第11話 仮面舞踏会
仮面舞踏会当日。
舞踏会は、社交界で有名なキュニー伯爵夫人の主導で行われる。
キュニー伯爵は愛妻家として有名な人物だ。
その妻であるキュニー伯爵夫人は色っぽい雰囲気の持ち主で、彼女に心を乱される男性も多い。毎日のように恋文が届くほどだった。
けれど、夫人の方も夫一筋で、他の男に目を向ける様子はなかった。そんな一途な姿もあって女性たちからの人気は高く、今では社交界の女帝として君臨している。
私も彼女には憧れているが、あの人のようになれるとは到底思えない。人生経験というより、生まれ持った気質なのだろう。
そんなキュニー伯爵夫人が今回の協力者なのだから、どこまでルミリオ殿下の手が伸びているのか、その手腕が少し怖くもある。
「このドレスを着ろと……?」
ルミリオ殿下から送られた箱を開けると、ドレスや宝石など一式が入っていた。手触りが滑らかで高級なのは分かるが、今まで着たことがないような大人っぽいデザインに尻込みする。
今日は舞踏会に参加するというより、ルミリオ殿下の隣に立ち、彼のガイドであることを証明する役割がある。
普段のドレスでもいいと思うのだが、浮かないようにという配慮なのか、ただの嫌がらせなのか判断がつかない。
「まぁ、素敵なドレスですね」
マリーは呑気にニコニコ微笑んでいた。私が恥ずかしがっているのを微笑ましく思っているのかもしれない。
私もマリーと同じ立場なら呑気に笑っているが、残念ながらドレスを着る立場だった。
「くっ!」
私は歯を食いしばって覚悟を決め、マリーの助けを借りながら送られたドレスに着替えた。
コートを羽織った私は、ルミリオ殿下が手配してくれた馬車に乗り込んだ。今日はマクシム様はお休みで、我が家の女性騎士であるディアーヌがついてくれている。
「ふぅ」
息を整えると、馬車を降りて会場へ向かった。
「お待ちしておりました」
招待状を見せると、すぐにキュニー伯爵夫人が顔を出した。コートを使用人に渡し、夫人の案内で中へ入る。
「素敵なお召し物ですね」
「……ありがとうございます」
照れくさそうにしていると、キュニー伯爵夫人は妖艶に微笑んだ。男性を虜にしそうな雰囲気に、こちらまでドキドキしてくる。
「ルミリオ殿下がお待ちです」
そう言って案内された部屋にいたのは、長髪の美丈夫だった。いつも伸びっぱなしの髭も、手入れされていないかさついた肌も、そこにはない。
私は馬鹿みたいに口を開けて驚いた。
ルミリオ殿下は切れ長の瞳を、嬉しそうに細めた。
「驚いた?」
「驚きました」
私は素直に頷く。
ルミリオ殿下は入り口で固まっている私の手を引いた。その手には手袋が嵌められている。
ふいにガイディングをしてしまわないようにという配慮が見える。
ルミリオ殿下は静かに体を寄せ、そっと耳元に口を近づけた。
「ドレス似合っているよ」
「!!」
私は驚いて後退し、耳元を手で押さえた。きっと顔は、熟れたトマトのように真っ赤に染まっていることだろう。
ルミリオ殿下はただ眩しそうに微笑むだけだった。
この人は誰だ、と言ってしまいそうだった。執務室で見た草臥れた姿が、全然見えない。
私が戸惑っていると、コンコンとドアがノックされた。
「ルミリオ殿下、会場の準備が整いました」
キュニー伯爵夫人が頭を下げながら言った。先ほどまでの妖艶な雰囲気はなく、臣下としての姿があった。
ルミリオ殿下も無表情のまま、キュニー伯爵夫人と話していた。
照れてオロオロしているだけの自分とは違う二人の姿を見て、お似合いだなと思った。
「どうかしたかい?」
ダンスが始まるまでの待ち時間、ルミリオ殿下は心配そうに私に尋ねた。
私は子どもっぽい自分が情けない、などと馬鹿正直に言うことはできず、話題を探した。
「そういえば、ルミリオ殿下って何歳なんですか?」
婚約者になったのに、相手の年齢は知らなかった。確か、国王陛下は35歳ぐらいだっただろうか。15歳と12歳の王子たちがいる。
ルミリオ殿下は笑顔のまま、ピシリと固まってしまった。
「秘密だよ」
「……」
男性に年齢を聞くのも失礼だったかもしれない。私はまっすぐ前を向いて、この気まずい時間をやり過ごすことにした。
それから数十分後、別室にエスパーたちが集められたらしい。私たちはそこへ移動した。
部屋に集められた人たちは、みんな訳が分からず戸惑った顔をしていた。ルミリオ殿下は身分を明かした後、手袋を外して私とガイディングを行った。
心臓が少し痛んだが、すぐに手を離してくれたおかげで、そこまで苦しむことはなかった。
その後、エスパーとガイドについて説明した。
すると、エスパーだと思われる人たちが、みんな泣き出した。
大なり小なり、それぞれ体の不調や辛さを抱えていたのだ。頭痛薬や吐き気止めなどの薬で誤魔化していたが、あまり効かず、お酒を常に飲んで苦痛を紛らわせていた人たちもいたようだ。
「もう苦しまなくてもいいんですね……」
心からの悲痛な声だった。
パートナーとして隣に立つガイドたちは、そんなエスパーたちを慰め、寄り添った。
私ももらい泣きしてしまい泣いていると、ルミリオ殿下にハンカチを渡された。
「ありがとうございます」
背中に添えられたルミリオ殿下の手の温かさを感じながら、私はハンカチで涙を拭ったのだった。
今回の仮面舞踏会の件は、すぐに社交界へ広がった。エスパーやガイドという未知の能力はもちろんのこと、これまで気が触れたと噂されていたルミリオ殿下が姿を現したことも、大きな注目を集めた。




