第8話 王弟殿下の奇術
ある日、ジュリエットのお陰で体調がよくなったルミリオは、ノエルを伴って王室騎士団の様子を見に行った。
訓練所では、真面目に鍛錬を続けている者と、隅に座り込んでだらだらと喋っている者に分かれていた。
真面目に訓練している者の中には、ジュリエットの兄であるエリクの姿もあった。汗を流しながら、真剣な表情で剣を振っている。ルミリオは、その姿に安堵した。
「……あまり良い状況とは言えませんね」
「ああ」
ルミリオは頷いた。
ルミリオが長年、能力に苦しんでいたせいで、王室騎士団は副団長であるボーランジェ卿の独壇場だった。国王の息のかかっている者なのだから、好き勝手してきたのだろうと容易に想像がつく。
ルミリオは副団長の執務室を訪ねた。
扉を開けた騎士は、ルミリオの姿に目を丸くした。ボーランジェ卿に確認を取った後、部屋の中へ案内される。
革張りの椅子に座っていたのは、腹の出た太った男だった。副団長の座に就いているとは到底思えないほど、鍛錬とは無縁そうな体つきだった。
「これはこれは、ルミリオ殿下。何か御用でしょうか?」
取って付けたような礼儀正しい態度にイラっとしながら、ルミリオは微笑んだ。
「今まで体調が悪くて顔合わせもできなかったからね。ぜひ、騎士団員たちに挨拶をしたい」
「……そうですか」
「なぜ今さら」と疑問に思っていることが、ボーランジェの顔に書いてあった。
とはいえ、王族であるルミリオの申し出を断ることはできず、騎士たちを集めることになった。
副団長の部屋で待っている間、ルミリオは辺りを見回した。
豪華な絵画に、高価そうな壺。
どう見ても騎士団の副団長が使う部屋とは思えないほど、贅を尽くしている。
「ノエル、後で調べておけ」
「かしこまりました」
しばらくして、騎士たちが集まったと報告を受け、ルミリオたちは移動した。
ルミリオはじっくりと彼らを見渡した。真面目に前を向く者から、ルミリオを侮り、周りの者と喋っている者まで様々だ。
無理もない。ルミリオは、まだぼさぼさの髪に痩せ細った体のままだった。
「今日は、君たちに挨拶をしようと思ってね」
ルミリオは内心を隠し、笑顔を見せた。
親睦のために素手で握手を交わそうなどと適当なことを言い、一人一人と握手を交わしていく。
「ぐぅ!」
「うっ!」
握手を交わした騎士の身体が光ったかと思うと、胸を押さえて苦しみながら倒れた。
騎士たちの間で動揺が走るが、ルミリオは行動を止めない。
ルミリオの後ろでは、ノエルが身体の光った騎士の名前を紙に書き留めていた。
「殿下!!」
異常な光景に、ボーランジェは止めようと声を上げた。
「何かな? ボーランジェ卿。邪魔だからどいてくれないかい?」
ルミリオは冷めた目でボーランジェを見た。
「……」
相手は腐っても王族だ。現在は見放されている状況とはいえ、無理やり止めることはできなかった。
ボーランジェが引き下がると、ルミリオは再び騎士たちと握手を交わした。
全員ではなく、一部の者の身体が光り、その中には倒れる者もいた。
倒れるまでいかなくても、心臓を押さえて苦しむ者もいた。
その光景が、何も知らない騎士たちの恐怖をさらに煽った。
「殿下、いったい何をなさったのですか……?」
ボーランジェが怯えた様子で尋ねた。
「なに、挨拶がてら奇術を披露しただけだ」
「奇術ですと!?」
「ああ」
ルミリオはニヤリと口角を上げた。
「私に害をなすような真似をすれば、もっと苦しむことになる。それだけ覚えておけばいい」
「……!」
騎士たちは青ざめた。
「それから、このことを国王陛下に報告する必要もない」
ルミリオは冷たい目でボーランジェを見た。
「余計なことをすれば、次にどうなるかは分かるだろう?」
誰も答えなかった。
「さて」
ルミリオはボーランジェへ近づいた。
「あなたとも握手をしておこう」
「なっ……」
ルミリオがボーランジェの手首を掴む。
すると、ボーランジェの身体が光り、そのまま床へ倒れ込んだ。
「副団長!」
騎士たちが駆け寄る。
ルミリオは倒れたボーランジェを見下ろした。
「……こいつもガイドだったか」
ルミリオは意外そうに片眉を上げた。
「殿下……」
エリクが戸惑った表情でルミリオを見つめた。
エスパーとガイドのことを知る彼だけは、ルミリオが何をしたのか知っていた。
ルミリオはエリクに視線を向けると、人差し指を唇に当てた。
エリクが頷いたのを確認すると、ルミリオは何事もなかったかのように踵を返した。
「行くぞ、ノエル」
「ああ」
二人はその場を後にした。




