第9話 ベルトラードの秘密
我が家で婚約者選定の結果を待っていると、ベルトラード侯爵令嬢から手紙が届いた。おいしい桃が手に入ったので、ぜひ食べに来てほしいという。
承諾の返事を出すついでに、もう一人連れていってもいいか尋ねた。
その後、同行者を連れていく了承をもらい、マリーに頼んで手土産を用意してもらった。
「行ってきます」
マクシム様と馬車に乗り、アルディ侯爵家へ向かった。
「マクシム様は、アルディ侯爵家とは親交がありますか?」
「いや。父上はどうか知らないが、俺はほとんど屋敷から出られなかったから」
「そうですか……」
苦痛の日々を思えば胸が痛むが、いつまでも同情されるのも辛いだろう。私はそれ以上踏み込まず、頷いた。
マクシム様は最近、肌艶が良くなり、鍛えられた身体もさらに逞しくなった感じがある。
もともと整った顔立ちをされているだけに、このまま体調が良くなれば、これから女性からのアプローチが凄そうだなと密かに思った。
屋敷に到着すると、マクシム様のエスコートで馬車を降りる。
「マルティネス伯爵令嬢、お待ちしておりました」
「ご招待いただきまして、ありがとうございます」
出迎えてくれたのは執事だった。私は持ってきた手土産を渡し、屋敷の中へ足を踏み入れた。
「ジュリエット様! お待ちしておりました!!」
階段の上から、煌びやかな衣装をまとったベルトラード侯爵令嬢が駆けてきた。首元の宝石だけで屋敷が一軒建ちそうなほど大きい。首が凝らないのだろうか、と庶民らしい感想を抱く。
「お招きいただき、ありがとうございます」
そう言って頭を下げると、ベルトラード侯爵令嬢の視線が私の隣へ移った。
「……いらっしゃいませ」
ベルトラード侯爵令嬢の頬が赤く染まっている。
おや?おや?と、私は内心で片眉を上げた。
色々と言いたいことはあるが、ここで突っ込むのは意地が悪いだろう。
「この間は時間がなかったので、詳しくご紹介できなかったのですが……」
私はそう前置きして、改めてマクシム様を紹介した。
「マクシム様は、クリストフ・ディロン辺境伯様のご子息でいらっしゃいます。ルミリオ殿下のご紹介で、私の護衛を務めていただいています。今回はご紹介も兼ねて、一緒にお招きさせていただきました」
「まぁ、そうなのですね。ディロン辺境伯のお陰で東の防衛がしっかり行われていると聞いています。この国に住む貴族として、感謝申し上げます」
ベルトラード侯爵令嬢はスカートを持ち上げ、深くお辞儀をした。
やはり彼女は、良くも悪くも素直すぎるだけで、根っからの悪い人というわけではなさそうだ。
「父に伝えます」
マクシム様は相変わらず無表情だったが、頭の下げ方がいつもより深い気がした。お父様の功績を認めてもらえて、嬉しかったのかもしれない。
私たちは庭園に用意された席へ案内された。
けれど、見渡す限りの花よりも、柱の陰に隠れるアルディ侯爵夫妻の姿が気になった。
「友達だわ! ベルトラードに初めての友達ができたわ!!」
はしゃいでいる二人の姿が、なんだか可愛らしい。娘のことを溺愛しているのが伝わってくる。
ベルトラード侯爵令嬢が恥ずかしそうに両親を追い払おうとしているので、私は遠くから頭を下げて挨拶をしておいた。
「お味はいかがですか?」
「とてもおいしいです」
桃と紅茶の組み合わせは、最高においしかった。マクシム様も黙々と食べているので、口に合ったようだ。
「お土産にお包みしますので、よければお持ち帰りください」
「え!? いいんですか? ありがとうございます」
「ええ、もちろんです。お友達ですから」
ベルトラード侯爵令嬢は、照れくさそうに微笑んだ。
アルディ侯爵家での『お友達』という立場があまりにも重くて、私で本当に大丈夫なのか心配になる。なにかサプライズパーティーでもしてあげたほうがいいだろうか……。
「あの、失礼を承知でお聞きしてもいいですか?」
「はい? なんでしょうか?」
この機会を逃せば聞けないと思い、私は思い切って尋ねた。
「ベルトラード侯爵令嬢は――」
「ベルトラードとお呼びください」
話し始めたところで呼び方を訂正され、ずるっと肩透かしを食らう。
「えっと……、では、私のこともジュリエットと呼んでください」
「もちろんですわ。それから……私たち、お友達ですもの。敬語もやめませんか?」
ベルトラードがにっこりと微笑む。
私は彼女の圧に押されながら頷いた。
「ええ……、まぁ、なら、そうしましょう」
私は居住まいを正すと、気を取り直して口を開いた。
「ベルトラードは、なんでルミリオ殿下の婚約者候補に立候補したの?」
「ああ……。それは、お母様たちが私の結婚を心配したからなの」
ベルトラードは俯き、今日も綺麗な巻き髪を指先でもてあそびながら話した。
「幼い頃から、思ったことをそのまま口にしてしまう性格だったの。男性は、私のような女性よりも、何も言わずに後ろをついてきてくれるような女性のほうがお好きでしょう? だから、今まで三回婚約したけれど、全部お相手から破棄されてしまったの」
「知らなかった……」
「お父様が噂になるのを防いでくれたから」
ベルトラードはにっこりと微笑んだ。
とはいっても、人の口に戸は立てられないものだ。それでも防いだということは……。アルディ侯爵家の権力の凄さに、私は背中に冷や汗をかいた。
「貴族令嬢が結婚せずに過ごすことはできないから。お父様とお母様が苦渋の思いで国王陛下からの提案を受け入れたの」
「そうだったんだ」
「陛下からは、ルミリオ殿下の様子を報告するよう指示されていたの。でも、そんなみっともない真似はしたくなかったから、選ばれなくて本当に良かった。それに……」
ベルトラードはマクシム様の方をチラチラ見た。
「他に気になる方もいるし……」
これでマクシム様もベルトラードを気にしていたら、全員にとってのハッピーエンドなのだが、彼の方は何も考えていないような顔で紅茶を飲んでいる。
うーむ。ベルトラードの恋を応援したい気持ちはあるが、流石にこの段階で出しゃばるのも違う気がする。とりあえず、二人の様子を見守ることにした。
「マクシム様は、辺境の地でどのように過ごされているのですか?」
こちらが心配しなくても、ベルトラードは自分から動く女性のようだ。頼もしすぎる……。
私はせめてもの応援として、自分は壁だと言い聞かせながら、極力気配を消した。
「ほぼ訓練をしています」
「まぁ、休みの日もないのですか?」
「はい。魔獣との戦いは命がけですから。少しでも強くなる必要があります」
「そうですわよね……。ごめんなさい。私には想像もつかない世界で、なんとお声をかければいいのか分からなくて」
「お気遣いなく。首都が平和なのは、辺境の地がきちんと防衛の役目を果たしている証拠ですから」
ベルトラードはマクシム様の話に目を潤ませた。
「首都で暮らしている私たちは、辺境の地で暮らす人たちの苦労を知らなさすぎますわ。……そうだ! 何かお手伝いできることはないかしら」
「そうですね……。特には、」
マクシム様の言葉が止まった。
特にないと言おうとしたのだろう。ベルトラードもそれに気づいたのか、悲しそうな表情をしている。
マクシム様はどう言葉を続けようか固まっていた。頭の中が煙を出しながらフル回転しているのが見えるようだ。
「えっと……。お金があればありがたいですね。武器などはすぐに壊れるので」
「まぁ! それなら、我が家でもお手伝いができそうだわ!」
ベルトラードは嬉しそうに微笑んだ。
その様子を見て、マクシム様の表情がふっと和らいだ。これまで見たことのないほど、穏やかな顔だった。
思っていたよりもお似合いの二人に、私は頭の中でラッパを吹いた。
紅茶を飲み終えた後、ベルトラードの案内で庭園を散策することになった。
植木の緑がグラデーションになるように配置されていたり、色とりどりの花が植えられていたりと、意外と見ていて楽しかった。
「わぁ、大きな犬だね」
「幼い頃から飼っている犬のエバンスよ」
エバンスは気持ちよさそうに噴水で泳いでいる。長閑だなぁなんてまったりしていると、犬がぴょんと噴水から飛び出してきた。
「あ」
逃げる間もなく、犬がぶるぶるっと体を震わせて水を飛ばす。
ぎゅっと閉じていた目を開けると、目の前にびしょ濡れになったマクシム様が立っていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ」
マクシム様は頷くが、髪から水が滴っている。
「も、申し訳ございません! すぐに着替えを用意します!!」
同じように濡れたベルトラードが、使用人に指示を出した。
その間にマクシム様は手袋を外し、手で顔の水気を軽く拭っている。
「助けていただいてありがとうございます」
「いや、護衛だから」
まるで当然のことのように言われた。
私は真面目な人だなと思った。まさか、飛んできた水からも守られるとは思わなかった。
「すみません! お待たせしました」
マクシム様と話していると、タオルを持ったベルトラードが駆けてきた。
「お使いください」
「ありがとうございます」
その時、ベルトラードの身体が光り出した。
「きゃ」
ベルトラードは驚いて、持っていたタオルを落とした。見ると、彼女の手には手袋がなかった。
「い、今のは一体……?」
私とマクシム様は顔を見合わせた。
ベルトラードに説明しなければならないが、その前に、まずは濡れた服をなんとかしないといけない。
二人が着替えを終えて戻ってきたところで、先ほど身体が光ったことについてベルトラードに説明した。
すると、ベルトラードの顔が真っ赤に染まった。
「す、素手同士が触れ合うなんて、なんて破廉恥な!」
「破廉恥……?」
手が触れ合うだけで破廉恥なのか……。私は破廉恥な行為をしていたのかと、遠い目になった。
結果として、ベルトラードの能力は、マクシム様を回復させられる程度にはあった。ルミリオ殿下に対しても同じように効果があるかは分からないが、私の判断で殿下がエスパーであることを明かすことはできない。
とりあえず、ルミリオ殿下本人に判断してもらおう。そう考え、家に戻ってマクシム様に手紙を託した。




