第一章 嵐の予感
僕は――自分の担当教官である――サキエ=ホムラ師聖と馬車の中にいた。
サキエさんは、若干十八歳で聖武官の最高幹部である師聖まで昇り詰めている。
サキエさんはこの北大陸の傍にある列島……大和国からやって来た移民の末裔であり、実家の近所に住んでいた。
大和国は約二〇〇年前に近代化を図る為に、魔導学ではなく科学を奨励した国である。
サキエさんの一族は、廃刀令により、その国を捨てた士族。ホムラ家は大和国独特の剣術を売りに、ロンベルト聖皇国に遥々移民としてやって来たのだ。
代々、聖皇軍や本国軍の精鋭部隊に優秀な人材を輩出しており、サキエさんはそのホムラ家の中でも異才であった。軍の士官学校でも殆どの科目で一番を取り、文句なしで首席卒業をした才女。その証拠に師聖の証である紫色の【指輪】を所持している。因みに僕のは黄色だ。
純和風の美しい顔立ちにあった黒い瞳と、長い黒髪を一つに結ってポニーテイルにしており、その身に纏っているのは、和風に改造された対刃対魔法防御が施された――聖武官が着る聖闘衣。そしていつも腰に掛けている野太刀は、現在狭い室内に立て掛けていた。
その野太刀の持ち主である美少女――サキエさんの桜色の唇が動く。
「――じゃあ、リオ君。ブレスト大陸で起こった大戦――ブレスト戦役が起こったのはいつ頃?」
今は僕の苦手な勉強の中でも、特に苦手な科目の勉強をサキエさんが見てくれている。
何故なら明日はペーパーテストがあるからだ。
「約二〇〇年前の政暦一七二五年です」
僕の答えに満足したサキエさんは次の質問。
「じゃあリオ君。次は何故ブレスト戦役が起こったのか? 何故我々聖武官が存在しているのかを答えて?」
「ブレスト戦役が起こったのは、神託で〈魔族〉と呼ばれた者達が、世界の命を奪い、この世に仇名す者とされたからです。その〈魔族〉と呼ばれた者達が、ブレスト大陸に逃げ込んだ為、世界各国は〈魔族〉とそれを匿う国に対して宣戦布告。そうして戦争が起こり、最終的に〈魔族〉は駆逐されます」
〈魔族〉と呼ばれていた者達は当時、何れも名の通った――英雄、智将、猛将、名将、勇者、賢者、聖人と呼ばれていた者達だったらしい。
「――我々聖武官が存在しているのは、〈魔王軍〉の残党である〈デーモン〉達が二〇〇年経った今でも存在しており、当初はブレスト戦役によって各国の軍は大打撃を受けていました。その為街や村の防備で手一杯で、ロンベルト聖皇国聖皇直属の軍である聖皇軍が〈デーモン〉討伐を管轄していましたが、神官や聖騎士を詐称する者が続出し、それによって我々執行庁〈クルセイダーズ〉が設立され、設立された翌年に〈デーモン〉退治を執行庁に委譲。猶、付け加えると執行庁の職員は身分証明する【指輪】を渡されており、これによって現在は偽物が関与する余地を完全に排除されている状況です。サキエさん」
「じゃあ次。聖武官とは何かを答えて? リオ君」
「聖武官とは主に、並みの戦士では太刀打ちできない魔王軍残党である〈デーモン〉を狩り、報奨金を得る者達の事です。また聖武官はその絶大な特権の為に、ロンベルト聖皇国の人間にしかなれません。以上です。サキエさん」
「パーフェクトよ、リオ君」
因みにブレスト戦役起こったその当時、ブレスト大陸を治め、〈魔族〉を匿っていたのはバムロ帝國で、〈魔王軍〉の指導者は三名おり、三魔王と呼ばれていた。
「これなら筆記試験は問題なさそうね。合格よ、リオ君♪」
サキエさんにお褒めの言葉を貰った僕は、座席にもたれ掛かって、
「ふう~。終わったか~」
僕が息を吹いた時、馬車が停止した。
「到着した様ね? 降りるわよ。リオ君」
サキエさんが馬車のドアを開ける。
まずサキエさんが降りて、次に僕は馬車から草原の大地に足を付けた。
蒼天の昼の日差しの中で背を伸ばす。
あ~。ぽかぽかして気持ちいいな~。
広大且つ、巨大な三重の防壁に囲まれた城塞都市の様なこの施設に戻ってきたのだ。
執行庁の組織の一つ――聖武局本部。
主に聖武局本部は三つの区画に分かれており、聖武局員が主に働く中央区画。聖武局員とその家族が居住する居住区画があり、そして武装の類を造り出す軍需工業区画がある。
区画の広さはそれぞれ異なるが、ある施設を除外すればこの辺りで一番目に大きな施設だ。そして区画ごとに防壁がある為、防備も充実しており、色々な仕掛けがあるらしい。
「う〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰ん! 到着!」
僕は再度背を伸ばしてから、周囲を見廻す。他の見習い聖武官や教官達が、馬車から降りていた。
こきこきと肩を鳴らす。長旅の為、馬車の中が多いかったのだ。尻は痛いは、肩はこるは、眠気は来るはで疲れた。本当に。
「良い風ね……」
隣にいるサキエさんは、そよ風で長い黒髪をたなびかせる。
「お疲れ様です! ホムラ師聖!」
僕は上官であるサキエさんに敬礼する。しかし、
「もう。わたくしの事はさっちゃんと呼んでくださいな?」
しっとりとした雰囲気を振り撒きながら、サキエさんは僕に甘えた声で抱き付いてきた。スリムな肢体だが胸は結構ある。当然……。
うわ! うわわ! 胸が当たっているよ!
「ホムラ師聖。はしたないですよ。離れてください」
サキエさんの胸が、僕の背中に当たっているのを感じたので注意をする。
「もう。お姉さん悲しい。昔はさっちゃんと呼んでくれたのに……でも、そんなリオ君も可愛い!」
グサッとくるな! 僕はこんな顔でも男なのに……!
「ホムラ師聖! 僕は男です! 可愛いは止めてくださいよ……!」
僕の顔は女顔だけど、正真正銘男なのだ。可愛いと言われるのは屈辱である。
「うふふ。リオ君、怒った?」
「別に……」
僕は目を逸らし、唇を尖らせる。
「あはははははは。ごめんね? 女の子扱いされるのは嫌いだものね?」
「当たり前です! 僕は男なのですから! それと先程の事はケジメの問題です! ホムラ師聖!」
だが僕の返答にサキエさんは、頬を染めて右手を頬に当てる。それが妙に様になっていて、愛らしい。
「もういいじゃない? わたくし達、もう他人ではないのだし」
「誤解を招く言い方は止めてください! 親戚なだけでしょ!」
僕は少し怒って、サキエさんの方へ振り向く。
僕の八歳年上の兄は、サキエさんの一番上の御姉さんと婚姻しており、親戚なのだ。
「怒らないでよ、リオ君。ね?」
サキエさん特有の――『後光の微笑み』。これを喰らえば、どんな堅物も撃沈出来ると言われているサキエさんの微笑だ。意識している訳ではないだろうが、サキエさんは微笑む時に、太陽を背に受ける癖があり、それで三割増し程魅了を上げている。
うう……! ずるい!
しかしこれでも多少の免疫があるのだ。何せ幼少からの付き合いだ。免疫が無い方がおかしい。
「っ……! とにかく!」
少しくらっと来たが、僕は持ち堪えて、
「少しは自重してください!」
サキエさんは文句なしの美少女な上に、名家のお嬢様。オマケに性格も良いとくれば、周囲が放っておくはずもないのだ。人気が出るのは必然。サキエさんを慕う者は大勢いる。そんなサキエさんは僕をいつも構ってくるのだ。
だから当然周囲が黙っていない。
「くそ! 何でいつもマルクス習士はホムラ師聖といるのだ⁉」
「呪ってやる! 呪ってやるぞ! リオ=マルクス習士!」
「ああ……。サキエお姉さま。何でそんな奴と……!」
怨念が籠った殺気が、周囲の他の教官や同期の者達から漏れている。
勿論、僕はサキエさんの事を嫌ってはいない。むしろ尊敬しているのだ。サキエさんの積み上げてきた実績は立派なものだし。
しかしだからといって、衆人環視の中での抱き付きは困る。恥ずかしいし。
だが、今度ばかりは言い方がキツ過ぎたようだ。
「リオ君が怒った……」
サキエさんは瞳を潤(うる)ませる。
しまったぁ~!
僕はすぐさまサキエさんを宥(なだ)める事にした。だって、周囲の視線が一層鋭いものになってきているし、女性を泣かせる男は最低な男だと思っているからだ。
「怒っていません! 怒っていませんから……! ね? ほら……!」
宥めても、サキエさんの瞳から涙は引かない。
「でも! でも……!」
サキエさんの涙を見て、周囲は、
「あいつ、ホムラ師聖を泣かせやがった! 許せねえ!」
「切り刻んで殺す!」
「ああ。お姉さま。そんな奴、放っておいてわたしと禁断の恋に堕ちましょう。そしてあんな事やこんな事を……更にはお子様の前では憚《はばか》られる事をじっくりたっぷりやりましょう……ああ……いい……! ハレルヤ!」
周囲の殺意的な(最後は異色だが)言動により、僕は話題を変える事にする。
「あ⁉ そいえば、アレはどうなりました⁉ サキエさん!」
「グス……アレってなに? リオ君?」
「アレですよ。僕が選んだ試験場の旧バムロ帝國帝城跡の地下室で発見した棺の事です」
メタリオンで出来たその棺の事はサキエさんや、話を聞きつけてやって来た他の師聖も開ける事が出来なかった。
因みにメタリオンとは、完全亡父処置が施された合成金属の事だ。それはともかく、僕は一時置いて、
「教えてよ。その……さっちゃん。ね?」
サキエさんの耳がピクリと動く。
もうひと押しだ!
僕は更に手を合わせて腰を屈める。
「さっちゃん! お願い!」
「うん♪ いいよ♪ 中にはいろっか♪」
盗み見るとサキエさんは上機嫌。潤んだ瞳は何処へ行ったのやら。涙は引っ込んでいる。そして僕と腕組みをして鼻歌を歌いながら、聖武局本部の巨大な白亜の門へと潜っていった。
もっとも、周囲の視線は更に怖気を感じるほど厳しいものがあったが……。
――その時だ。銀髪灼眼の見目麗しい中背の青年が朗らかに声を掛けてきた。
「はは。貴女方はいつも仲良しですね」
ミレイス=アシュタール。サキエさんと同じく師聖だ。
僕はすぐさま敬礼をして。
「アシュタール師聖! お疲れ様です!」
「はい。お疲れ様」
アシュタール師聖は敬礼をして去っていった。それと入れ替わりに金髪碧眼の人当たりが良さそうな顔付の小柄な中年男性がやって来たのに気付いた。
アレウス=ブルミール。同じく師聖だ。
僕は再度敬礼をするが、
「ブルミール師聖! お疲れ様です!」
「………」
ブルミール師聖は気付かなかったのか――そのまま無言で去っていってしまった。
――そして門を通って暫らくすると、
「おら! 急げ、野郎共!」
歳は三十前。魔導科学者特有の白衣を着た、細身で長身の銀髪でオールバックにした男性が、軍需工業区画でテキパキと四〇名程の部下の指揮を執っている。
軍需工業区画は文字通り――武器等を生産する為に作られた区画で、鈍色の塔とそれを囲む複雑怪奇な建造物が多数あるのだ。塔のてっぺんから出る煙に無数の鉄管で構成されたそれは、鉄甲製品を作る為に必要な鉄鋼場である。そこにある搬入口に着きサキエさんは、白衣を着た銀髪の男性に対して指を指す。
「リオ君。あの人はバーリー=ホークルさん。兵器技術部兼管理責任者でもある人で、技術部長も務めている人よ。何と言っても、どんな天才でも三十路は超えると言われた国際魔導特級技術師の資格を、二十二歳で取得した人なの。世界でも五人しかいない資格を、ね?」
「へえ~。そんな凄い人だったんですね?」
「え? リオ君。バーリーさんと面識あったの?」
サキエさんが小首を傾げるのを見た僕は苦笑い。
「ええ。まあ、ちょっと……」
僕が言葉を濁していると、バーリーさんが此方にやって来て、独特の訛り声で、
「お? サキエちゃん。丁度良かった! 今度創った新作の『刀』を使ってくんないかな? 何と今度の作品は、魔力相殺の超音波を出す優れものだ! 殆どの〈デーモン〉に効果があるのは保証スるっスよ!」
「ふふ。バーリーさん? わたくしはその魔力で、刀の切れ味をアップしているのですから持っていても意味はありませんよ?」
「じゃあ、リオっちに頼もうかな? 良いよね?」
サキエさんにやんわりと断られたバーリーさんは、僕に話をふってきた。なので僕は苦笑いを浮かべる。
「え? でも、これ以上の武器の携帯はちょっと……。主武装と腰にある小太刀。後、聖闘衣の中に投擲用の短剣を八本携帯しているのですよ? 左手には楯(シー)篭(ル)手(ド)を付けているし、これ以上は装備出来ません。これ以上したら、重くて動けない――とまでいかなくても、僕の持ち味のスピードが落ちてしまいますからいいです」
「じゃあ、楯篭手に追加機能として付けよう。それがいい。うん!」
「いや、バーリーさん、それは……」
「きっと気に入る! 試してみよっか。ちょっと待っててくれや!」
バーリーさんは玄関口に引っ込んでしまい、暫らくして一振りの『刀』を持って来た。
美しくも妖しい刀身の――不気味な女の顔が付いた柄を持つ、不気味な『刀』。呪われたアイテムしか思えないその異様は、僕の腰を引かせるには十分だった。
「あの、バーリーさん? それは?」
妖刀? 妖刀なのか⁉
「ふふ。見ていな。サキエちゃん。攻式魔法をオレっちに放って!」
「ちょっと待ってくださいな。バーリーさん」
ここでバーリーさんは肩透かしを食らう。そしてサキエさんは人差し指を立てて、
「リオ君。ここでクイズよ。魔法の種類と通常魔法以外の上位魔法の名前を下から順に。そして魔法属性を答えてみせなさい。また魔法は何処から出現するでしょう?」
出た。サキエさんのクイズ好きが……。
「え~と……魔法は主に、攻式、守式と、癒式に、補助式、それと……召喚式の五種類あります。通常魔法以外は戦術魔法と戦略魔法があり、属性は地、水、火、風、聖、闇、気、雷、無の九属性。また魔法が出るのは呪式陣からです。サキエさん」
「よろしい。じゃあいくわよ。バーリーさん」
サキエさんは汎用型の華石が付いた野太刀を抜く。
「炎よ、荒れ狂え!」
狂舞炎!
二言の呪式で、赤い呪式陣から炎が濁流となってバーリーさんを飲み込まんと向かっていく。この魔法の呪言は狂舞炎――火属性系攻式通常魔法の中でも割とポピュラーな魔法だ。
「よっしゃ!」
バーリーさんはその炎塊を避けようともせずに、『刀』を抜いて振るった。すると、柄の先端部分の女性の顔がカタカタと叫んだ。
「ひゃあああああああああああああああびりあああああああああああああ!」
耳に付く不快な歌声? と共に発せられた超音波は、見事渦巻いていた炎を霧散させる。
「見たかね⁉ これぞ〈魔女の歌声〉の威力っスよ!」
「気色悪いですわ!」「いりません!」
サキエさんと僕は、バーリーさんに同時にツッコむ。
こんなものを街中で使った日には、白い目で見られるのが落ちだろう。
現に、バーリーさん自身の部下達が白眼視している。
しかしバーリーさんはその事に気付いていないのか、
「むう。しかしリオっち。君はオレっちの被験者になったのではないかな?」
「確かに僕はバーリーさんと、武装に関する取引をしています。消耗品の無償補充――特に呪式陣を封じた華石や無償修繕を行う代わりに、バーリーさんの作品を実戦で使う事を約束していますけど……」
「正気なのリオ君⁉ バーリーさんの作った作品は、使い手の事は度外視したものばかりなの! 確かに超一級品のものばかりだけど、扱いにくく、暴走してしまう事もしばしばなのよ⁉」
確かにサキエさんの言う通り、魔法を発動させる顕現によって超強力な結界を張る魔装武具――広範囲に展開させるために術者の魔力は一分と持たない例もあるらしい。
でも、この事例はまだ良い方で、精神が壊れた者もいる程の凶悪な魔装武具があるのだ。だからバーリーさんの作った作品を使用したがる者は、聖武官の中では滅多にいない。
噂では、バーリーさんに作品を使う事を強要されたが為に、辞職した者さえいるらしいが……。
「ええ。まあ、分かっていますけど、サキエさん……それでも僕は……」
僕には被験者になっても、やらなければならない事情がある。だがしかし、
「でも僕は、正式にはまだ準局員のはずです。正式な局員は特士以上の聖武官。そのはずですよ? 正式な契約は、明日から始まる認定式典が終わってからですよね? バーリーさん」
「うむむ~。以前のアレは承諾してくれたのに……」
バーリーさんの言うアレ――髪と瞳の色を変化させる実験の所為で、酷い目に遭いましたけどね?
僕は心の声を顔には出さず、バーリーさんに本題を訊く。
「ところでバーリーさん。例の棺はどうですか?」
「ふむ。あの棺かね? 付いて来たまえ」
バーリーさんは、自分の部下に一言指示を与えると、僕達に対して手招きをする。
僕とサキエさんはバーリーさんに付いて行って、程なくやって来たのはバーリーさん専用の実験施設。通称〈要塞〉。あちらこちらに大きな建物が視認出来る。恐らく専用の実験棟だろう――建物にある鉄管の複雑さも増している。
「何度来ても広いですね? バーリーさん」
もっとも、僕は今まで、〈要塞〉の手前までしか来た事がなかった。
「どの位の敷地があるのですか?」
僕の質問にバーリーさんは人差し指を立てながら僕に説明し始めた。
「軍需工業区画――五分の一が、実験施設の敷地になっているっスよ」
「へえ~。処で、何でセキュリティーゴーレムやミリタリーゴーレムがいるのは何故ですか?」
「それはリオっち。オレっちの研究を盗もうと、〈要塞〉に侵入する輩がいるからさ」
「そうですか……」
巨大なセキュリティーゴーレムや犬型ミリタリーゴーレムが僕を見ている。
うう。睨め付けているよ。でも、怯んでいたら聖武官は務まらない。なので、僕も睨み返す。
むむむ~!
「リオっち。何やっていんの? ここだよ?」
バーリーさんは、巨大な入口――鬼の形をした扉に近付く。
「ただいま。ユキラ」
{お帰りませ。ご主人様}
バーリーさんの声に反応して鬼の瞳が、意識が戻った様に赤く光る。
「ひっ……⁉」
情けない事に僕は吃驚(びっくり)してしまい、怯んだ。
「そっか。リオっちは初めてだったな。ユキラ。ご挨拶だ」
「はい。ご主人様」
涼やかな声と共に、鬼の扉からぬっと巫女服を着た鬼娘が現れる。楚々たる風情を兼ね備えた要望に、淑女たる落ち着いた雰囲気。闇色の長い髪は腰まで。手には巨大な薙刀を所持している。やや幼い感じはするが、年の頃は二十歳といった感じだ。天然色の雰囲気を醸《かも》し出しており、華石が付いた首輪をつけている。無論、頭には二本の角がある。
サキエさんに負けず劣らず、綺麗な人だな……。
僕が見惚れていると、ユキラさんは優雅に一礼して、
「ユキラです。どうかお見知りおきを」
ぽやっとした感じの挨拶だ。しかし僕は畏怖を感じる。これは勘だ。ユキラさんは只者ではない。僕の勘がそう告げていた。
「ユキラの精神は普段扉に宿している。必要の際には扉に内包している躰に精神を移し替えて行動する。ユキラはこの施設内の最強の守護神であり、鬼神の神霊。つまり、神々の一柱なのだよ」
ビンゴだ。それにしても……。
僕はユキラさんに圧倒されていた。神霊力や神格値を測る【スコープ】を使うまでもなく、ユキラさんの凄さが伝わってきたのだ。何と言いあらわせばいいのか……見た目は優しそうな女性に見えるが、中身はまさしく鬼神の力を秘めている。そんな感じだ。
「ユキラちゃん。お邪魔するわね? ほら、リオ君ご挨拶」
「あ……。リオ=マルクスです。お邪魔します」
僕はそう言って頭を下げる。
「サキエ様。リオ様。ようこそおいで下さいました」
ユキラさんがそう言うと、扉が重たい音を立てて開いた。
僕達二人は〈要塞〉内部に通され、リビングにある椅子に――ユキラさん以外は――座っていた。
マナを吸って作動する【大時計】を見る。時間は午後の一時三十分。
其処はかなり広く、リビングというより、巨大なホールといった感じだ。観賞用の針葉樹――松が置かれている。
リビングには棺が二つあった。
「これは?」
メタリオン製の金色の棺。同じ色でも中央に球形の華石があるのは同じだが、僕が持って帰ったのは右側――天使の文様が描かれている方であり、左側――竜の文様が描かれている棺には全く見覚えが無い。
「この竜が描かれている棺は?」
僕の問いにバーリーさんは笑みを浮かべて言う。
「これは君に与えられる予定の〈ネフィリム〉が入っている棺だよ」
「〈ネフィリム〉って何ですか?」
僕は聞き覚えのない名に、バーリーさんに訊く。
「戦闘用人造用生命体――〈ネフィリム〉。さまざまな生物の細胞を組み合わせ、生物兵器として生まれるこの生命体は、細胞の組み合わせ次第で非常に優秀な頭脳を持ち合わせる事を可能とするのだ。強靭(きょうじん)な肉体。優秀な頭脳。強大な魔力。当然莫大な費用は掛かるが、それに見合う結果を出ス。そのため各国の軍内部では、主力として扱われ、さまざまなタイプの〈ネフィリム〉が存在スる。人型以外にもさまざまなタイプがね」
今度はサキエさんが竜の模様を描かれた棺を擦りながら、
「〈ネフィリム〉は、元々〈魔族〉と呼ばれていた者達が運用していた生物兵器である〈デーモン〉の生成技術を応用して作られたものなのよ」
そういえば、〈ネフィリム〉には人工聖霊を宿らせ、一個の生命体として活動するため自我が存在すると座学中に習ったような気がする。だからこそ〈ネフィリム〉は制御が難しい傾向にあるのだと。自我を持つが故に戦闘中の状況判断能力が優れているが故に、こちらの言った事を理解するが、そのため扱いにくいと言っていた――と思う。
研修中――講義の時にこれは筆記試験に出ないと思って、寝た時があったな……。
バーリーさんはサキエさんの説明が終えてから、手を腰に当てる。
「研修時に習ったはずだけどね。さては寝ていたな~?」
「あはははははは……」
僕は図星を指され、笑って誤魔化す。
これが僕のパートナーか……どんな子なのだろう?
僕は棺を見ながら未来のパートナーを想った。そして更にバーリーさんは竜が描かれている棺を擦る。
「これはオレっちが設計して創った最新鋭の〈ネフィリム〉さ。もち能力はS級♪ 戦闘能力は、その肉体の核となる人工聖霊の強さによって異なり、〈ネフィリム〉の最高峰であるS級は、神の如き力を持つ神霊や神獣に匹敵する、人工神霊を核としている。そしてその戦闘能力は神の如き戦闘能力を有するのだよ。凄いだろ? リオっち」
「これが……」
僕は竜の描かれた棺に触れた。
「大丈夫なのですか? まさか暴走したりしませんわよね?」
「暴走……⁉」
サキエさんの発言に、僕は驚く。
「ええ。明日執り行われる儀式は〈ネフィリム〉の主となるべく為のもの。そしてそれを失敗すれば、最悪死ぬ事になるわ。儀式は〈ネフィリム〉が展開している『繭』を破る事。この『繭』は目に見えるものではない。つまり結界の一種なのよ。〈ネフィリム〉は誕生してから目覚めると自閉モードとなり、『繭』を展開する。それは本能によって己のマスターを選定するの」
まあ、誰しも己にとって良き、より優秀な者の下で働きたいものだ。〈ネフィリム〉は『繭』でその〈マスター〉を選定するのだろう。そして寝起きの悪い〈ネフィリム〉に攻撃を受けるという。無論その為の認定試験であり、〈マスター〉候補生である習士の実力や生活態度をチェックしており、この制度が出来てからは、死者は出していないと研修中の講義で言っていた様な気が……。
サキエさんは締めくくりにバーリーさんに詰め寄る。
「まさかとは思いますけど、わたくしのデータそっちのけで、製造した何て事はありませんよね。 わたくしのリオ君に何かあったら、唯では済ましませんわよ?」
バーリーさんならその記録を打ち破る可能性は十分だ。何せ性能に囚われて扱う者の事は一切考えないのだから。
「ちゃんと目に通しましたって」
ふんぞり返ったバーリーさんに対し、サキエさんは目を細める。
「見ただけですの?」
「…………」
「バーリーさん。もしかして図星ですか?」
バーリーさんはサキエさんの質問に答えずに、おもむろに僕の方を向き直り、肩に手を置く。
「リオっち。オレっちは君を信じている」
「バーリーさん。それはつまり、性能はばっちりって事ですよね?」
「もちろんさ! リオっち!」
「バーリーさん、安全性は? 僕が〈マスター〉になれる可能性は、どの位なのですか?」
「それは……」
そこまで言って、バーリーさんは目を逸らす。まるで部下を死地に送る指揮官の如く。
「あの……バーリーさん?」
「いや………………大丈夫。たぶん五分五分ぐらいだと思うよ。リオっち」
「あの、バーリーさん? 大丈夫って……今の間は? それに多分って……」
幾ら性能が良くても、制御不能な〈ネフィリム〉を押し付けられてしまっては堪《たま》ったものじゃない。大丈夫なのだろうか? 主にこの人の頭。
「君ならオレっちの最高傑作を、見事制スる事が出来るさ!」
バーリーさんは、にっこりと笑ってぬけぬけと言い放った。
「つ、つまり判らないのだよ……」
リビングで約十分間サキエさんにぼこぼこにされたバーリーさんは、報告をする(サキエさんは僕の事になると些か暴力的になるのだ。何故だか分からないが)。
う~ん。相変わらずサキエさんの近接格闘術にはキレがある――などと感心する僕。
それはさて置き、バーリーさんは天使が描かれた方の棺の事を僕に報告をする。
「中に何かしらの魔法が使われている反応があり、結界が張ってある。どうやら何かを封印しているのは間違いない。それも相当強力なもので、邪霊程度ではないのは確定的といってもいいと思う。最悪、高位の邪神という可能性も否定出来ないのが現状だ。だから慎重に調べさせてくれ。君の持ち帰った書物も調べてみるからさ」
そういう事なら仕方が無い。急いでは事を仕損じる。邪神だった場合、大災害を招く恐れがあるからだ。その場合、責任問題で僕は聖武官の資格を剥奪される可能性が出てくる。そうなれば人生最大の目的――金貨十万枚を集める処ではなくなってしまう。
だからここで僕は頷く。
「解かりました。引き続き調査をお願いします」
「じゃあ、リオっち。君に問題だ」
そう言って、バーリーさんは紙に描かれた絵をポケットから取り出す。
「今から出す紙に描かれている〈デーモン〉の名称と特徴を答えて」
まず一枚目――人型であるが頭は蛇。そして尻尾が生えており、体全体に鱗(うろこ)が覆っている。爪は長剣の様に長い。
これは簡単だ。僕は、
「これは〈スポーン〉です! 特徴は肉食である事です!」
自信満々で答える。それを聴いてバーリーさんは、
「正解。じゃあ次は?」
そして二枚目の絵を取り出す――全身外殻に覆われた牛もどきの〈デーモン〉。
え~とこれは……そうだ!
僕は牛の様な姿に閃いて、
「これは〈ディストラクション〉です。特徴は突進力と足の速さです」
僕が答えると、バーリーさんは、
「またしても正解。じゃあ次。これは?」
三枚目――一見、サイクロプスの様な巨大な目をした〈デーモン〉。
「ええと……」
僕が思案していると、サキエさんがヒントをくれた。
「リオ君。ヒントは瞳から魔力弾を放つ事よ?」
「〈ダーク・アイ〉です! 特徴は強力な魔力弾を放つ事!」
僕の答えに満足したバーリーさんは、
「正解! じゃあ、ラストだ! これは?」
四枚目――外殻に覆われた蜘蛛の様な〈デーモン〉の絵。僕は、
「ええと……名称は〈フォートレス〉です。特徴は……ええと……分かりません」
名称は思い出せても、特徴は思い出せないでいた。
「じゃあ、次回まで調べておくことだね? リオっち」
「え~。そんな~! バーリーさん」
非難の声を上げた僕だが、ある事に気付く。
そう言えば、幾らなんでも長時間持ち場を離れていいのだろうか? 明日は大事な日である。
「バーリーさん。明日は大事な認定式典ですよ。搬入作業に追われていたのじゃあ……戻った方が良いと思います」
「ん~。仕方が無い、リオっちの言う通り、戻るかな? どうしようか?」
バーリーさんは部屋にある【大時計】を見て思考する。
う~む。相変わらずの人である。バーリーさんは我が道を行く御仁で、こうと決めたら梃子でも動かない御仁だ。そのため部下の人はかなり苦労されてきたみたいだが……。
「じゃあ、一緒に戻りましょう? バーリーさん、それでいいですか?」
サキエさんの提案にバーリーさんは腕を組む。
「ん~。そうだな~。戻るか。ユキラ、済まないが後で右側の棺を軍需工業区画の、表の搬入口まで持って行ってくれや。後は部下達がやるから」
「分かりました。行ってらっしゃいませ。ご主人様」
こうして僕達はリビングを出る。
自分で持っていけばいいのに――そう思った僕だが、やめた。明日は認定式典。バーリーさんは多忙なのだろうと思ったのだ。式典の準備から進行役まで務めなければならないのだから……。
――この時まだ知らなかった。ユキラさんが自分から見て右側の棺を運んだ事を。そしてそれが僕の運命を大きく変える事を。そしてそれが僕の運命を大きく変えるのだ。




