 結界を張ろうとするが魔力消失結界内の為、結界を展開出来ない魔神級〈デーモン〉達。

 これまた大和国から買い付けた――三十からなる小銃から鉛の弾が多数吐き出され、無防備な魔神級〈デーモン〉達を次々と蜂の巣にする。

 だが――如何せん数が違い過ぎた。

 五〇〇体の魔神級〈デーモン〉に対し、三〇人の銃士隊では余りにも少ない。

 たちまち防壁上は混戦となる。

 しかし殆どが男爵級の上、魔力弾を撃てない為に爪で攻撃してくる魔神級〈デーモン〉。

 その為、砲撃部隊に被害は出なかった。

 だが、遂に先鋒の〈ディストラクション〉が防壁に到達。

 〈ディストラクション〉が防壁に激突。地震の如き揺れが、戦っている聖武官達を襲う。そしてその虚を衝かれ、多くの聖武官が〈デーモン〉の攻撃を受けて負傷する。

 更に、

「うわああああああああああああああああああああああああ!」

 揺れと、水溜りで足を滑らせ――防壁から落とされた砲撃部隊の一人が、〈ディストラクション〉に喰われる。

 それによって、全ての聖武官に動揺がはしる。しかし、

「恐れないで! 砲撃部隊はそのまま継続! この防壁は物理攻撃に強いブロックを使用され、尚且つ〈ディストラクション〉の突撃にも耐えられる設計になっている! この程度ではビクともしない! ここを護らずして、居住区にいる家族を守れると思うな!」

 サキエに鼓舞された者達は落ち着きを取り戻す。

 〈ディストラクション〉が防壁に何度も突撃を掛けるが、防壁は壊れる事は無い。

 そんな時、遠くにいる魔神級〈デーモン〉一体が吼える。

 すると、〈ディストラクション〉達が引き揚げていく。

「何じゃ? もう終わりかの?」

「いいえ。ブルーミル師聖。あれを見てください!」

 ミレイスの指差す方向には、〈フォートレス〉の大群がいた。

「いけない! 奴らを近づけては駄目よ! 砲撃部隊、〈フォートレス〉を狙って!」

 サキエの指示で砲撃部隊は、狙いを〈フォートレス〉の大群に向ける。

 しかし気付くのが遅かった。〈ディストラクション〉の防壁アタックによって、すっかり〈フォートレス〉の接近に気付かなかったのである。

 そしてたった五十門しかないカノン砲では、〈フォートレス〉の接近を完全に阻む事は不可能だった。

 門の近くにいる〈フォートレス〉達は、口から強力な酸を吐く。

 異臭が門近くの聖武官達の鼻に衝いた。

「門を死守するのじゃ! 砲撃部隊、酸を吐いている〈フォートレス〉を狙え!」

 だがアレウスの、指示は間に合わなかった。門は強力な酸によって溶かされる。

 門前の〈フォートレス〉の腹が開き、多数の〈スポーン〉が大地に降り立った。


 雨が降りしきる中の午後六時三十分。

 第一門の内側である軍需工業区画では、既に戦闘が始まっていた。

 ポリーのS級〈ネフィリム〉――シャドー・ストーカーを中核とする〈ネフィリム〉部隊が、敵である〈スポーン〉と交戦しているのだ。

「いいぞ! シャドー・ストーカー! 敵を殲滅しろ!」

 ポリーはご機嫌だった。命令書の通りに動いた事により、彼は――正確にはシャドー・ストーカーが――大活躍していたのだ。

(このままいけば、特将処か師聖も夢ではない……!)

 ポリーは、自分の輝かしい未来を疑っていない。自分が犯した失態を棚に上げて。

 そして、指揮官の特佐の男性が叫ぶ。

「新たな〈スポーン〉が来たぞ! 数は……約二〇〇体!」

 ポリーの近くにいた聖武官が叫ぶ。

「くそ! 斃しても斃しても、切がない!」

 ポリーの近くにいた聖武官が愚痴る。が、

「逃げ場はないぞ⁉ 文句を言わずに戦え!」

 ポリーの言いように、ムカつく同期の聖武官は、

「お前の所為だろうが!」

 ポリーはこの言葉を無視する。

「殺れ! シャドー・ストーカー!」

 そこに〈ダーク・アイ〉が現れ、手に持っていた岩を投げる――ポリーの近くにいた聖武官に直撃し、その聖武官は即死した。

 それを見て怖じ気づいたポリーは新たな命令をシャドー・ストーカーに出す。

「シャ、シャドー・ストーカー! 新たな敵を殲滅しろ!」

「命令を受諾。新たな敵を殲滅します」

 シャドー・ストーカーは、〈ダーク・アイ〉の群れに向かって突撃するのだった。


 一方その頃、第一防壁の上では悪戦苦闘。空戦部隊の第二波がやって来るのだ。しかも、

「伯爵級が三体混じっている⁉」

 【スコープ】を覗いていた、銃士隊の隊長である聖武官が、悲鳴の様な声を上げる。

「伯爵級は、我輩達師聖が相手をする! 他の者は、その他の〈デーモン〉を相手にせよ!」

 アレウスの指示に、

『は!』

 返事をする彼等だが、表情ににじみ出ている疲労の色は隠せない。

 無理もなかった。特別部隊の中に死者こそ出ていないものの、先程の魔神級〈デーモン〉との戦いで疲弊しているのだ。中には傷を負っている者までいる。

 しかも第二波も第一波と同じ位の数なのだ。

「傷を負っている者は、退避して傷の応急処置をしてからここに戻りなさい! 残った者は戦闘準備!」

「何を言っておる⁉ ホムラ師聖!」

 アレウスは反論しようとするがサキエは、

「ブルーミル師聖。敵の空戦部隊はまだいます。傷を負った者にはその時に戦って貰いましょう」

 そこにミレイスがサキエを擁護する。

「ブルーミル師聖。ホムラ師聖の言う通りです。ここは彼女の判断に任せましょう」

「どうなっても、我輩は知らぬぞ? アシュタール師聖」

「どういう意味ですか? ブルーミル師聖」

「この事は局長に報告させて貰う。我輩らが生きておればの話だがな?」

(これで二人は脱落じゃな……。この指示は悪手じゃ。残りはどうやってこの難局を乗り切るじゃが……)

 そう思ったアレウスは前を向くと同時に、傷を負った者達は応急処置を受ける為にその場を離れる。

 残った聖武官達はそれぞれ得物を構え、戦闘準備。

 しかし、ここで敵の動きに変化が起きた。

 伯爵級の〈デーモン〉以外の魔神級〈デーモン〉は、左右に別れたのだ。

「何の積りじゃ?」

 アレウスは訝(いぶか)しがるが、直ぐに敵の意図に気が付いた。

「…………⁉ いかん! 特別部隊の者達は魔方陣を護れ! 奴らの狙いは、結界を破壊する事じゃ!」

『は!』

 アレウスの命令に聖武官達は蒼ざめ、すぐさま行動に移る。

 だが〈フォートレス〉が防壁に体当たりし、揺らして妨害する。その所為で特別部隊の者達が到着するよりも先に、魔神級〈デーモン〉達が聖武官達を殺し、結界の核である華石を破壊する。

「くっ⁉ いかん! 結界が消える!」

 アレウスの言う通り、魔力消失の結界は消失した。

 そこに〈フォートレス〉が魔力弾を放つ。防壁は大きく削られてしまう。

 更に〈フォートレス〉達は、〈ダーク・アイ〉を自身の腹から解き放つ。

 それらを見たサキエは、新たな指示を出す。

「最早ここを堅持する意味はないわね。全員下に降りて! 防衛ラインを築く! 軍需工業区画の次は居住区画だ! 非戦闘員と家族を守る為に気合いを入れよ! 何としても居住区に〈デーモン〉を入れるな!」

「待て! 魔神級の〈デーモン〉共はどうするのじゃ⁉」

 アレウスがサキエに対し、待ったを掛ける。

「わたくしに考えがあります。アシュタール師聖とブルーミル師聖。そして特別部隊から一〇名程防衛ラインから引き抜き、あそこにいきます!」

「どこじゃ⁉」

「竜小屋です。ブルーミル師聖」

 竜小屋とは飛竜を飼う為の施設だ。

「じゃがあそこはちと遠い。五キロ位の距離があるぞ。ホムラ師聖。防衛ラインが持つか微妙な処じゃ」

 難色を示すアレウスに対して、サキエは説得を試みる。

「途中で馬小屋があります! そこの馬を使って時間を短縮しましょう! それしかありません!」

「分かりました!」

「それしかないようじゃの……」

((くそ! このままでは手柄はホムラ師聖に……! しかし、この状況を打開するにはこれしか……!))

 内心複雑な思いをしながらも了承するミレイスとアレウスは、階段へと向かう。勿論、馬小屋に向かう為だ。

 その時、伯爵級の〈デーモン〉達が防壁を魔力弾で破壊していく。

 防壁は崩れ、その隙間を〈フォートレス〉が体当たりで広げていく。

「いよいよ後が無くなり始めましたわね」

 サキエの言う通り壁が無くなれば、後は蹂躙されるだけだ。あの数の〈デーモン〉を全て相手にするのは不可能だろう。

 サキエ達は編成を終えて、急いで走って階段前まで来ていた。だが、魔神級の〈デーモン〉の放った魔力弾が馬小屋を直撃。そして更にここから五キロ先に着弾した時、誰かが叫ぶ。

「おい! あそこは竜小屋じゃないのか⁉」

 防壁から見えた爆発地点は、確かに竜小屋がある方角だ。

「そんな……⁉」

 サキエは絶望する。これで魔神級〈デーモン〉に対抗する手段は失われた。

 そんな時、地響きが聴こえた。〈ディストラクション〉の大群が三時の方角からやって来る。

 アレウスは【スコープ】で確認を取った。

「〈ディストラクション〉二〇〇〇頭に、魔神級〈デーモン〉が一二〇体じゃ!」

「別働隊ですって⁉」

「くっ⁉ これまでか……!」

「お終いじゃ……!」

 サキエ、ミレイス、アレウスの三名は心の底から絶望し、その場に崩れ落ちる様に防壁上に座り込んだ。

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