第五章 馬鹿の襲来
風呂場の覗き事件があった翌朝――僕は居住区内にあるスーパー・マーケットに携帯食を買いに来ていた。中は聖都程でないにしろ品揃えが物凄い。数多くある棚にはあらゆる分野の品が揃っている。そこで僕が物色している時に、
「おい、リオ=マルクス!」
店内で呼び止められた。
後ろを振り返って見ると、僕と同じ年の金髪碧眼で長身痩躯の美少年――というには抵抗がある――が声を掛けてきたのだ。
顔は整っているが、目はキツネ目で口元はにたりと厭らしく結んでおり、赤い【指輪】を嵌めている。
名前はポリー=ランドルフ。
公爵家の次男坊で、色々と黒い噂を持つ奴だ。
認定試験では教官に賄賂を贈ったとか、軍の士官学校卒業試験の際に試験管に賄賂を贈っていたとか――そんな事ばかり。
何せポリー=ランドルフという男は、態度は一人前。顔は二枚目。実力は三流。というのが皆の共通認識だった。
まあ、座学だけは出来たが……。
しかし剣の腕ははっきり言って三流以下。魔法は全体的にまあ少し使える――その程度だ。
だから認定試験の結果で特尉を得ていたのを聴いて、またやったと思ったのである。
はっきり言って好ましい人物ではない。
しかも大嘘吐きだし、見栄っ張りなのだ。
だから嫌悪感を隠そうともせずに僕は言う。
「何? ランドルフ特尉?」
「お前、最近調子に乗っているらしいな?」
僕はポリーの奴、何を言っているのだ? と思いながら、
「別に調子に乗っていないけど?」
「嘘を吐くな! お前如きが師聖になっている何ておかしいだろう⁉ どうせ賄賂でも贈ったんだろうが!」
ポリーの言に僕は嘆息する。
「それは君の方だろ? ランドルフ特尉?」
「なんだと⁉ フォースト家の分家に過ぎない卑しい者が、俺様に意見しようってのか!」
フォースト公爵家とランドルフ公爵家は、仲が悪い。だから僕をポリーは目の敵にしているのだ。
更に家柄の事でしか自慢出来る事が無いポリーに対し、僕は攻式魔法以外それなりに出来たので、それに拍車を掛けていた。
僕は溜息を吐く。
「で、ランドルフ特尉。何の用?」
「はっはっは! 貴様、まだ〈ネフィリム〉を貰っていないそうだな? 俺様はもう貰っているぞ? S級の〈ネフィリム〉を!」
ポリーは得意気に言うのに対し、僕は呆れる。
「特尉はC級までの筈だけど? お前は知らないのか? 初期の〈ネフィリム〉は決まっている事を。特士はD級。特尉はC級で、特佐はB級。特将はA級までで、師聖はS級だぞ?」
僕はバーリーさんと提携を結んでいるからこれに当てはまらないけど、ポリーはこの規則から逃れられない筈だ。
「はっはっは! 馬鹿な貴様は知らないようだから教えてやるが、金を出せば〈ネフィリム〉の等級を上げられるのだ!」
ポリーの得意げな発言に僕は言う。
「馬鹿はお前だよ、ポリー特尉。階級を上げられれば金を出さずとも等級は上げられるよ。まあ、お前は馬鹿で阿呆だから知らなかっただろうけども。それとも、自分の力で師聖まで昇る自身がないのか?」
因みに初期を除き、〈ネフィリム〉の等級を上げる場合は『繭』を崩壊させる儀式は必要ない。既に己をマスターとして認めさせているからだ。
それはともかく、ポリーは憤慨する。
「うるさい、リオ=マルクス! 貴様、分家の次男坊の分際で~!」
「ふうん。図星か、ランドルフ特尉。って事は金を使っての不正――あの噂は本当だったのか……」
「うるさい! 五月蠅い! リオ=マルクス! 貴様如きが俺様のやる事に口出しするな!」
「さっきから貴様って、僕の方が階級が上なのだから師聖を付けろよ? 後、敬礼も」
ポリーに僕は指を指す。しかし彼は声高に言う。
「やかましい! 何で選ばれた俺様が貴様如きに対し、敬礼をせねばならない!」
「選ばれた? 誰に?」
僕の問いに、ポリーは蔑む様な視線をこちらに向ける。
「勿論、聖皇様だ。俺様が公爵家の次男という事実は――血を受け継ぐ者として変わらないから、な!」
僕は手を腰に当てて、溜息をする。
「つまり、お前は公爵家の地を受け継いでいるから選ばれていると言いたい訳か?」
「当然だろ? リオ=マルクス」
「ランドルフ特尉。やっぱりお前は、馬鹿で阿呆だな?」
「何だと⁉」
ポリーが反論する前に、僕は畳み掛ける。
「選ばれた――言い換えればエリートっていうのは血でなく、己の力を磨いている者達の中でも生え抜きの連中の事だ。お前みたいな家柄だけが取り柄の、半端者以下の事ではないよ」
「貴様ぁ!」
ポリーは羞恥で顔を赤く染め、抜剣した。
僕はポリーの剣をよく観察する。
長剣のC級の汎用型魔装武具だ。どうやら武器までは金が回らなかったみたいだ。
「何れ、局長になる俺様に向かって数々の暴言! 万死に値するぞ⁉」
ポリーの尊大な態度。その台詞に僕は吹きだす。
「お前が局長? 金で地位を上げるつもりか?」
「五月蠅い! 黙れ! リオ=マルクス!」
ポリーは剣を振り回すが、僕は悉く躱す。
「聖武官同士の私闘は、禁止されているぞ⁉」
僕はわざと大きな声で言う。それにより、周囲がこちらを凝視する。
よし! これでポリーが剣を先に抜いたという証言は頂きだ。
そうとも知らず、ポリーは声高に叫ぶ。
「分家の分際で! 俺様に意見するな! シャドー・ストーカー!」
ポリーの影から彼の〈ネフィリム〉であろう黒い人型の何か――赤い双眸をし、影の様に黒い肉体を持ち、顔は白い仮面を被ったモノが現れる。武器はパッと見て両手にある長い爪だけど、S級ならばそれだけではない筈。恐らく特殊能力がある筈だ。
「お客さん! 店内での揉め事は困ります!」
見かねた青年の店員がポリーに注意すると、
「平民如きが俺様に意見するな!」
ポリーを注意した店員に向かって、剣を振り下ろそうとしていた。
僕はすぐさま《俊動術》で、
「やめろ!」
店員の前に立つ。それに対し、ポリーは隠せない狂喜の色が表情に宿る。
「死ね! リオ=マルクス!」
歓喜の表情をしたポリーは僕に剣先を変え、振り下ろす。が、僕は楯篭手でそれを逸らし、
「ぐはっ⁉」
鳩尾に拳をめり込ませた。
くの字になって、崩れ落ちるかの様にポリーは大地に伏す。彼は嘔吐しながらも、
「シャ、シャドー・ストーカー! リオ=マルクスを殺せ!」
自分の〈ネフィリム〉に対して命令を下した。
「命令を受諾。目の前にいるリオ=マルクスを殺します」
シャドー・ストーカーは無機的な声色で命令を実行するべく、長く黒い爪で僕を攻撃してくる。僕はそれを躱し、店員の人に向かって言う。
「ここから退避してください!」
「は、はい!」
店員とその周辺の人達は、蜘蛛の子を散らす様に一斉に逃亡する。
聖刃!
僕は【メルキゼデグ】をすぐさま展開。常駐型の華石がガラス色の刃を生み出す。
するとシャドー・ストーカーの爪が伸びて、此方に向かって来る。
それを僕は【メルキゼデグ】で応戦。
爪を弾く。
どうやらシャドー・ストーカーの爪は、【メルキゼデグ】の刃に耐えうる硬さがあるようだ。
「何⁉」
僕は【メルキゼデグ】の威力を持ってしても、シャドー・ストーカーの爪を斬れないのには驚いた。
さすがはS級〈ネフィリム〉といった処か……。
だが感心している場合ではない。
ここは手狭で、ハルバードを生かし切れない場所である。
しかも、シャドー・ストーカーは後退って影に入り込み、身を隠す。
「なっ⁉」
シャドー・ストーカーの特殊能力は、影を渡る能力なのか……⁉
僕は周囲に警戒心を張り巡らせる。
するとシャドー・ストーカーは僕の背後に現れ、爪で攻撃をしてきた。
それらを弾き、僕は反撃に移る。
だがシャドー・ストーカーは影に潜ってしまい、こちらの攻撃が中らなかった。
それ処か、シャドー・ストーカーは影に爪を埋める。するとあらぬ方向から爪が僕に襲い掛かってきた。
「くっ⁉」
僕はそれを何とか躱す。
これで一安心……な訳がなかった。
シャドー・ストーカーは両手を影に埋め、次々と爪をあらぬ方向から攻撃をする。
しかしあらぬ方向からとはいえ、影から影へと爪を移動させているだけだ。
とはいえ――影がある限り、こちらが攻撃しても影を渡って逃げられてしまう。
どうする……?
そうこう思っている内に、爪攻撃があらゆる方向からやってきた。
僕はそれらをいなしながら、考える。
どうやったらシャドー・ストーカーに中てる事が出来るのかを。
そうだ……!
僕はポリーに向かって突き進む。するとシャドー・ストーカーは、ポリーを護る様に立ちはだかる。
よし!
ポリーを攻撃しようとするのは見せ掛けだ。シャドー・ストーカーをその場に固定するためのフェイクだ。
暫らく僕とシャドー・ストーカーの攻防が続く。
それを凝視していたポリーは、
「シャドー・ストーカー! 俺様を護れ!」
シャドー・ストーカーに、新たな命令をする。
シャドー・ストーカーは僕と攻防を繰り広げながらも、
「命令を受諾。マスターを護ります」
相変わらず無機質な返答を返した。
僕はシャドー・ストーカーの防御を突破出来ないのを、焦る。
【メルキゼデグ】の刃をこうも弾かれるのは、ファル以外初めてだ。
僕が攻めあぐねていると、今度はシャドー・ストーカーが反撃に転じて来た。
ポリーを護る為にその場に固定されているが、シャドー・ストーカーの攻撃は凄まじいものがある。
今度は僕が防御にまわる番であった。
攻守が交代して僕は後退る。
「いいぞ! シャドー・ストーカー!」
ポリーの声援を受けたわけではなかろうが、シャドー・ストーカーの攻撃は苛烈をきわめていく。
「くそ!」
僕は更に後手に回る。防御で精一杯だ。
そしてシャドー・ストーカーの攻撃が僕の頬を掠る。
「くっ⁉」
明らかに僕の方が不利だ。ここは手狭な場所。【メルキゼデグ】を最大限に活かせる訳がない。しかも店内では、何処も同じような場所ばかり。横に動くスペースが無い為に、次々と傷が増えてきた。
「いいぞ! シャドー・ストーカー! 殺ってしまえ!」
ポリーはシャドー・ストーカーの背後から応援。
そこに一緒に買い物に来ていたファルとサキエさんが駆け付ける。
「リオ、これは何事だ⁉」
「リオ君、どうしたの⁉」
二人の出現にポリーはシャドー・ストーカーに攻撃を中止させてから言う。
「これはホムラ師聖。御客人。丁度良かった」
「これはどういう事ですか⁉ ランドルフ特尉⁉」
サキエさんは、ポリーに事情説明を求める。
「リオ=マルクスに行き成り攻撃を喰らったのです。正当防衛というやつですよ」
ポリーは聖闘衣を捲し上げて、殴られた痕ををサキエさんとファルに見せる。
サキエさんは努めて冷静に僕に訊く。
「リオ君。ランドルフ特尉の言っている事は本当なの?」
「殴った事は本当ですが、彼が店員に害をなそうとした事は明白ですし、先に武器を抜いたのは、ランドルフ特尉の方です。だから僕の方が正当防衛ですよ」
「俺様はそんな事はしていないぞ! リオ=マルクス! 嘘を吐くな!」
剣を握っておいて良く言う。
「じゃあ、この店の店員に聞けばいい。それで文句ないな? ランドルフ特尉」
「ふん。平民のいう事なぞ、当てになるものか! それよりここの警備員に聞けば良いだろうが! 何せ【監視用カメラ】で監視しているのだからな?」
そう言って、ポリーは後ろの【監視用カメラ】を指差す。そして示し合わせたかのように、警備員達がやって来る。
どうやら先に警備員を買収していたようである。その証拠に、
「では、リオ=マルクス師聖。ご同行願いましょうか?」
「ランドルフ特尉に対する暴行の罪で、貴方を拘束させて頂きます」
ポリーに合わせて嘘の発言をした。
僕は歯軋りする。「僕は先に手を出していない!」と言いたい処だが、買収された警備員達を前にそれは無意味だからだ。
「いや、それには及ばぬ」
夢幻!
ファルが魔法を唱えたと思ったら、先程の一幕の映像が映し出された。
夢幻は本来、偵察用の魔法の筈だが……。
「この魔法はこの場にある【監視用カメラ】に魔力を送り込み、ジャミングして映し出したものだ。さて、結果は明白だな? ランドルフとやら」
ファルの眼光に一瞬怯みながらも、ポリーは必死の形相で、
「俺様はやっていない! 信じてくださいよ! ホムラ師聖! このヘルの民が自分を陥れる為に偽の映像を見せているだけです!」
「解かりました。ランドルフ特尉……」
「おお! 解かって頂けましたか⁉ ホムラ師聖!」
「ええ。貴方がどうしようもなく愚かな人間という事が……!」
サキエさんの鋭い視線を受けたポリーは間抜け顔になる。
「へ?」
「ランドルフ特尉。師聖として命じます! 処分の沙汰があるまで自宅にて謹慎! 以上ですわ! また、そこの警備員の二人も店長に掛け合って解雇とするようにします!」
「「そんな……!」」
サキエさんの宣言に警備員の二人は、悲鳴の様な声を上げ、
「なん、だと……! この……!」
ポリーは僕に憎悪の視線を向ける。それに対し僕は睨み返す。それが十秒続いて彼は諦めたのか、
「分かりました……」
ポリーは項垂れた。
浩々と昼の光が照りつける中、ポリーが去ってから僕達はスーパー・マーケットから帰路に着く途中で――色々な店が並ぶ商店街でサキエさんが言う。
「ブルーミル師聖にも困ったものよね。あんな愚かな人間を聖武官にするなんて、一体何を考えているのかしら?」
ブルーミル師聖は認定試験の帰りで見掛けたが、僕には温厚そうな人に感じた。しかしサキエさんは言った。
「陰険な人よ。あの人、わたくしが師聖になるのを最後まで反対していたのですって! しかも理由が、若くて女という事らしいのよ? それにわたくしがリオ君を師聖に押していたのを最後まで反対していたわ! それもやっぱり若すぎるというだけでね! すれ違う度に嫌味を言われたのよ⁉」
人は見掛けによらない――というか、人を見掛けで判断してはいけない。それをすれば過ちを犯す。特に戦場では命取りだ。
――人の実力は顔で決まるものではない。
僕は苦笑いしながら発言する。
「はは……。何というか古い人ですね」
女性は煽情に立つべきではない――何ていうのは相当古い考え方だ。現在は女性が戦場で戦うのは当たり前である。
「ふむ。サキエ、その者は人の上に立つ人格者ではないのに、最高幹部である師聖になれたのは何故だ?」
「噂ではわたくし達が小さい頃、聖武官の幹部達が殆ど戦死したらしいのよ? それが原因で彼は、とんとん拍子で最高幹部にまで上り詰めたみたい。でも、ブルーミル師聖には黒い噂があるわ……」
「ほう。どんな噂だ?」
ファルに促されたサキエさんは苦々しい表情で、
「ブルーミル師聖は最高幹部に上り詰める為、嘘の情報を言っていたらしいのよ。幹部達が戦死するように。最も証拠が無いから不問となったらしいわ。まあ、その証拠を見つけようにも情報を伝えていた幹部達は全員戦死しているらしいから、噂の真偽は判らないけどね?」
「リオならその真偽、判るのではないか?」
確かにファルの言う通り、僕なら可能だろう。しかし、
「確かにリオ君の能力なら昔の事を連想させれば判るけど、相手もそれを知っているから、尻尾を掴みにくいのではないかしら?」
サキエさんの言う通りだ。『法眼』は連想した事象でしか知る事が出来ない為、僕の事を知っているブルーミル師聖の真相を暴く事は困難を極める。
「ふむ。難しいものだな……」
「ファルシス、『法眼』は万能ではないわ。それにブルーミル師聖はランドルフ特尉と違って、実力はあるから最高幹部になれたのよ。でも彼もここまでね」
「何故だ?」
ファルの問いにサキエさんは歩きながら、
「局長になる為には、師聖の半数以上が賛成しなければならないわ。立候補しても人格者ではないブルーミル師聖は、今の師聖達に煙たがれているから無理よ」
そしてサキエさんは僕に向き直る。
「やっぱり、次の局長はリオ君で決まりね♪」
「いやいや。それはあり得ませんよ」
僕が局長何てあり得ない。しかしサキエさんは、
「何を言っているの、リオ君。リオ君は局長に相応しいわ。それに今の殆どの師聖達も、リオ君には好意的なのよ? だから二年後の選挙ではリオ君を推す声まであるわ」
「サキエさん。それは本当ですか?」
知らなかった。ファルとのパートナーの事で、他の師聖を説得するのはサキエさんが担当していた為、僕はその場にいなかったのだ。僕は師聖以下の幹部(特将)の説得に当たっていたからだ。
「ええ。本当よ」
サキエさんの答えに、ファルが、
「うむ。リオは人格者だからな。まあ、人の過去を『覗く』のが玉に瑕(きず)だが……」
「はは……済みません」
僕は苦笑するしかなかった。
ファルはあの時の事をまだ根に持っていたのか……。
それはともかく、僕は訊く。
「これからどうしますか?」
「うむ。早速野良〈デーモン〉を狩りに行こうではないか?」
「待って! 食事が先でしょ⁉ 腹が減っては、戦は出来ないもの!」
ファルの提案にサキエさんが待ったを掛ける。
「では、まず僕の家に帰りましょう? それで準備が出来たら行くという事で良いですか?」
「うむ。異論は無い」
「わたくしも。リオ君」
ファルとサキエさんの同意を得て、僕達は小走りに僕の家に向かった。
僕の家のダイニングで昼食を食べていたら、チャイムが鳴る。
「おっス! リオ君、新しい装備が出来上がったよ!」
僕はバーリーさんの声を聴いて、すぐさまテーブルに隠れる。しかし、
「あれ? リオ君、何をしているっスか?」
直ぐに見つかってしまった。
「かくれんぼ……ですかね?」
僕が苦しい言い訳を言うと、バーリーさんは人の悪い笑みを浮かべて、
「またまた~。リオ君。ファル姐さんとサキエちゃんのパンツを観賞していたのじゃあないのかな?」
この言葉に、ファルとサキエさんが顔を赤らめながら、
「リオ。本当か?」
「リオ君のエッチ」
「ちょ、そんな訳ないじゃないですか⁉ バーリーさんも変な事言わないでくださいよ!」
僕の抗議をバーリーさんは無視して報告してきた。
「そうだ、リオ君。局長から例の森の立ち入り許可が出たっスよ。それと今日の装備品はこれ!」
バーリーさんは謎の金属で出来た――手首に巻いて携帯する【時計】を出す。
「【腕時計】ですか? 確か大気中のマナを電気に変換し、針が動く仕組みですよね?」
僕の指摘にバーリーさんは修正する。
「ああ。ついでに言えば、一八〇年前に実用化しているっスよ。リオ君、今の答えは八〇点スね」
「バーリーさん。そんな事はどうでも良いのです。それよりも僕は魔力のコントロールが下手だから、魔力に敏感な【腕時計】は直ぐに壊してしまいますよ?」
そう――僕は魔力の調整が下手なのだ。
しかしバーリーさんは、
「大丈夫だ、リオ君! この【腕時計】は魔力を減衰させる性質を持つ金属で出来ているから、魔力を上手くコントロール出来ない君でも扱えるっスよ! 名付けて〈Mショック〉!」
〈Mショック〉なる【腕時計】を僕に手渡す。
現在の時刻は、午後の一時十二分。
僕は魔力を流す――すると、
「おお! 光るし、壊れない!」
ちょっと感動する僕。
「良かったわね、リオ君」
「はい!」
サキエさんの笑顔に僕は頷く。
これでいつでも正確な時間が分かるというものだ。
「ありがとうございます! バーリーさん!」
僕は初めてバーリーさんの頭脳に驚嘆する。
「いやいや。これからも宜しく。リオ君」
「はい! これからも宜しくお願いします! バーリーさん!」
僕はその場のノリで返事をした。
昼食を済ませた僕達三人は馬に乗り――〈デーモン〉達が根城にしている〈幽界の森〉へと来ている。周囲は木々によって鬱蒼としている。
ここは北大陸の中でも有数の危険度が高い、広大な森だ。
そんな所に何故僕達が居るかというと、一日で帰還でき、且つ――確実に〈デーモン〉を狩れる場所がここしかなかった。そこでバーリーさんにお願いして、局長の特務という形にして貰ったという訳だ。
周囲に街や村はない。大昔に危険だから移転させられたと聞く。
「馬は大丈夫でしょうか?」
僕は馬の心配をする。
馬は近くの廃村に繋げているのだ。
「大丈夫よ。ここら辺一帯は盗賊でも近寄らないから。それよりも気を付けてね? リオ君」
「サキエ、過保護すぎるのではないか? リオとてこの森の危険度は承知の筈であろうが。確かここは師聖でもない限り、大規模討伐以外立ち入り禁止エリア指定なのであろう?」
そう言って、ファルは【ジェル】を飲み干し、
「二人共、近いぞ」
僕達二人に、戦闘が近い事を促し、木々を縫う様にして前進する。
僕とサキエさんは、得物を強く握りしめた。
ファルは遠くを魔法で『見る』事が出来る。最大で二キロ先だ。
「これは〈スポーン〉の群れだな……。まだこちらに気付いてない」
暫らく歩くと小川のせせらぎが聴こえる。木陰からそっと覗く。
〈スポーン〉が小川の水を飲んでいる。
「全部で二十匹か……」
僕は相手の戦力を確認した処でサキエさんに訊く。
「どうしましょう? サキエさん。数が多いようですが……」
「そうね……。ここは作戦を立てましょうか?」
「何を言っている? こうすれば良い!」
そう言ってファルは手を前に出して、
爆炎咒!
赤い呪式陣から出現した十数の火炎球が〈スポーン〉の大半を焼き殺す。それを見て僕は、
「行きましょう。サキエさん。ファル」
「ええ」
「ああ」
それぞれが補助魔法を唱えて、〈スポーン〉に向かって行ったのだった。
【腕時計】が午後の二時半を指した頃には、戦闘は呆気なく終了。ものの十分も掛からなかったのだ。 戦闘後はファルとサキエさんの言い合いになったが……。
森林が広がる周囲には〈スポーン〉の遺骸が散乱している。
太地が揺れ動く。それが段々と大きくなっている。それでサキエさんは、
「この揺れは……〈ディストラクション〉が来るわ!」
音の方角を凝視すると、土煙が立っている。そこには成竜はあろうかという程の大きさをした〈ディストラクション〉が二頭こちらに向かって来ていた。
〈ディストラクション〉は名前の通り破壊を意味し、対城生物兵器として創られたらしく、凄まじい加速に加えて重量も半端ではない。対物魔法が掛かっている城壁は別として――一撃で防壁を突破すると座学で習った。
「正面は得策ではないわ! 横側から攻撃しましょう! 〈ディストラクション〉は突進力がある代わりに、小回りが利かないわ!」
サキエさんが対策を言うが、しかしまたしてもファルが手を前に出す。
「何を言っている? こうすれば良いのだ!」
爆炎咒!
赤い呪式陣から十数発の火炎球が現れ、ファルが拠点重爆撃用の魔法を正面からぶっ放す。
しかし中る直前で〈ディストラクション〉が吼える。するとどうか――爆炎咒の火球は悉く消え去った。
「何っ……⁉」
ファルは驚きを隠しきれない。それもそのはず――約二〇〇年前は〈ディストラクション〉は、こんな芸当は出来なかったのだ。
僕が座学で習ったのは〈ディストラクション〉は、約一五〇年前にこの芸当を身に付けたらしい。時間が経つにつれ、〈デーモン〉は進化したのだという。
ファルが固まる。余程想定外の事だったのだろう。
〈ディストラクション〉は今も物凄い速さで近付いて来る。
揺れが激しくなった。
「ファル! こっちだ!」
僕は固まっている彼女の手を引っ張り、進路上の横手に連れて行く。
そして僕とサキエさんは、それぞれ二頭の〈ディストラクション〉の後ろ脚を切断する。
〈ディストラクション〉の脚は外殻に覆われていない為、切断しやすいのだ。
二体の〈ディストラクション〉は、大地に倒れ伏す。
「ファル、今だよ!」
僕の掛け声で立ち直った彼女は、
「破壊の杖よ、爆炎となりて、敵を滅ぼす大剣となれ! 迸り、全てを焼き尽くす龍となりて、罪在りし者を塵にせよ!」
業火の龍!
赤い呪式陣から龍の形をした炎が出現。火系戦術級最強の攻式魔法でファルは後方から魔法で攻撃。炎の龍は二頭に燃え移り、焼き尽くす。
すると一頭が、死の間際に天に向かって吠える。
「不味い! 吠えられたわ!」
「何か不味いのですか?」
焦るサキエさんに対し、僕はのほほんと問う。するとサキエさんは焦りを滲ませる。
「今のは仲間を呼ぶ合図よ! 直ぐにここから立ち去らないと!」
「解かりました! ファル!」
「ここで迎え討てば良い。〈デーモン〉が集まるのは好都合ではないか?」
「ファルシス! さっきの魔法無効化を見たでしょう⁉ 他の〈デーモン〉も進化しているのよ! 貴女がいた時代よりもね! いいから付いて来なさい!」
「分かった……」
サキエさんの指示に、不承不承といった感じで口を尖らせて僕達に付いて来るファル。
そしてファルは、サキエさんに訊く。
「お主に訊くのは超越的に不快だが、知っている限りで良い。他に進化している〈デーモン〉の名称と能力を教えてくれ」
「〈フォートレス〉は口から魔力弾を多数放つし、〈ダーク・アイ〉は放つ魔力弾の威力が上がっているわ」
「〈ダーク・アイ〉が放つ魔力弾がどの程度、威力が上がっているか判るか?」
説明を受けたファルはサキエさんに、更に〈ダーク・アイ〉に関して訊く。
「男爵級の〈デーモン〉とほぼ同程度の威力よ」
「男爵級?」
男爵級の〈デーモン〉の意味が解からない僕は、首を捻る。
「リオ君。〈デーモン〉には大きく別けて二種類あるの。大量生産された下(レッ)位(サー)型(タイプ)。そして少数量産された上位型が存在するの。特に上位型は統合軍の精兵をも上回る力を持ち、エデンの民は魔神級〈デーモン〉として恐れたわ。二〇〇年前にあった記録でも、一軍に匹敵する戦闘能力を持った魔神級〈デーモン〉も存在していたらしいのよ」
サキエさんの言葉をファルが引き継ぐ。
「リオ。魔神級の〈デーモン〉には階級が存在する。下から順に男爵、子爵。伯爵、侯爵、公爵という。強力な力を秘めるモノは、ヘルもエデンも同じという訳だ」
「ファル。見分け方はどうやってするの?」
「見分け方は単純明快だ。人外の容貌をしているのが下位型。人とそう変わらない容貌で漆黒の翼を持っているのが上位型だ」
「リオ君が発見し、ファルが封印していた棺があった場所にいた、あの〈デーモン〉が魔神級よ」
サキエさんの補足で僕のあの時の記憶が甦り、フラッシュバックする。
魔力をある程度遮断するブロックが積まれていた室内だったから良いものの、古いものとはいえ、魔力障壁ブロックを破壊したのだ。並みの威力ではないだろう。また、室内だった事が幸いした。もし室外だったら死んでいたかもしれない。攻撃魔法を持たない僕では、空を飛ぶ魔神級に対して攻撃手段を持っていないのだ。
僕は喉を鳴らし、
「あれがそうだったのですか……。室内でなかったら死んでいました」
素直な感想を言う。
室内戦闘でさえ紙一重だったのだ。室外だったらと思うと、ぞっとする。
しかし、サキエさんは、
「もう。リオ君、考え過ぎよ。『聖楯』の掛かった篭手を持っているのだから、敵の攻撃は防げたはずよ?」
また、ファルも、
「そうだぞ、リオ。お前は考え過ぎる。考える行為自体悪いとは言わないが、考え過ぎは良くないぞ?」
そう二人に諭され、僕は頭を切り替える。
「さて、リオ。新手のお出ましだぞ?」
「ファル。相手は?」
「〈ダーク・アイ〉が五体。距離は北西に五〇〇メートルの所だ。リオ」
「五体か……。ファル。迂回挟撃しよう」
「問題は誰が迂回するかだな」
「僕が行きます」
「駄目だ」
「駄目よ」
僕の発言に、ファルとサキエさんは異口同音に否定する。
「リオ。お主を一人で行かせる訳にはいかぬ。ここは〈デーモン〉に詳しい私が一緒に行くべきだ」
ファルの言にサキエさんは異を唱える。
「ファルシス。貴女の知っている知識は、二〇〇年前のものでしょ? リオ君はわたくしと迂回するべきなの!」
「ちょ、ちょっと、二人共!」
ファルとサキエさんは、口喧嘩を始める。
そしてその三分後――〈ダーク・アイ〉が木々を縫って出現した。
「〈ダーク・アイ〉⁉ もう来たのか⁉ くそ!」
僕は【メルキゼデグ】を握りしめた――その時、
「「邪魔をするな!」」
サキエさんとファルによって、〈ダーク・アイ〉五体はアッサリと倒された。




