第四章 遠き日の約束事
「――ええ、そうです。サキエ=ホムラ師聖。リオ=マルクス師聖。ようこそ。お待ちしておりました」
メイケル大使は席を立つと、慇懃な口調でそういって僕達を迎え入れる仕草をする。
多少面食らったまま僕は挨拶を一応返して部屋へと踏み入れ、僕とサキエさんはそれぞれメイケル大使と向かい合う形で席に座った。
「メイケル大使。何故わたくし達にこの様な待遇を?」
開口一番に、僕も思った事をサキエさんは口に出す。その時ちらりと【時計】を盗み見ると、午後六時三十五分だった。
そしてメイケル大使は口を開く。
「ボクは今までの様に、魔物討伐を行う事に疑問を抱いています。今までの前任者は国連軍とは別行動を取っていました。それが前任者の失敗に直結したのではないかとね」
なるほど。連携する為のパイプを作っておきたいという事か。
「なるほど。解かりました。しかし大使殿が言われても、判断に困ります。わたくし達はあくまで幹部に過ぎませんので」
そう、サキエさんの言う通り。行き成り仲良くしようと言われても、僕達二人だけでは判断に苦しむ。
師聖は現在九名(師聖の定員はこれが上限)。今ここにいるのは、三分の一に満たない。それに最終判断は局長が決める事なのだ。
「はい。分かっています。ですから僕は貴方方を食事にお誘いしたのですよ。ボクの人となりを判断して出来うるならば、我々駐留軍とのパイプ役をして頂きたいのです」
人の良さそうな表情で、メイケル大使は本音だろう言葉を口にする。
う~ん。見た感じは人の良さそうな御仁だけど……。
「親友の彼からは、貴方方は信頼にたる人物だと聞いています。どうでしょう?」
「それは……今から判断させて頂きますわ。メイケル大使」
メイケル大使の言葉に、サキエさんも困りながらそう言った。
「そうですね。ボクも答えを急ぎ過ぎたようだ」
メイケル大使の後ろの扉から現れたウェイタ―が、テーブルにポタージュ・スープを並べて去っていく。
「さて。スープが出来上がった事ですし、冷めない内にどうぞお召し上がりください」
そう言ってメイケル大使は、自らスプーンで掬って口に運んで行った。
「なるほど。そういう事でしたか」
食事も終わり、こちらの用件を話し終わったのが、部屋にある【時計】で午後七時五分。
メイケル大使は手を組む。
「これは……ボクの権限だけではどうにもなりませんね。本国と連絡を取ってからの話になります」
メイケル大使の発言に、僕は問う。
「彼女の要望は、受け入れられないという事ですか?」
ファルシスさんはこの惑星に残りたがっている。彼女の愛したシャリスが眠るこの地に、だ。
「いえいえ。ボクはただ、この案件は自分の権限を越えている話だといっているだけでして。ですからこの事は、本国に伝えなければならないというだけです……」
メイケル大使は手を組み直す。
「処で……肝心の『天帝の巫女』様は?」
『天帝の巫女』とはファルシスさんの字だ。
「ファルシスさんは体調が思わしくなくて現在療養中で、今は僕の家に泊まっています」
「…………貴方の家に……ですか?」
メイケル大使は何故か僕の答えに眉根に皺を寄せる。
何故渋面を? と、思いながら僕は口を開く。
「はい」
僕の返答にメイケル大使は難しい表情をして。
「その事は伏せておいた方が良いですね……」
「何故ですか?」
僕の問いに、メイケル大使は溜息を吐く。
「分からないのですか? 『天帝の巫女』様は女性で、貴方は男性。それだけで十分でしょう? 我々惑星ヘルの民の間では、『天帝の巫女』様は四大英雄の御一人。対するリオ君は――失礼を承知で言わせて頂きますが、何処ぞと分からぬ馬の骨……」
その発言にサキエさんはドン! と、テーブルを叩いて、
「リオ君は馬の骨ではありませんわ!」
きっぱりと言い切った。が、メイケル大使の後ろに控えていた――今まで無言を通してきたミスティルさんが、ここで口を開く。
「リオ殿が本当にそうでなくとも悲しい話ですが、惑星ヘルでもそういう心無い者達はいます。その様な者達は民意を煽り、最悪戦争まで発展しかねません」
「まさか」
珍しくサキエさんは、嘲る様に発言をする。
「伝説といっても良い程の歴史上の偉人です。その様な方が生きていたとなれば民衆はその動向に注目するでしょう」
ミスティルさんの冷静な言葉に、サキエさんは、
「済みません。こちらが軽率でしたわ」
そう言って謝罪し、頭を垂れて席に座った。
「まあ、とにかくです――」
メイケル大使の言葉に、一同が注目。
「――本国の決定を待ちましょう。リオ君、こちらとしても出来うる限りの協力はします。ですから『天帝の巫女』様を、宜しくお願いしますよ?」
「はい!」
勿論である。今のファルシスさんは、誰かの助けが必要なのだ。放ってはおけない。
「処で、リオ君」
「はい?」
「先程、『天帝の巫女』様は体調不良と言われましたが、風をお引きになったのですか?」
メイケル大使の質問に僕は首を横に振る。
「いえ。バーリーさんの話では、大気中のマナが足りないからだそうです」
「なるほど。マナ欠乏症ですね」
「マナ欠乏症?」
メイケル大使の導き出した答えに、僕はオウム返しに言った。
「ええ。ご存知とは思いますが、我々ヘルの民はマナを体内に取り込まなければ生きていけません。ですから何らかの要因でマナを、一定の量を取り込めない状態をそう呼ぶのです。まあ、自業自得なのですけれどね……」
メイケル大使は、そこで一息吐く。
「とにかく、同盟当初は多く見られた症状のようですが、現代ではこの症状に掛かる者は皆無のはず。何故、『天帝の巫女』様はその様な症状に?」
メイケル大使の問いに僕はバーリーさんから説明を受けた通りを言う。
「それが、バーリーさんが言うには、ファルシスさんと契約している天使が強力すぎて、現在のマナ濃度では彼女には酷な環境らしいのです」
メイケル大使は眉を顰めてから言う。
「もしかしてリオ君、知らないのですか?」
「何を、でしょう? メイケル大使」
「大気中のマナに代わるモノがある事を、ですよ」
「え?」
メイケル大使の言葉に、僕はポカンとした表情になる。そして彼は言う。
「【ジェル】という食べ物で、これを食べれば大気中のマナの代わりとして補充出来るのですよ」
そんなものが?
そんな事、バーリーさんは一言も言わなかった。それはつまり……。
「バーリーさん。面白がって言わなかったのか……あの人らしいと言えばあの人らしいけど……」
僕が呟いていると、サキエさんがバリン! と、ワイングラスを握り潰していた。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……!」
サキエさんはぶつぶつと殺意を振り撒く。無論、双眸は赤い。
「あのリオ君? 彼女はどうしたのかな?」
メイケル大使はサキエさんにドン引きしていた。
「まあ、それは置いといて……」
サキエさんの事は想定済み。別段驚く事もない。バーリーさんのやりそうな事だし。
「スルー! スルーなのか⁉ リオ君!」
「意外にこの少年、大物なのかも知れぬな……」
何故か驚愕しているメイケル大使と、それとは反対に冷静に呟くミスティルさん。
「【ジェル】でしたか? メイケル大使、それは何処で売っているのでしょう?」
僕の問いにメイケル大使は答える。
「ん? ああ、ここでは売店でしたが、確か聖都でも売っていたと思いますが……詳しくは売店の店員に訊けばいいでしょう」
「分かりました。売店ですね⁉」
食事の後、すぐさま僕達は部屋を退出して売店へと向かった。
行く途中、何度も道を訊きながらようやく売店に到着。既に辺りは夕陽が隠れ始めている。売店というだけあって小さな建物で、内部は多種多様な物で埋め尽くされていた。
「つ……疲れた」
大使館は広すぎる。軍の基地も兼ねているとはいえ、聖武局本部よりも広大だ。
もう、疲労困憊である。
それはともかく、
「おばちゃん! 俺、メロンパンとカレーパン!」
「焼きソバパンとコロッケパンをくれ!」
「カツサンドと揚げパン!」
兵士達の押し合い、怒号が交錯している。
恐らく夜勤の兵士だろうが、目的の夕食を買う為に売店は混乱の坩堝。己の夜食の為に売店に群がっている。
「リオ君。どうしようかしら?」
一度外に出たサキエさんは、周囲を見廻しながら同じく外に出た僕に問う。
「元気ですね……サキエさん……」
「まあね。この位で疲れてちゃ、師聖は務まらないですもの」
「そ、そうですか……」
僕も同じ師聖なのに、情けない限りである。
「あっ。リオ君は別よ? なったばっかなのだし、そんなに気落ちしないでね?」
「はい」
僕はサキエさんに心配かけまいと、直ぐに直立不動の態勢を取る。すると、
「お? いい女!」
長髪の均整のとれた顔立ちで背は高く、統合軍が――主に偵察兵か後方支援の者が着用する軽装鎧を着ており、口元がにやけた糸目の美青年と、
「……でも、余所の方のようですよ? アローキ―一級尉官」
ややカールが掛かった短髪で、こちらも端整な顔立ちだが無表情のやや小柄な美少女がこちら側にやって来る。こちらは近接戦闘用の蒼い重装鎧を着用。無論、この二人も蒼い瞳と髪をしている。
「シルク二級尉官。余所者とか関係ない。そこに美少女、美女がいる限りオレのモノにするのがオレの流儀だ。そこで見ていろ。おい、そこの美少女達」
「何でしょうか?」
サキエさんは警戒しながら言った。ここは大使館といえども、惑星ヘルと同盟を結んでいるといってもやはりここの住人を快く思っていない者はいるし、性犯罪に手を染める者もいると聞き及んでいる。ここは大使館であり、統合軍の駐屯地内。治外法権区なのだ。まさか往来で襲ってくるとは思えないが、警戒するに越した事はない。
ん? 今、美少女達って言ったか?
「オレの女にならねえか?」
「貴方はいきなり何を言っているのですか?」
サキエさんとアローキー一級尉官と呼ばれる人物の間に、僕は割り込む。
それでアローキーは僕を見て、
「貴様、変な奴だな? ヘルの民なのにエデンの服を着ている……その服は確か……」
思い出せないでいるアローキーに対し、シルクと呼ばれる少女は言う。
「聖武官の戦闘服ですよ。アローキー一級尉官。失礼、貴女方は?」
尋ねられたサキエさんは尋ね返す。
「言葉を返すようで悪いのですが、貴女方は?」
「……失礼しました。ワタシはシルク=コラード二級尉官。こちらはアローキー=グロック一級尉官。共に直属親衛部隊〈アスカロン〉に所属しています」
「わたくしは執行庁聖武局所属、サキエ=ホムラ師聖。そしてこちらは同じくリオ=マルクス師聖です」
「ほう。師聖ね……ん? リオ=マルクス? お前、男かよ」
アローキーは僕を指さし、吐き捨てる様に言う。
その言葉に、僕はカチンときた。
「男だと悪いか……!」
アローキーは男には用が無いとばかりに僕を無視して、サキエさんに向き直る。
「エデンのエリート様が、こんな所に何の様だ?」
「そんな事は貴方には関係の無い話ですわ」
「いいじゃねえか。ちょっと位、話してもよ?」
しつこく訊いてくるアローキーに対し、サキエさんは辟易しながらも言った。
「しつこい男は嫌われますわよ?」
「おっと、そうだったな。目的を見失う処だった。サキエ、あんた強い男は好きか?」
「ええ。わたくしは強い男は好きですわよ?」
アローキーの言にサキエさんは肯定する。
「なら、オレの女になれ」
アローキーの直球な求愛に、サキエさんは首を横に振った。
「お断りしますわ。わたくし、もう殿方を決めていますもの」
「そいつは誰だ?」
アローキーの表情が硬くなる。だがサキエさんはそんな事はお構いなしに、
「貴方の目の前にいますわ」
それでアローキーは僕をじっと観察する。
「…………………………何処かで見た顔だな?」
「……シャリス=ラバリにそっくりですよ。アローキー一級尉官」
「おお。そう言われてみれば、そうだな。シルク二級尉官よ」
三魔王の名はエデンの民でも知っている名だ。同じヘルの民である、彼等が知らない筈がない。何せヘルの民にとっては大英雄なのだから……。
「確かにかおだけじゃあなさそうだな。だが、サキエのナイト役には不足気味だな」
アローキーの言葉に、サキエさんは眉を寄せて、
「何ですって?」
「オレの方がよっぽど強いって事だよ。なあ、そんな奴と付き合うのは止めてオレと付き合わねえか?」
アローキーが僕に、嘲りの言葉を投げ掛けてくる。
これは不味い。サキエさんが俯いて震えている。僕はすぐさまアローキーに願い出る。
「お願いです! さっきの言葉を訂正してください!」
「おいおい。何でオレが訂正しなきゃ――」
アローキーはそこまでしか言えなかった。
サキエさんはアローキーの下腹部に膝蹴りをし、
「――おごっ⁉」
アローキーはくぐもった声を漏らした。サキエさんは間髪入れずに相手の襟を掴んでねじ上げると、空いた手で首筋に鋭い手刀を入れる。
「ぐおっ⁉」
「リオ君に謝れ!」
ふらふらと起き上がるアローキーに目掛けて、サキエさんは助走して突進。
「お、おい! ちょっと待っ――」
ドン! と、跳び膝蹴りを喰らって、アローキーは人混みの中に吹っ飛んだ。
あ~あ。やっちゃった。だから言ったのに。とはいえ、僕を女の子扱いした奴に同情はしない。
「貴方の様な人に何が解かると言うのですか⁉」
サキエさんは僕の事になると、何故かタガが外れやすくなるのだ。
「おいおい。何だ? 何だぁ?」
「喧嘩か?」
売店に群がっていた兵士達が、一斉にこちらを向く。
「正気かアンタ⁉ いきなり何すんだよ⁉」
アローキーの顔面が、面白い事になっている。両目の周りが浅黒く変色している。まるで噂に聞くパンダだ。
そのパンダ……もとい、アローキーに向かってサキエさんが言う。
「リオ君の悪口を言うからですわ! リオ君が女の子みたいな容姿なのは、承知しています!」
グサ!
僕はサキエさんの言葉に傷付く。
「女のわたくしより弱いのは事実です!」
グサグサ!
僕はサキエさんの言にさらに傷付く。
「それでも――って、リオ君、どうされたのですか? そんな所に蹲って」
しくしくしくしくしくしく……。
「いえ、別に……」
サキエさんって、時々素で残酷な事を言う。
「そこまで言うなら、こうしねえか? オレとそいつが決闘する。そして勝った方があんたと付き合える権利を得る。って事でどうだ?」
「……アローキー一級尉官。私闘は禁じられていますが……」
「固い事言うなよ、シルク二級尉官。皆もそう思うだろ?」
「アローキー一級尉官の言う通りだ!」
「やっちまえ!」
「逃げんなよ! 坊主!」
周囲は既に野次馬で囲まれている。とても私闘を回避できる雰囲気ではない。それに僕も男だ。逃げるつもりは毛頭ない。
「小僧。逃げるなら今の内だぞ?」
立ち上がったアローキーは、僕にそう言ってくるが、
「それはこちらのセリフです」
僕は立ちあがって強気に言ってやった。するとアローキーは舌打ちして、
「勝負の説明をするぞ? 勝負は一対一で相手を負かすか、参ったと言わせれば勝ち。どうだ? 単純だろう? 無論、相手を殺すのもアリだ」
自分はまけないと思っているのだろう。実際、アローキーの立ち姿には隙は見当たらない。
メイケル大使の直属親衛部隊の隊員――しかも一級尉官。連合軍で言う処の大尉の肩書は伊達ではないという事か……。
もっとも、
「武器は持っていないようですが?」
「お前さん如きに、武器は必要ねえ」
僕の指摘にアローキーは、余裕を見せる。
「負けた時の言い訳ですか?」
サキエさんの茶々にアローキーは怒鳴り声を上げる。
「伊達に直属親衛部隊に所属してねえって、そのクソ生意気なガキに教えてやるためだよ!
刃!
ファルシスさんと同じく、呪式無しで長剣サイズの魔力刃を生み出すアローキー。
いきなり補助魔法――近接用にしたのは、僕の実力を舐めている証拠だ。
聖刃!
こちらも【メルキゼデグ】を展開。常駐型の華石から金色の呪式陣が出現。ガラス色の刃を生み出す。こちらは、思いっ切りいく為に疾走する。
狙うは相手の魔力刃。
――その魔力刃同士がぶつかった。
バシュウッ! と、アローキーの魔力刃が消える。
「何⁉」
自分の魔力刃が吹き散らされるとは思わなかったのだろう。アローキーは驚愕の表情になる。やはり思った通りだ。このアローキーとかいう男。ファルシスさん程の使い手ではない。その証拠に【メルキゼデグ】の魔力刃を相手に一秒と持たなかった。
アローキーはすぐさま後ろに下がり、距離を取る。
激爆!
十数の炎弾がこちらに向かってきた。激爆は使い勝手が良く、よく牽制等に使われる初級の通常魔法だ。僕は突進しながら自分に中る炎弾を叩き落としていく。
理由は簡単。アローキーが油断している間に、鼻っ柱を折る為だ。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
僕は吼えながらアローキーに接近する。だがその前に、次の魔法が飛んできた。
雷撃槍!
紫色の呪式陣から一本の雷槍が放たれ、こちらに向かってくるが、僕はそれをも【メルキゼデグ】で散らす。
「なっ⁉ 何だ、あのハルバードは⁉」
アローキーは驚愕しながらも、次の魔法を放つ。
氷槍風!
水色の呪式陣が出現。
氷槍の雨を吹き荒ぶらせる通常魔法だ。幾ら【メルキゼデグ】でも、これは防ぎきれない。氷槍の数が多すぎる。
しかし僕は、【メルキゼデグ】を前方に構え、
「護れ、わが身を!」
防楯!
汎用型の華石が灰色に輝く。それと同時に魔法の楯が現れた。守式の中でも初級の通常魔法。展開が速い代わりに防御力が少し心許ないのだが、通常の攻式魔法でも殺傷力が低い魔法なら一時は持つ。
『防楯』が持っている間に、僕は迂回して攻撃を仕掛ける。
しかし、相手も馬鹿じゃない。そんな事はお見通しだったようで、
狂舞炎!
赤い呪式陣の中から炎が濁流となって僕を襲ってくる。しかし魔法を放つのは想定済み。僕は更に迂回してアローキーに向かって突き進んでいく。
「嘗めんなよ! 小僧!」
【メルキゼデグ】を構えて突進すると、向こうも突進してきた。
「っ……⁉」
なっ……⁉
驚いた僕は、一瞬立ち止まってしまう。
まさか無手でこちらに向かってくるとは思わなかったのだ。
アローキーは零距離まで僕に詰め寄ると、
縛鎖招来!
灰色の呪式陣から出て来た、魔法の鎖で僕をがんじがらめにして、
「ざけんなよ! 小僧!」
アローキーは僕の腹を蹴る。
「ぐは!」
腹に受けた衝撃で、僕は夕食を吐く。それがアローキーの靴の部分に掛かる。
「うわ! 汚ねえな!」
今度は顎を蹴られ、大地に横たわった。こうなれば後は、サンドバック状態だ。
何度も何度も殴られ、蹴られる。
――そして、一頻り暴行を受けた後にアローキーは降伏を僕に勧めてきた。
「おい。降参しろ」
「い……嫌だ……げほげほ…………」
アローキーの誘いに、僕は拒否する。
「実力の差は歴然だろ? 単体同士では所詮、エデンの民は我々ヘルの民には勝てねえよ」
アローキーの言葉に、サキエさんと僕を除いた全ての者が賛同。アローキーの言う通り、統合軍の兵士と国連軍の兵士――その戦闘比率は一対七と言われている。
そして悔しいが、現在旗色が悪い。だから僕には、それに異を唱える資格は無い。
「ああ、そうだ!」
「我々に勝てるはずがない!」
「所詮はエデンの民だ!」
周囲の人達が一頻り言ったのを聞いてから、アローキーは再び降伏勧告を僕に言う。
「小僧。もう充分だろ? お前はエデンの民にしては良く頑張った方だ」
「まだだ……」
僕が負けを認めたら、サキエさんはこいつと付き合う事になってしまう。こんな女たらしに、だ。
「ちっ! おい、サキエ! こいつに言ってやれ! お前は敗北したって、な! 所詮は実力の差を読めない小僧だって事をよ!」
アローキーはサキエさんに近付き、嘲笑う。僕は彼の目が外れたのを見て、マナを集める。
『法眼』。
その『法眼』で集めたマナを使い、魔法の鎖を破砕するためだ。
「貴方にサキエと呼ばれるのは不愉快ですわ。それに決着はまだついてはいませんわよ? そしてリオ君は貴方が思っている程、弱くはありません」
「何を馬鹿な事を……」
サキエさんに指摘されてアローキーは振り向いて、そこでようやく気付いた。僕が『法眼』を持つ〈資格者〉だと。
「ちっ! 〈資格者〉か!」
気付いたアローキーは、魔法を撃とうと構える。
しかしもう遅い。
バキン! と、マナの暴走によって魔法の鎖は砕ける。
「でやああああああああああああああああああああああああ!」
自由になった僕は、【メルキゼデグ】を手にアローキーに襲い掛かった。
《俊動術》――予備動作無しで直ぐにトップスピードを出す技だ。
いける!
そう思った処で第三者から攻撃がきた。
……激爆!
「ぐあっ……!」
やや後方から炎弾が飛来し、僕の横腹辺りに命中。僕は吹っ飛んだ。
聖武官専用の聖闘衣を着込んでいたため火傷は無いが、体勢を崩して大地に突っ伏す形となった。
決闘と思って油断した……!
ここは敵地同然なのだ。自分達の仲間が殺られそうになったら助けるのは、ちょっと考えれば分かる事じゃないか! 僕の馬鹿!
卑怯であるが……それは敗者の考え方だ。勝者はそうは考えない。
この大使館は治外法権区! このままではサキエさんが……!
僕が色々といけない想像をしていると、アローキーが攻撃した第三者に言う。
「シルク二級尉官! 何故邪魔をした⁉」
意外だ。この女たらしに、誇りがあったらしい。
「……貴方が殺されそうになったからです。アローキー一級尉官」
激昂しているアローキーに対し、あくまでシルクさんは無表情だ。
「真剣勝負だったのだぞ⁉ シルク二級尉官!」
「……しかし、アローキー一級尉官。私闘は止めねばなりません」
「そういう事を訊いているんじゃない! 男の戦いに途中で小僧をお前が撃った! これではオレが負けた様ではないか!」
「明らかに負けていたではないか? グロック一級尉官?」
その言葉と共に人垣が割れる。
人垣が割れた先には、ミスティルさんがいた。
「なっ⁉ バーシュ一級佐官⁉ 何故ここに⁉」
狼狽しているアローキーを尻目に僕は立ち上がろうとする。
「ミスティルさん。何故ここに?」
「門兵に訊いて、貴方方がまだ帰っていないと訊いてこちらにいると思ったのです」
ミスティルさんは微笑み、僕に手を差し伸べる。
「お見事でした。リオ殿。先刻の言葉、撤回させて頂きます」
先刻の言葉…………ああ、馬の骨と言った事か。
「いえ。気にしていません」
僕はミスティルさんの手を取り、立ち上がる。
「そうですか。それはよかった。…………それはそうと、グロック一級尉官。私闘は禁じられていた筈だが?」
「いえ。これはその……」
先程の威勢は何処にいったのか。ミスティルさんの質問にアローキーはおたおたする。
「馬鹿者! 貴様には営倉入りを命じる!」
「そんなあ~」
ミスティルさんに叱責され、アローキーは情けない顔をした。
「コラード二級尉官! 貴様も同様だ! 客人を撃つとは何事だ!」
「……済みません、バーシュ一級佐官。謹んでその命をお受けます」
シルクさんは無表情のまま敬礼をする。
それを聞いたミスティルさんは、僕に向き直った。
「処でリオ殿。例のモノは買われましたか?」
「いいえ。まだです」
それを訊いたミスティルさんは、
「おばちゃん。【ジェル】をこの人達に売ってくれ」
朗らかに言った。
「あいよ!」
売店のおばちゃんは、威勢のいい声で応じる。
店の奥から出た恰幅の良いおばちゃんは、【ジェル】を持ってきて……ソレに付いていた値札に僕達は目を剝いた。
「これが……【ジェル】か?」
ファルシスさんは目の前に置かれた物をじっくりと観察して、唸るように言う。
翌日の朝。僕とサキエさんはダイニングにいた。
昨日、買った【ジェル】をファルシスさんに食べて貰うためだ。
「ええ。そうです」
僕達三人が囲むテーブルの中央には、一つの小瓶。
小瓶の中には、鉛色に濁りまくった液体が入っている。
それを見てファルシスさんは顔を顰めた。
「これは……本当に食べ物なのか?」
【ジェル】は粘滑状の――飲み物と食べ物の間。一応食べ物である。
「はい。一応食べ物ですよ? 【ジェル】はヘルとエデンの科学者が共同で開発して作ったもので、人工に作りだしたエネルギー素を液体状に近いものにしたものです。これをヘルの民が食べれば通常の食べ物より遥かに多いマナを、人体で精製出来るようになっているそうですよ」
――僕はファルシスさんの問いに、売店のおばちゃんに教えられたうんちくをそのまま話した。
「バーリーさんが調べた処、【ジェル】は僕の精液よりマナの濃度が薄いそうです。ですがそれでも通常の生活ならば、一本で一週間持つらしいですよ」
ファルシスさんは自分の下に寄せ、小瓶の蓋を開ける。すると微かに甘い香りが部屋中に満たされていく。
「これを飲む……もとい、食さねばならぬのか?」
「はい。ファルシスさんが生きる為にも」
ファルシスさんは小瓶を見詰め、僕もそれを凝視する。
ファルシスさんは唾を飲み込む。勿論美味そうだからではないだろう――不味そうだからだ。そこで彼女は、
「そうだ! 何かに混ぜれば良い!」
「ファルシスさん。言い忘れていましたが、それは駄目なのだそうです」
ファルシスさんの提案に、僕は駄目だしをした。
「何?」
売店のおばちゃんに言われた事を僕は、ファルシスさんに説明する。
「これは特殊な魔法薬で別のものが混入したら効果が変わって、意味が無くなってしまうそうです」
「そ……そうか……」
ファルシスさんは落胆するが意を決し、ぐびぐびと【ジェル】を一気飲み。
うわあ~。一気飲みしちゃったよ。
「…………」
俯き、震えるファルシスさんを僕は心配する。
よっぽど、不味かったのかな?
「大丈夫ですか? ファルシスさん?」
声を掛けたその時、ファルシスさんは顔を上げた。
「美味いぞ!」
「へ?」
ファルシスさんの声に、僕は間の抜けた声を出す。
「これは不味い処か、美味いぞ! まるで濃厚な蜂蜜のようだ!」
ファルシスさんの感想に、僕は納得する。これはこの惑星に駐留している統合軍の将兵も食べているのだ。不味ければ士気に係わるだろう。
「まあ、とにかく一件落着ですね」
「一件落着じゃあないでしょ! リオ君!」
今まで無言だったサキエさんが僕に怒鳴った。
「どうしたのだ?」
ファルシスさんは不思議そうに、サキエさんの方を見る。
「貴女、この一瓶が、幾らするか知っているの⁉」
「五〇〇フラム位か?」
サキエさんに問われたファルシスさんは、大銅貨五枚分の値段をつけた。
「そんな訳ないでしょ! 九九〇〇フラムよ! しかもリオ君が値切ってその値段! 本当は、一〇〇〇〇フラムもするのよ!」
サキエさんの言う通り。だから一ヶ月でだいたい四〇〇〇〇フラム。金貨四枚はするのだ。
金貨一枚で普通の宿泊施設に泊まれば、大体二ヶ月泊まれるから、金貨四枚分あれば半年以上泊まれる事になる。
不味い。サキエさんの言う先の言葉は、僕には理解出来た。止めようと思ったが、
「唯でさえリオ君は妹さんの為に、莫大なお金を貯めなければいけないのに!」
一歩遅かった。
「サキエさん!」
その事は知られてはならない。何故ならそれを知れば、ファルシスさんは遠慮してしまうからだ。
「どういう事だ?」
「済みません、ファルシスさん。サキエさんの言った事は気にしないでください」
「リオ殿、お主は私の過去を『見通した』のだ……! それは私のプライバシーを『見た』という事! 隠し事は許さん……!」
静かだが威厳があり、サキエさんの先程の声より何倍も迫力がある鋼の様な怒声。有無を言わせぬ何かがあった。
「何……全てを申せとは言っておらぬ。だが出来るだけ言って欲しい。少なくとも何故妹君の為に莫大な金額を貯めねばならぬのかを。ここまで助けて貰ったお主の悩みの力になって助けてやりたい……話してくれぬか?」
一変して優しい声と花の笑顔のファルシスさん。
ファルシスさん……こんな表情もするのか……。
彼女の笑顔に見惚れる僕。
「分かりました……」
笑顔とその声に僕はすっかり話す気になっていた。
双子の妹は難病に侵されていた。
僕の妹は『自由』がなかったのだ。
総合病院にある、俗世から隔離された無菌室の一室――それが妹の世界だった。
ベッドと点滴用の薬剤のみの部屋。
生まれた直後、妹はそこで生きていかねばならなかった。
抗体――妹は生まれた時にそれが全くなかったのだ。妹は抗体が全く付かない体質だったのである。だからそのまま外に出れば、いろいろな病気が併発して死に至るのだ。それは通常の薬ではどうしようもなく、幾つもの特殊な魔法薬を投与した上で魔法手術をしなければならない奇病。病名は〈先天性免疫不全症候群〉。その手術代は一〇億フラム。金貨にして一〇万枚。一般家庭より裕福とはいえ、そんな金額払える筈もないのだ。
しかし――ある日の朝、僕が見舞いに行った時に妹は言った。
《ねえ。リオお兄ちゃん》
無線越しに妹が、無菌室の隣にある不必要な物は何もない部屋にいる僕に呼び掛ける。あるのは長椅子とスピーカー。そしてマイクだけだ。
「なに?」
ガラスの向こうにある、自分と同じ顔の――違いは僕の頬にある生傷がある事だけ――妹が、
《わたし……お外に出たいな……》
今まで一度も――少なくとも家族の前で零した事のない言葉が、無線機から零れてくる。
《お外に出たい! お外に出て、学校に行って、お友達いっぱい作って、そのお友達といっぱい遊びたいよ……! お外に出たいよう!》
少年時代では手術代の金額はおぼろげでしか理解出来ない。それでも不可能に近い金額だというのには、僕にも理解出来たのだ。
でも、妹の我が儘を叶えてやりたいと思った。
いや、これはそもそも我が儘であろうか?
これは特別な願望ではない。一般的に当たり前の事を願っただけだ。
叶えてやりたいが、現実は甘くない事を知っていた。
《ねえ。前にアルバイトするってリオお兄ちゃん言っていたけど、どうだった?》
妹の問いに、僕は首を横に振ってマイクに向かって言う。
「ごめん。駄目だった」
今まで僕は五歳で雇ってくれる処を捜していた。しかし結果は惨敗。
《じゃあ、お金を借りるのはどうかな? どう? リオお兄ちゃん》
妹の更なる問いに僕は、
「ごめん。もう試した」
またしても首を横に振る。
金を借りようにも子供ではこんな大金を返せるはずがないからと言って、貸しては貰えない。募金もしたが、上手く集まらない。
「…………」
妹の思いに応える事が出来ないでいたら、読んでいた求人雑誌のページに目が留まる。
そこには聖武局の求人広告が書かれていた。
後で知った事だがこの当時、大規模な魔物討伐があり、その失敗で多くの聖武官が戦死した為、創立初めて求人広告に出したらしい。
それはともかく、僕はそれに集中した。
試験資格は十六歳以上。
基本給は最低三万フラム――ただし、魔物討伐の賞金額は別料金。
個人宿舎完備。
我が組織は完全実力主義――本人の実力によってはスピード出世可能⁉
これだと思い、僕は立ちあがる。
《リオお兄ちゃん? どうしたの?》
妹の問いに僕は決意を伝える。
「僕がいつか手術代を貯める。だからそれまで待てる?」
《え……?》
妹は素っ頓狂な声を出したが僕は構わずに、
「だから、僕が手術の代金を貯めるのを待てるの? 待てないの?」
その言葉に妹は目を輝かせる。
《ほんと⁉ 本当に⁉ うん! 待てる! わたし待てるよ!》
「じゃあ、約束だ!」
《うん! 約束! ありがとう! リオお兄ちゃん!》
――こうして数日後、僕はサキエさんの家にある道場の門を叩き、門下生となった。
「その後十三歳で士官学校に入り、卒業後この聖武局で聖武官として働いています。妹との約束を果たす為に……。だから僕は少しでもお金を節約しなければならない。サキエさんが怒っていた訳はそういう事があるからです。でも気にしないでください」
「気にするわ、馬鹿者!」
ダイニングで、彼女のチョップが僕の脳天に炸裂。【時計】は午前八時を過ぎていた。
痛った~!
「リオ殿。何故それを早く言わぬ?」
ファルシスさんは、怒る訳でもなく冷静に僕を諭す。
「でも、貴女が困っているから……」
僕は頭を擦る。
「しかし、お主は一刻も早く約束を果たさなければならぬ身であろう?」
「でも……」
確かにファルシスさんの言う通りだ。しかし、目の前の困っている人を見捨てる事は僕には出来ない。
「リオ殿。お主の気持ちはありがたい。しかしだからといって、お主の足枷になる事を望んではおらぬ」
本心であろうファルシスさんの言葉に僕は言う。
「でも、帰る場所が無いって、貴女自身が……!」
「確かに、な。それはリオ殿の言う通りだ」
朝日が照らすファルシスさんは認めるが、悠然とし、
「私は罪を償なわなければならない。我々は【星種】を作った後、この惑星の影響を知っていたのだ。だがそれらを我々は黙殺した。我々と違いエデンの住人自身には影響が無いのと、我が母星がこのまま滅ぶのを理由に、だ。だから私は罪を償おうと思う。星の傷は癒えかけているとはいえ、未だ我らの生み出した〈デーモン〉や魔物の脅威にエデンの民は苦しめられているのだろう? よって私は〈デーモン〉や魔物の脅威からこの惑星の民を護ろうと思ったのだ」
ファルシスさんの宣言に僕はあの時の事を思い出しながら言う。
「じゃあ、あの時出ていくと言った時から?」
「うむ。だが余計な心配を掛けてしまったようだ。済まなかったな……言葉が足らなかった。だが嬉しかったぞ? この世界で私を心配してくれる者がいるとは思わなかったのでな……」
お辞儀をして素直に謝って来たファルシスさんに対し、
「頭を上げてください。それにその……恐縮です……こちらも二回も頬を引っ張叩いちゃって済みませんでした」
僕はおどおどしながらも、ファルシスさんに謝罪する。
「許さぬ」
しかし、顔を上げたファルシスさんの返事は予想の範囲外の言葉だった。
「え?」
「許さぬと言ったのだ。乙女の柔肌を何だと思っているのだ?」
「乙女? 二〇〇年以上生きているお婆ちゃんが何を言っているのです?」
サキエさんが、ファルシスさんの発言にに茶々を入れる。が、さして気にした様子もなく彼女は否定の声を上げる。
「私は『時間凍結』で封印されていたのだぞ? 私自身の中で流れる年齢は十七歳だ」
「え? じゃあ、わたくしより一つ年下だったの?」
身長はサキエさんより一〇センチ上といった処だったので、僕も十九歳だと思っていた。そもそも大人びた雰囲気があり、少女らしからぬものがある。間違えても不思議はないと思うが……。
「そういう事だ。オ・バ・サ・ン♪ 一体、貴様は私を何歳だと思ったのだ?」
サキエさんを罵るファルシスさんは、年頃の少女のようだ。
ピキッ――!
凍る空気。そして、
「貴女ねえ――」
サキエさんの血管が浮き上がり、口喧嘩が始まる。その時ファルシスさんの表情を観察すると、まるで談笑するかのようにファルシスさんは笑顔。
もうすっかり元気なようだ。それを喜ばしく思い、口喧嘩の光景を微笑んで生還していたら、急にファルシスさんがこちらを向く。
「リオ殿。先程の続きだ。頬を引っ張叩いたのを悪いと思うなら、お主の手伝いをさせろ」
「それはつまり、僕のパートナーにしろって事ですか?」
僕の問いに、
「そんなの駄目よ!」
サキエさんは急にNOを突き付ける。
「何故だ、サキエ? リオ殿のパートナーとしてなら、彼の世話に――足枷にはならんし、己の働きで金を稼ぐ事が出来き、【ジェル】を買う事が出来る。いい事尽くめではないか!」
ファルシスさんの語気が荒くなっても、
「駄目よ! とにかく絶対駄目!」
サキエさんは駄目だしをする。それに対し僕は、
「二人共待って。その事は局長に任せましょう? それよりOKが出たとしても、天使の召喚にはマナがいるでしょう? 多分一瓶では足りませんよ? 賞金全部使うとは思いますが……」
一見名案だが、賞金を【ジェル】につぎ込んでしまっては意味が無い。まあファルシスさんのお金だから自由だけど。しかしそれでは、食費が無くなってしまう。
もっとも、抜け道が無い訳ではない。
「まさか貴女……〈デーモン〉との戦いにかこつけて、リオ君に接吻を迫るつもりじゃないでしょうね? この知能犯!」
サキエさんが直球で問い詰める。が、ファルシスさんは顔を赤くしながらも、
「違う! そんなふしだらな事を考えてはいない! その様な邪推は超越的に不快だ! 私は天使召喚に頼らずとも、十分にやっていける! そこいらの〈デーモン〉等、束に掛かられても私の敵ではない! 私自身の手に負えない敵だけ【ジェル】で補給して戦えばいいというだけの話だ! このアバズレ! さっさとあの男に連絡してこい!」
バーリーさんとの連絡役は、サキエさんが担当している。要するにそれにかこつけて、最近は書類仕事を投げ出して僕の所に入り浸っているのだ。便宜上はそういう事なので、これを言われるとやらない訳にはいかない。
「貴女に文句を言われる筋合いはないですわ!」
文句を言いながらもサキエさんは、バーリーさんに連絡を入れる為に席を外す。
それを見届けて僕は苦笑して、
「はは……。サキエさんにも困りますよね? お互いそんな事が嫌なのは分からないのでしょうか?」
するとファルシスさんは悲しげに言う。
「リオ殿は私と接吻するのは嫌なのか?」
「え……?」
ドキリとする。ファルシスさんを一瞥すると、哀愁を帯びた表情になっていた。
「気にするな。冗談だ」
急に笑顔になったファルシスさんは僕を残し、軽い足取りで部屋を出て一階へと降りていく。
騙された……。
女は嘘が上手い――士官学校時代の親友の言葉を僕は心の中で噛み締めた。
「ファル姐さん。OKが出たっス!」
ファルシスさんと同棲して二週間。その間にバーリーさんはファルシスさんの叡智とも呼べる知識の深さにいたく感銘を受け、彼女の事を「ファル姐さん」と呼んでいた。
場所は僕の家の客間。テーブルと椅子しかない。
既に夕刻に近付いている。そこに出されたお茶をすすりながらファルシスさんは、報告したバーリーさんに対して溜息を吐く。
「ようやくか……少々長かったのではないか?」
サキエさんから連絡を受け、一週間経っている。一週間前のバーリーさんは任せろと自信満々で引き受けたらしいのだ。
「これでも短い方っスよ? まあ、条件は付きましたが下手をしたら国際問題になる程の重大事を、これだけの期間で成し遂げたのは快挙と言っても良いと思いまス」
「そうか。感謝する。して、その条件とは?」
バーリーさんの説明に、ファルシスさんは感謝の意を表す。
お茶を一口すすり、バーリーさんは湯呑をテーブルに置く。
「上層部と大使館が決めた条件は、この聖武局本部から余り離れていない所で活動スる事。範囲は一日で戻れる距離だそうでス」
何か言いたげなファルシスさんに、バーリーさんは、
「ファル姐さんが今、微妙な立場にいるのはご存知の通りっス。二〇〇年経ったとはいえ、あの大戦は今も語り継がれていまスから。だから教会の上級神官の中には、ファル姐さんの力を恐れている者はいるんスよ。その上、大使館からも中々音沙汰が無かったとなると、惑星ヘル本国にいる上層部の中にはファル姐さんの存在を疎ましく思っている者がいるのは明白っスね」
ファルシスさんは幻の四人目の魔王。惑星ヘルの一国であるミレニアム聖帝国の枢機卿だったのは、既にバーリーさんからの報告書で上層部は知っている。時間凍結が掛けられていたのも含めてだ。
それを踏まえて二〇〇年以上前とはいえ、ファルシスさんの感覚では一ヶ月も経っていない事を考えれば、彼女が自分達に復讐するのではないか? そう考えるのは当然かもしれない。相手は天使の軍団を操れる。その力は十分に脅威だ。また、惑星ヘルの連中もかつて枢機卿であった者をみすみす帰還させたくないと思う者がいるのは、想像がついた。
ファルシスさんは嘗て教皇の座を二分する立場にいたからだ。
「じゃあ、ファルシスさんはどうなるのです?」
僕がバーリーさんに訊く。
「まあ、ファル姐さんは今や聖武局の人気者。上層部の連中も扱いに難しいのが現状だな」
元気を取り戻し、僕のパートナーになるための試験で八面六臂の大活躍。その凄まじい戦績を残したのは三日前。はっきり言って、あらゆる戦技が超一流。凡人を嘲笑うかのような天才ぶりを発揮していた。
それに加えてファルシスさんの美の女神の様な容姿。皆、当初は恐れていたようだったが、次第に受け入れられるようになっていった。
ファルシスさんの礼儀作法は、一般庶民出にもはっきりと分かるような上品さがある。
そしてそれに加えて、静かな威厳にあの剛毅な性格……。
恐れは敬いに変化。
男性局員だけではなく、女性局員までもがファルシスさんを尊崇し始めたのだ。
「はは……確かに。サキエさんとファルシスさんは聖武局の人気者ですから」
二人はまるでアイドルの様な双璧を成す人気ぶりだ。凄いよな~。
同意する僕に対し、サキエさんとファルシスさんは、
「リオ君。鈍すぎ」
「貴様と同意見なのは、全くもって超越的に不快だが同意だ」
何を言っているのか分からない。なので僕は誰となく質問する。
「何か言いましたか? よく聞こえなかったのですが……」
「呼び名の事だ! 私は言った筈だぞ⁉ 私はリオと呼ぶ! そしてそなたは私をファルと呼べと!」
ファルシスさん……じゃなかった。ファルは試験を合格した後、僕とのパートナーが決まったら「そう言え」と言ってきたのだ。
「…………済みません。失念していました」
僕が謝罪すると、バーリーさんが割って入ってくる。
「まま、ファル姐さん抑えて。リオっちだって忙しかったのだし。何せ他の聖武官から署名を集めていたのだから、な?」
規約に反する事を改定するには聖武局員――三分の一署名が必要な上、三名程師聖の認可が必要だったのだ。そうでなければ、規約改定の可能な幹部会議に掛ける事は出来なかった。
「済まない。リオには苦労を掛けるばかりだな……」
ファルが僕に謝罪をする。そこで僕は両手を交差させながら振る。
「いえ。苦労だなんて。お礼はサキエさんに言ってください。サキエさんのお蔭で認可が取れた様なものですから」
実は他の師聖から認可が受けられない中、サキエさんが認可してバーリーさんでも師聖の代用になると教えてくれたのだ。その後も他の師聖の半数以上を説得し、結局幹部会議で認可されるように取り計らったのはサキエさんだった。
「そうか。感謝するサキエ――」
感謝の意を表すファル。そしてファルはサキエさんにしか聴こえない声で、
「――だが、お主は反対していたのであろう? 良いのか? 恋敵に塩を送って」
そしてサキエさんもファルにしか聴こえないボリュームで。
「リオ君の痛々しい姿を見ていられなかったのですわ。それにリオ君は渡さないし、貴女は恋敵ではありませんわ。敵ではありませんから」
「なるほどの……!」
僕にでも聴こえる声を出したファルは、ピクリと眉尻を上げる。だが、少しの間を持って心を落ち着かせたファルは、またしてもサキエさんにだけに聴こえるボリュームで言う。
「|確かにお主は敵ではないな《・・・・・・・・・・・・》」
何? 何を言っているのかな?
「うふふふふふふふふ……!」
「ふふふふふふふふふ……!」
不気味に笑うサキエさんとファル。何か怖い。
「何かあの二人、前よりも仲が悪いですよね? バーリーさん。心当たりありませんか?」
「はあ。君を見ていると、サキエちゃんとファル姐さんが哀れに思えてくるよ……」
意味が解らない僕は、首を捻る。
窓の外は黄昏に染まりつつあった。
その夜――バーリーさんとサキエさんは、僕の家に泊まっていく事になった。
バーリーさんの巣窟である〈要塞〉は僕の家からは遠い。故にバーリーさんが泊まると言い出した時、サキエさんも泊まると言い出したのだ。
そしてダイニングで四人の食事が始まった。僕が聖武官のなりたての頃、いつも独りで寂しく食事を摂っていたから大勢の食事は楽しい。そして今日は皆でそれぞれ一品ずつ料理を担当する事になった。無論、居住区内にあるスーパー・マーケットでの買い物は済ませてある。
僕は手軽で大勢で食べれるタラコ・スパゲッティ。
ファルはグラタンを。
サキエさんは鰈の煮付けを。
バーリーさんはステーキ。
――それぞれの料理が出来上がった。全員が椅子に腰を掛け、テーブルに着席。
「うん。どれも美味しそうですね」
「分からないわよ、リオ君? ファルシスが作ったものは、不味いかもよ?」
「失礼を言うな、サキエ! 貴様の方こそ不味いのではないのか⁉」
「まあまあ二人共。おっ……そうだ! こういうのはどうっスか? 一番だった者がリオっちと一緒に入るというのは?」
「何を言っているのですか、バーリーさん! そんなの――」
僕がバーリーさんのおふざけに注意しようとしたその時、
「乗ったぞ!」「乗りましたわ!」
ファルとサキエさんの声が唱和する。
って、ええ⁉ いいの⁉
「ふっふっふ。サキエ、その珍妙な料理を作った事を後悔するがいい!」
「ファルシス、貴女こそわたくしの料理の前にひれ伏すがいいわ!」
ファルとサキエさん――二人の視線がぶつかり合う。
「ええと……」
これは雰囲気的に、駄目ですと僕は言えなくなっていた。
「じゃあ、まず僕の料理から……」
……………………普通だ。
「「「まあまあかな?」」」
他の三人が咀嚼して感想を言う。
分かっていた。分かっていたさ。だって、こんな事になるとは思わなかったし……。
「では、次はサキエさんの料理を……」
……………………絶品だ。調理した汁が鰈に良く染み込んでいる。酒や味醂等の調味料をふんだんに使っている割に、見事にそれらが上手く調和していた。だが、隠し味が判らない。
「サキエさん。この料理の隠し味は何ですか?」
「ふふ。それはリオ君でもいえないわ。我が家の秘伝の調味料とでも言っておくわね?」
「そうですか。でもこれは最早、一流の店に出せる料理ですよ!」
「うん。リオっちの言う通りっスね」
バーリーさんが僕の感想に同調する。
「くっ! やるな⁉ サキエ!」
ファルが悔しそうに鰈の身を口に含む。
「じゃあ、次はファルのグラタンだね?」
「リオ。良く味わってくれ」
ファルがにこりと笑う。
……………………これまた美味。魚介類と肉類に野菜がマッチして、またチーズが泣かせる。恐らく最高級のチーズを使ったのだろうか? 待ったりとした味わいは見事に尽きる。そしてこれまた隠し味が判らない。
「ファル。この料理の隠し味は何?」
「リオ。それは秘密だ」
「そう。でもこれまた一流の店に出せる味だよ!」
「これまたリオっちの言う通りっスね! さすがファル姐さん!」
またしても、僕に同意するバーリーさん。
「くっ! 何でも出来る者は、料理が出来ないのがお約束なのに……! 大体貴女、貴族でしょ! 何で料理が出来るのよ!」
サキエさんの言う通り、本当にそうだ。ファルは貴族でもあるから、料理を作る機会何てなさそうだけど……もしかして、シャリスさんに作って上げていたとか?
「ふん。小さい頃からの修練の賜物だよ。我が家は何でも出来る様に教育を受けるのだ」
そこでファルが悲しそうに微笑む。恐らくシャリスさんの事を想ったのだろう。胸がチクリと痛む。
「「それで、どっちが美味しかった(の)?」」
ファルとサキエさんが僕に詰め寄る。どちらも甲乙付け難く、美味しかったのだ。
「えっと……」
それで僕が困っているとバーリーさんが助け舟を出してくれた。
「まあまあ、御二人さん。まだオレっちの料理を食べていないのだから、判断はそれからでもいいのでは?」
そう。まだバーリーさんの料理が残っている。
僕も男だ。女性の体に興味が無いとは正直言えない。むしろ興味がある。だが、結婚もしていない男女が一緒に風呂に入るなんて、やっぱり常識的に考えて駄目だ。
「さて、バーリーさんの料理はステーキですね?」
僕はナイフとフォークを手に取って、肉を切り、口に含んだ。
……………………おえ~。不味い。
肉の旨味を極限まで相殺し、クセとしつこさを前面に出したワインソースが、激しく肉の臭みを引き出していた。そのステーキなるものは天下無双の不味さだった。
「「「ぐえおぐっ⁉」」」
僕、ファル、サキエさんは、キッチンに駆け込んで一斉に吐いた。
そしてまず僕が、
「ぺぺぺっ! バーリーさん! どうやったら、ステーキで失敗するのですか⁉」
次にファルが言う。
「舌が腐るかと思ったぞ⁉」
最後にサキエさんが、
「というか、バーリーさん! ワザとですの⁉」
三人の非難にバーリーさんは、
「何言っているんスか? こんなに美味しいじゃないっスか!」
もしゃもしゃとステーキなる物体を食べている。その表情からは、本当に美味しそうに食べているとしか思えない。
もしかしてバーリーさん。味音痴?)
ファルとサキエさんも思ったのか、戦々恐々としている。だがしかし、
「さて。判定を……」
「リオに決めて貰おうか?」
サキエさんとファルが、再び詰め寄る。
「ええっと……」
引き分けじゃあ駄目なんだろうな~。
などと思っていると、僕に救いの手を差し伸べてくれたのは、またしてもバーリーさんだった。
「サキエちゃんとファル姐さんの場合は引き分けっスね。んでもって、一番はオレっちでやんス。って事でリオっちと風呂に入るのは、オレっちスね」
「何を言っているのですか⁉」
「そんな訳なかろう! お前の料理は間違いなく一番不味かったぞ⁉」
サキエさんとファルが、今度はバーリーさんに詰め寄る。しかし、
「オレっちは、四人の中で一番だった者が勝者といったはずっスよ? 誰も一番美味しい者とは言っていないっス!」
バーリーさんの屁理屈に、
「それはそうだが……」
ファルはたじたじだが、サキエさんは抗議する。
「いえ! でも普通、一番美味しい者が選ばれるべきじゃない!」
「見苦しいよ、サキエちゃん。大人しく二人で一緒に入るっス!」
「くっ……! バーリー! 何故、私達二人がが一緒に入らなければならない!」
「そうよ! 別々に入ればいいじゃない!」
ファルとサキエさんが文句を言う。しかし、
「二人共、【時計】を見るっス。もう夜中の十二時っスよ?」
バーリーさんの指摘に。
「…………不本意ですが、仕方ありませんわね」
「…………超超越的に不快だが、仕方がないな」
サキエさんとファルは、ぶつくさ言いながら風呂場へと向かった。
サキエさんとファルが風呂場に向かい――それから十分が経過して、キッチンで、
「そう言えば、リオっち。君の〈ネフィリム〉だけど……」
「どうしたのですか? バーリーさん」
「現在調整中なので当面の間、〈ネフィリム〉無しで、やってくれや」
調整中?
「不具合でも見つかったのですか?」
皿を洗う僕に対し、洗った皿を布で拭くバーリーさんは言った。
「ん~。どう言えばいいのか……ファル姐さんが〈ネフェリム〉を同行させるのを嫌がっているのだよ」
「ファルが? 何でまた?」
僕は皿を洗い終えて、バーリーさんに問う。
「それは今のリオっちには言えないな。何れファル姐さんの方から、言うと思うよ?」
「はあ」
僕は気のない返事を返しておく。
と、いう事は、バーリーさんは知っているという事だ。でも何で僕には言えないのだろう? 何か特別な事情があるのだろうか? 僕に襲い掛かったあの時、〈資格者〉は信用出来ないみたいな事を言っていたし。
「まあ、期待していてくれ! 丁度良い素材が手に入ったし。間違いなく最新鋭にして最強の〈ネフィリム〉にしてみせるっスよ!」
息巻くバーリーさんはにっこりと笑う。それに一抹の不安を覚えた僕は不安を口にする。
「あの……暴走したりしませんよね?」
「大丈夫。オレっちを信じてくれや。それに君はシャリス=ラバリの封印を解いた男なのだぞ? もっと自信を持てや!」
「分かりました、バーリーさん。処でファルとの〈デーモン〉狩りの事なのですが、局長に師聖しか立ち入る事を許されないあの森で、活動する許可を頂いて置いて貰えませんか? 一日で戻れる距離で確実に〈デーモン〉が現れると言ったら、あの森しかないので……」
「う~ん。難しいっスね」
バーリーさんが難色を示すので、僕は上目遣いで言う。
「無理……ですか?」
「まあ、ファル姐さんの為だ。明日朝一で局長に訊いてみよう。サキエちゃんもいる事だし、何とかなるだろう」
僕はバーリーさんの結論にほっとする。そして、
「さて、リオ君に桃源郷を見せてあげよう」
バーリーさんは、ナイフ型魔装武具【アロール】を懐から取り出し、
「我、視界をここに開かん」
「これは、偵察をする為の魔法の呪式?
でも、見た事がある場所でしか使えない筈。だから主に使われるのは、自国内に侵入した敵を補足する為だ。そして制限がもう一つある筈。確か半径五十メートルしか目標を捕らえる事が出来ない。それ故、隠密偵察に長けた偵察兵や特殊部隊員にしか伝わっていない魔法の筈……って、まさか……!」
無幻!
僕の不安は、現実のものとなった。
灰色の呪式陣に映し出されたのは、風呂場のタイルに立っている、サキエさんとファルの艶姿。
まずサキエさん。
鳩尾から下腹部に続くラインは美しく、また胸は何回か当たっているので、大きいと思っていたが、形が美しく美乳だ。日頃楚々としてほっそりとした戦闘服姿から想像も出来ない程に肉感的である。しかし引っ込む所は引っ込んでおり、むっちりとした豊かな臀部は煽情的だ。また、腰まである長い髪がそれを引き立てていた。
次にファル。
かっちりとした肩に、すらりとした健康美溢れる太腿が眩しい。しなやかな脚線美は一種の野生動物を思わせ、胸はサキエさんより大きく、これまた美乳だ。それが動くたびにぷるんぷるんと震えている。また透ける様に青白い肌はファルの神聖さを醸し出しており、これを見ていると罪悪感より先に――その清らかで美しい肢体は美の女神に相応しいとしか言いようが無いので、どうしても凝視してしまう。
二人の艶姿に、僕は魅入られた。
僕は下腹部を押えながら、
「ちょっと、バーリーさん!」
「はっはっは! 良いじゃないか、リオっち。女性が風呂に入っているのに覗かないなんて失礼に値するってもんだよ? まあ、声が聴こえないのが残念であるが……」
「いやいや。この行為こそ失礼でしょ? バーリーさん」
僕の鼻から何かがぽたりと落ちる。
「リオっち、鼻血。ティッシュを」
バーリーさんにティッシュを手渡され、僕はティッシュを丸めて鼻の孔に差し込み、
「とにかく、バーリーさん! こんな事は止めるべきです!」
こんな覗き何て卑怯! 下劣! 犯罪だ!
「何故だい? 君も男だろう? 二人の生まれたままの姿を見たいとは思わないのかい?」
バーリーさんは逆に僕を説得に掛かる。
「でも、覗きなんて……」
僕はあくまで抵抗を試みるが、バーリーさんは囁く様に言う。
「卑怯かい? 君は古いな~」
「古い?」
一体僕の何処が古いのだろう?
「そうだ、リオっち。君は、キスは結婚してからするものだと思っているだろう?」
「はい。バーリーさん」
「古い! 古すぎるぞ! キスは好き者同士なら結婚しなくてもいいのだよ!」
ガーン! と、僕は衝撃を受けた。バーリーさんの言葉に、
「最近の若者は、キス処かSEXしているぞ!」
「本当ですか⁉ バーリーさん!」
ガガーン! と、再び驚愕している僕に、バーリーさんは諭す様に言う。
「無論、誰構わずじゃない。好きな人と、だ。好きな人なら何をしてもいいのだよ。リオっち。君は性についてもっと勉強するべきだ。だからまずは、女性の裸体を見て勉強するべきだよ」
「なるほどな」
「そうやって覗きを正当化しようという訳ね」
いきなりファルとサキエさんの声がして、僕とバーリーさんは、ギクリとする。
映像の方を垣間見るが、確かに二人の姿はあった。しかし、この声は紛れもなくファルとサキエさん。思わず声のした方へ向くと、やはり二人の姿があった。パジャマ姿だ。思わず二人の姿に目を奪われる。何故なら濡れそぼった髪の所為で、艶めかしく見えるから。
僕の視線に気付いたのか、二人は恥じらう様にそれぞれ胸元を隠すが、その行為が余計に嬌(きょう)羞(しゅう)を誘う。
だがファルは意を決したように怒声を上げる。
「リオまで誑かして、私達の裸体を観賞しようなぞ万死に値する! 覚悟は良いな⁉」
刃!
ファルに魔力刃を突き付けられたバーリーさんは両手を上げた。
「馬鹿なっス! どうやって……!」
「ふん。途中で観られている事に気が付いたのでな、幻影系のジャミングの魔法を使ったまでだ」
なるほど。確かにファルの言う通り、二人の映像は同じ事を繰り返している。
「馬鹿なっス! そんな事が……⁉」
「覚悟はいいな?」「覚悟はいいですね?」
ファルとサキエさんの――静かだけど――怒声がハモった。
僕はきつく目を閉じる。
暴行を受けている音がするのに、全く痛みが無い。
恐る恐る目を開けると、バーリーさんだけが暴行を受けていた。




