第10章 明かされる秘密
次の日、ルミリオ殿下から返事が届いた。
アルディ侯爵と秘密保持契約を結んだ後、ベルトラードと会う予定が決まったのだという。その際、予想外の事態を防ぐためにも、私にも同席してほしいとのことだった。
一週間後。
今日は王宮ではなく、外で会うことになった。
私はマクシム様に付き添われ、ベルトラードと一緒に馬車で向かった。到着したのは、郊外にあるレストランだった。
店内には誰もいない。人払いはすでに済ませているらしい。ルミリオ殿下は先に到着しており、カップを傾けていた。
ぼさぼさのルミリオ殿下の姿を見たベルトラードは、目を丸くした。
「まぁ、みすぼ」
それ以上言ってはダメだと、慌ててベルトラードの口を手で塞いだ。必死に首を真横に振っていると、ベルトラードも失言しそうになったことに気づいたのか、コクコクと頷いた。
「ルミリオ殿下、お待たせして申し訳ございません」
「いや」
いつもより無表情なルミリオ殿下は着席を促すと、手袋を脱いだ。
「早速頼めるかい?」
「はい。失礼いたします」
ベルトラードも手袋を外し、ルミリオ殿下の手を握った。
「ベルトラード、体調は大丈夫?」
「ええ、何も問題はないわ」
私が尋ねると、ベルトラードは平然とした顔で頷いた。
ベルトラードの身体は光っているので、ガイディングはできているようだ。でも、彼女の身体に異変は現れなかった。どうやら、ガイドの能力は私より上らしい。
これなら、今後もガイディングはベルトラードに頼んだ方がいい。
そう思った矢先、ルミリオ殿下が口元を手で覆って呻いた。
「うっ!」
「殿下?」
ルミリオ殿下はそのまま、込み上げてきたものを吐いてしまった。
「ルミリオ殿下!? 大丈夫ですか!!?」
私たちはぎょっとした。ベルトラードもガイディングをやめて手を放す。
「いや、すまない」
ノエル様が素早く汚れを拭き、持ってきた水を手渡した。
「うまくガイディングができませんでしたか?」
ベルトラードが不安そうな声で尋ねた。
「いや。能力による体調不良は完全になくなった。ただ、ガイディングされている間中、不快感が酷かった」
「不快感……」
この能力って、相性みたいなものがあるのだろうか? なんだかあったような気もするが、そこまで詳細に覚えていなかった。
前世の作品でも、細かな設定はそれぞれ異なっていた。正直、この世界のエスパーとガイドの関係が、どの作品と同じなのかは分からない。しかも、前世の作品とはまったく異なる可能性もあるのだ。手探りで情報を集めるしかなかった。
「なら、私がガイディングをしない方がよろしいのではないですか?」
「いや、これからもアルディ侯爵令嬢に頼みたい」
「ですが……」
ルミリオ殿下はそれ以上何も言わなかった。ただ、手を洗いたいと言って席を立った。
「多分……、ジュリエット嬢が無理しないようにというご配慮だと思いますよ」
「ノエル様」
ノエル様は心配そうに眉を寄せながらも、困ったように微笑んだ。
「ルミリオ殿下はガイディングの最中、苦しんでいたジュリエット嬢のことを気にされていましたから」
「……優しい方ですもんね」
今まで接していたルミリオ殿下は、何を考えているのかよく分からないところもあるが、ずっと優しい人だった。
きっと私がガイディングを行うと言っても、ルミリオ殿下は受け入れてはくれないだろう。ベルトラードが優秀なガイドだったことを、喜んでいいのかどうか、よく分からなかった。
そんな状況の中、数週間後、私がルミリオ殿下の婚約者に内定したとの手紙が届いた。
それを見たとき、私よりもベルトラードが婚約者のままの方が良かったのではないかと思った。今では友達として親しくなり、私たちの事情にも配慮してくれているからだ。
まぁ、秘密保持契約を結ぶくらいには、ルミリオ殿下はまだベルトラードを心から信頼しているわけではないけれど。
そのことをルミリオ殿下と会ったときに話した。
「いや、君が婚約者のままでいいよ。その方が、面倒なことが減るからね。それに、この能力のことも、もうすぐ明かそうと思っていたんだ。そうなれば、アルディ侯爵令嬢とも普通に会えるだろう」
「そうなんですか?」
私はもうルミリオ殿下のガイディングをしていないが、今でもケーキが用意されていた。何もしていないのに心苦しいが、捨てるのはもったいないので、ありがたく頂いている。
「ああ。騎士団内で確認しただけでも、能力者がかなりいたからね。国が主導して調査した方が早いだろう」
「そんなにいるんですか?」
「能力の強さには差があるけれど、思っていたより多かったよ」
数人しかいないのなら、奇妙な力を持つ者として糾弾されることもあるだろう。けれど、多くの人に発現しているのなら、社会から異端として切り離されることも難しくなるはずだ。
隠し続けるよりも、国として調べた方がいいのかもしれない。
「突然、人間にこんな能力が備わるなんて、一体この国で何が起きているんでしょう?」
「能力が発現した理由があるのかもしれないけど、まだそこまで解明できていないからね。まぁ、解明できるものなのかも分からないけど」
「そうですよね」
この世界の技術で、どこまで分かるのかは未知数だ。
それでも、エスパーとガイドについて大々的に調査が行われるのは良いことだと思う。これで、こっそり殿下の執務室で兄に会う必要もなくなる。
「国王陛下には、もう話されたんですか?」
「いや。あいつなら、能力を持つ者を嫌って隠ぺいしそうだから、突発的に公表するつもりだよ」
国王陛下を「あいつ」呼びしていることは、とりあえず横に置いておいて、話の続きを聞く。
ルミリオ殿下の作戦はこうだ。
少し刺激的な仮面舞踏会を開く。手袋の着用は禁止。その代わり、少し際どいドレスや、身体の線が分かるスーツなど、普段より大胆な服装で参加してもらうらしい。
「わざわざ際どい服装にする必要はないのでは?」
「手袋の着用だけを禁止したら、不自然だし怪しまれるだろう?」
「確かに」
手袋だけ禁止されていたら、なぜだろうと疑問に思うのが普通だ。少し刺激的な仮面舞踏会ということにしておけば、そういうものだと受け入れられやすい。
娯楽の少ないこの国なら、貴族たちも喜んで参加するだろう。
「そこで身体が光った相手は、運命の相手だとでも言えばいい」
あらかじめ参加者に特殊な粉を振っておく。もちろん、ただの粉だ。けれど参加者たちは、何か仕掛けがあるのだと思い込む。
そうすれば、突然ガイドの身体が光っても、さほど騒ぎにはならないだろう。身体が光った相手同士を、自然に結びつけられるというわけだ。
頷きながら話を聞いていた私は、ふと気になった。
もし、運命の相手だと盛り上がって、そのまま体の関係になってしまったら?
センチネルバースでは、エスパーとガイドが魂の結びつきによって生涯のパートナーになる『ボンド』という設定があった。
ボンドを結べる相手は、生涯でただ一人。一度結ばれれば、解消することはできない。
そして、その方法が体の関係を持つことだった。
「どうかしたかい?」
「えっと……」
私は言うべきか迷った。
話すのなら、前世の記憶を持っていることも伝えなければならない。
どうしようか悩んでいる間、ルミリオ殿下は口を挟まず、じっと待っていてくれた。その真っすぐな瞳を見ていると、私を信頼してくれているのだと伝わってくる。
私は覚悟を決めて、口を開いた。
「あの、おかしな女だと思われるかもしれないんですけど……」
そうして、前世の記憶とセンチネルバースについて説明し終えると、ルミリオ殿下は何気ない様子で「なるほど」と頷いた。
「だから、エスパーとガイドについて詳しかったんだね。納得したよ」
「あの、信じてもらえるんですか?」
「うん。君がわざわざ嘘をつく理由もないしね」
ルミリオ殿下はそう言うと、すぐに考えを巡らせ始めた。
私はその様子を見ながら、ほっと息を吐いた。
結局、仮面舞踏会は計画通り行われることになった。
舞踏会で身体が光った者を、そのまま帰すわけにはいかない。会場から出る前に別室へ案内し、そこでエスパーとガイドの能力について説明することになった。




