第7話 婚約者試験とデートのお誘い
王宮での試験が続く中、マリーは王宮まで手伝いに来てくれた。
「お嬢様、明日はこのドレスで大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう、マリー」
普段から身の回りのことを手伝ってくれるマリーが側にいると、王宮での慣れない生活でも少しだけ気持ちが落ち着いた。
「王宮はやっぱり広いね」
「迷子にならないよう、お気をつけくださいませ」
「大丈夫よ! 地図は得意だから」
私は胸を張るが、マリーの視線からは、まったく信じていないことが伝わってきた。
「冷たい……」
いじけて泣き真似をするが、マリーはテキパキと片づけを始めるのだった。
そうして和やかに時間を過ごしていると、ふと兄のことが思い出された。定期的に会ってガイディングをしているので、元気にしていることは知っている。
しかし、騎士という危険な仕事に就いているだけに、心配は尽きなかった。
そんなことを考えていた翌日、マクシム様から一通の手紙を渡された。
「どうぞ」
封筒を裏返すと、兄の名前が書かれている。
「ありがとうございます!」
私はマクシム様にお礼を告げた後、さっそく手紙を開いた。
手紙には、兄らしい丁寧な文字が並んでいる。
訓練中に猫を見つけて癒されたことや、今日は嫌いなメニューが出て、あまりご飯が食べられなかったことなど、騎士団でのちょっとした日常が綴られていた。
最後には、いつも会ったときに聞かれるように、私が無理をしていないか気にかける言葉が並んでいた。そして、王宮で困ったことがあれば遠慮なく頼るように、とも書かれていた。
読み終えた私は、少しだけ笑った。
「お兄様は、相変わらず心配性なんだから」
私はふと気になっていたことを尋ねた。
「マクシム様はご兄弟はいらっしゃいますか?」
「ああ。弟と妹が」
「離れて暮らしていて、寂しくはないですか?」
「特には……。煩いぐらい手紙が届くから」
そう言いながらも、マクシム様の表情は優しかった。兄妹の仲が良さそうなのを見て、私はほっとした。
今日も試験の合間を縫って、ガイディングをするためにルミリオ殿下の元を訪ねた。
「次の試験はピアノの演奏だったかな?」
「はい」
今まで語学テストのほかに、刺繍、ダンス、食事のマナーの試験があった。精一杯、自分なりに頑張ったが、私はあくまでも普通の令嬢だ。婚約者試験を一位で勝ち抜くような実力者ではない。
すべては、ルミリオ殿下の裏工作にかかっているというわけだ。
「でも、ピアノって婚約者に必要な資質なんですか?」
「さぁね」
ルミリオ殿下は澄ました顔で、いつものようにブラックコーヒーを飲んでいる。
ブラックを飲むなんて大人だなぁと、子供みたいなことを思っていると、バチッと目が合ってしまった。
なぜかドキッとして、慌てて視線を逸らし、話題を考えた。
「そういえば、最近、体を鍛えているんですか?」
「わかるかい?」
「毎回、手を握っていれば、ある程度は」
骨と皮だった手が、少しずつ肉付きが良くなっている。
「君のお陰で、普通に食事ができるようになったからね」
「それは良かったです」
生きている以上、食事がままならないというのは一番辛いことだろう。体調が良くなっているのは良いことだと、私は頷いた。
ルミリオ殿下はしばらく黙っていたが、私がケーキを食べ始めると、小さく笑った。
「君は、本当に嬉しそうに食べるね」
「だって、美味しいですから」
そう答えると、殿下はじっと私のことを見つめた。
殿下の視線は、まだ痩せこけていた頃から、いつもビームでも出ていそうなほど強かった。何でも見抜いてやるぞ、と言わんばかりの強い意志を感じる。
「殿下は甘いものは嫌いですか?」
気まずさを誤魔化すように、私はいつも何か話題を探していた。
「うーん。あまり自分から食べないかも」
「嫌いじゃないのなら、一口食べますか?」
「え?」
「あ」
自分で言っといてなんだが、王族相手に言うべき言葉じゃなかったかもしれない。
兄に対するように気軽に接し過ぎだと反省する。
「す、すみません」
私は慌ててフォークでカットしたケーキを口に入れた。
「あ」
すると、ルミリオ殿下は口を開けて待ちの姿勢になった。
「……」
これはあの中にケーキを入れろということだろうか。
私はなんだかとてつもなく恥ずかしい気持ちになりながら、フォークでカットしたケーキを口まで運んだ。
「うん。おいしいよ」
満足そうなルミリオ殿下に対して、変な緊張感に包まれた私はソファの上に崩れ落ちた。
「それは良かったです……」
この後、残ったケーキはどうやって食べればいいのか。
ノエル様に新しいフォークを頼むまで、私は固まっていたのだった。
試験最終日。今日行われるのは、国王との面談だ。流石にこれは自分で乗り切らなければいけないため、否応にも緊張感が増していく。
「大丈夫か?」
いつも無口なマクシム様にも気遣われるほど、酷い顔色をしているのだろう。
「えぇ、行ってきます」
私は無理やり微笑んで、玉座の間へと足を踏み入れた。
「我らが太陽にご挨拶申し上げます」
玉座でふんぞり返る陛下に、お辞儀をする。
ピエール・デフロット・ラングロワ。
でっぷりと太った体は、ルミリオ殿下とは正反対だった。青い瞳には負の感情が浮かび、私を蔑むように見つめている。
「ジュリエット・マルティネス。君はなぜ今回の候補者に立候補したのかね?」
私は深呼吸して心を落ち着かせると、下を向いたまま話し始めた。
「はい、陛下。私は伯爵家の娘です。王族の方の婚約者となれば、これまでとは違う世界を見ることができると思いました。王宮ではどんな暮らしができるのか、どんな美味しいものが食べられるのか……それに、今まで見たこともないような綺麗なものも、たくさんあるのでしょう? そう考えたら、とても楽しそうだと思ったのです」
「はっ。なるほどな。卑しい女が考えそうなことだ」
内心イラっとしたが、ここでぶち壊すわけにはいかない。頭の悪い女の振りをした方が、選ばれる確率は高くなるのだ。
私は陛下の言葉に納得したように、さらに深く頭を下げた。
その後、あくまで王弟の婚約者に過ぎないこと、もし選ばれても出しゃばらないことなどをくどくどと話され、面談は終わった。
「はぁ~」
「お疲れさま」
「……ありがとうございます」
マクシム様の前ではしたないと思うが、私はもう気力を使い果たしていて、頑張る余裕はなかった。淹れてもらった紅茶を手に、ぐったりとソファに座り込む。
「良ければ、どうぞ」
渡されたのは、透明なケースに入ったマカロンだった。
「え? 頂いてもいいんですか?」
「ああ。ガイディングをしてもらっているお礼に」
マクシム様の妹がこういうお菓子を好きなので、よく買いに行くそうだ。そのついでに買ってきてくれたらしい。
「でも、私も護衛をしてもらっているのに」
そう言うが、マクシム様は首をゆっくり横に振るだけだった。気にするなということだろうか。
頂けるのなら、ありがたく受け取ることにした。なにせ、お菓子の中でマカロンが一番好きだったからだ。
「ありがとうございます。頂きます」
「ああ」
ピンク色のマカロンを取り出し、一口齧った。
サクッとした食感と甘みのおかげで、強張っていた体がスルスルと解けていく気がした。
マクシム様は、もうしばらく私の護衛をすることになった。人の多い王都なら、辺境地よりも能力のあるガイドが見つかるかもしれないと考えてのことだ。見つかるまでは、私がガイディングをすることになっている。
それから、ルミリオ殿下や兄との手紙の橋渡しもしてくれるらしい。忍び込むのが得意だと言うので、やっぱり騎士というより忍者だなと改めて思った。
試験が終わったので、家に帰ることになった。その前に、ガイディングをするためにルミリオ殿下の部屋に立ち寄った。
「何を持っているんだい?」
「マクシム様から頂いたマカロンです」
荷物はすでに馬車に載せたが、マカロンは壊れそうで、手で持って運ぶつもりだった。
「ふーん。嬉しそうだね」
「はい! 一番好きなお菓子なので」
私はにこにこと答えた。
すると、隣に立っていたノエル様が顔を青ざめさせた。何かまずいことを言っただろうか。
私はあることに気づき、血の気が引いた。
いつもケーキをくださるルミリオ殿下に、一番はマカロンが好きというのは失礼だったかもしれない。
「ああああの、ルミリオ殿下がくださるケーキも一番好きです」
「君は一番が二つあるのかい?」
にこにこと微笑む顔が怖い。
「お菓子は全部一番なんです……」
なんとか笑顔を作って答えた。
気まずい気持ちのまま、いつものようにガイディングを始める。
このまま窓から逃げようか、なんて現実逃避をしていると、ルミリオ殿下に話しかけられた。
「次は、店まで一緒に選びに行こうか」
「え?」
「君が好きな物、教えてよ。婚約者になったら、世間に知らせるためにもデートは必要だしね」
「は、はい」
私はぎこちなく頷いた。
デートという言葉には、どうしても気恥ずかしさを覚える。けれど、兄と会えるようにしてくれた殿下のためにも、婚約者として必要なことなら頑張らなければならない。
そう思いながら、私はふと考えた。
せっかく出かけるのなら、私の好きな物を探すだけではなく、ルミリオ殿下の好きな物も聞いてみたい。殿下が何を好むのか、私はまだほとんど知らないのだから。
そんなことを考えながら、私は王宮を後にした。
家に帰った私は、両親への報告もそこそこにベッドへ潜り込んだ。疲労が凄く、夢を見ることもなく、ぐっすりと眠ったのだった。




