第6話 侯爵令嬢は友達が欲しい
なんというか、護衛になったマクシム様は気配が薄い人で、一緒にいてもさほど気にはならなかった。逆に気配がなさ過ぎて、急に背後に現れて驚くぐらいだ。
これも自分を守るためにしてくれていることだ。そう自分に言い聞かせながらバクバク鳴る心臓を抑え、平静を装った。
今日は、婚約者を選ぶための試験が行われる日だ。
第一次試験の内容は、語学のテスト。
ホールにわざわざ机と椅子が運び込まれ、候補者たちが一堂に会して筆記テストを受ける。少し前まで学生として真面目に授業を受けていたので、今回の試験には自信があった。
辺りを見回すと、ほとんどが男爵令嬢や子爵令嬢だった。けれど、みんな浮かない顔をしている。本人の意思ではなく、親に言われて試験を受けに来たのだろう。
王族との繋がりが欲しいからだということは、容易に想像がついた。
一般的に身分差を考えれば、王族が子爵家の令嬢と結婚することなどありえない。けれど、正気を失っているという噂のあるルミリオ殿下に、高位貴族の令嬢が嫁ぐはずがなかった。
本人を知っているだけに、もどかしい気持ちにもなるが、そのおかげで伯爵家である我が家も、潜り込むことができたのだ。
「それでは、ただいまより試験を始めます」
私は首を振り、気持ちを切り替えて目の前の問題を解いていった。
二時間後、試験を終えて庭に出た。
「ううっー、疲れた」
まだ第一次試験だが、テストというのは一回受けるだけでも案外疲れるものだ。ゆっくり歩きながら気分転換をしていると、遠くから女性の声が聞こえてきた。
「言い争ってる……? 喧嘩かな」
念のため、キョロキョロと辺りを見回し、マクシム様の名前を呼ぶ。すると、どこからともなく背後に現れた。内心「うわっ!」と叫びながら、ドキドキする胸を押さえる。
マクシム様は騎士というよりも、忍者に近い人だった。
「あの、心配なので、様子を見に行ってもいいですか?」
「……ああ」
快く頷いてくれたのを見て、私は安心して声の方に近づいていった。
茂みからこっそり様子を伺うと、三人の令嬢がいた。ひとりの令嬢が泣く令嬢に寄り添い、巻き髪が美しい令嬢と口論になっている。
「ベルトラード侯爵令嬢!!! 今のは流石に言い過ぎです!!」
ベルトラード・アルディ侯爵令嬢。国王がルミリオ殿下と結婚させようとしている令嬢の名前だ。
アルディ侯爵家は古くから続く名門で、王族との関わりも深い。
さらに、国王から魔鉱石の流通を一手に任されるほど、厚い信頼を得ている。その事業によって莫大な利益を上げ、今では国一番の裕福さを誇る家でもあった。
「どうしてかしら? 野暮ったいドレスを野暮ったいと言って何が悪いの?」
いや、そりゃダメだろうと私は心の中で突っ込んだ。
泣いている令嬢が着ているドレスは、確かに流行のパステルカラーではない。けれど、フォーマルな形で、何も問題はないように見えた。面と向かって貶すようなドレスではない。
ベルトラード侯爵令嬢は、心底何が悪かったのか分からないという顔をしている。
これはあれだ。彼女は全く悪気なく、人の心を抉るタイプの人なのだ。前世でも会社にそういう人がいた。
このまま見守っていても解決しなさそうなので、近くにいたメイドに助けを求めることにした。泣いている令嬢と連れの令嬢に飲み物を振る舞うよう頼む。
マクシム様を草陰に残し、私は一人でベルトラード侯爵令嬢に挨拶をした。
「はじめまして。ジュリエット・マルティネスがご挨拶申し上げます」
「あら」
幸いにも、ベルトラード侯爵令嬢は私に興味を持ってくれたようだ。チラリと横目で、二人の令嬢がメイドと共に立ち去っていく姿を確認する。
ほっとするが、問題はこれからだった。彼女と何を話せばいいのか……、正直何も決めてはいなかった。
「あなた、綺麗なドレスを着ているのね」
そう言って、ベルトラード侯爵令嬢は一歩私に近づいた。
「ありがとうございます。領地にレース編みが得意な店がありまして、そこで仕立ててもらったドレスなんです」
「そうなの! 素晴らしい技術だわ」
おや、と私は思った。
ただの無礼な人なのかと思いきや、そうでもないらしい。レースを見つめる令嬢の瞳は、キラキラと輝いている。
ここでロマンス小説なら、彼女が悪女ということになるのだが、実際に生きている人はそんな単純なわけがない。
彼女は純粋にドレスが好きなのかもしれない。まぁ、あの令嬢への態度はダメだと思うが。
「先ほどなにやら揉めておられたようですが、大丈夫ですか?」
「ああ」
そう言って、ベルトラード侯爵令嬢は不思議そうな顔で頷いた。
「婚約者選びにあんなに野暮ったいドレスを着てくるなんて、ありえないでしょう? だから、注意してあげたのだけど」
「……」
うーん……。私はどうしたものかと考えた。身分の高い侯爵令嬢相手に苦言を呈してもいいものか。
少し考えてから、目の前の令嬢を見た。ある意味純粋そうで、思ったほど悪い人ではなさそうだ。何か言われても私が泣くことはないし、軽めの注意をしておくことにした。
「ですが、あの令嬢のドレスは生地も上質で、決して悪いものではありませんでした。もしかすると、お母様が着ていたドレスを仕立て直したものではないでしょうか?」
「まぁ。買えばいいのに、わざわざ仕立て直すの?」
ベルトラード侯爵令嬢は大きな目をさらに見開いた。
高位貴族にとって、ドレスを仕立て直すという発想はあまりないのかもしれない。特にアルディ侯爵家は裕福な家だったから、リメイクなんて概念がないだろう。
「はい。お母様ご自身が大切にしていたドレスを、思い出と一緒に娘へ託す方もいるのです」
「まぁ、そうなのね」
ベルトラード侯爵令嬢は素直に頷いた。
「そういう意味があったのね。それなら、きちんと謝罪しないといけないわ」
「それがよろしいと思います」
話もひと段落したので、私は部屋に戻ることにした。
「あの……。あなたもしよかったら、私と友達になってくださらない?」
「え?」
足を止めて振り返ると、ベルトラード侯爵令嬢は頬を染めて照れくさそうにしていた。
私は今、口説かれているのだろうか……と、アホなことを考える。
「実は私……。友達が一人もいないの」
「……」
そうでしょうね、と思ったが、流石に失礼過ぎるので口にはしなかった。
「あなたは臆せず私にも注意してくださるし……。どうかしら?」
「……」
どうかしらと聞かれても、国王が推している令嬢と友達になってもいいのだろうか?
うーんと悩んでいると、ベルトラード侯爵令嬢の表情がどんどん曇って泣きそうな顔になった。巻き髪と相まって、耳を垂らして落ち込んだ犬のように見える。
「無理ならいいのよ。無理なら……」
いじけたように言われて、私は「自分で良ければ……」と手を差し出すしかなかった。
そのとき、少し離れたところにいたマクシム様がこちらへ歩いてきた。
「お嬢様、戻りますか?」
マクシム様が敬語で話しかけてきたので、私は内心驚いた。殿下に頼まれて護衛をしてくれているとはいえ、相手は高位貴族のご子息なのだ。私は引きつりそうになる顔を笑顔に変えて、平静を装った。
ベルトラード侯爵令嬢がマクシム様を見て、ぴたりと動きを止めた。
「……こちらの方は?」
「……私の護衛をしてくださっているマクシムです」
私は簡易的に紹介した。辺境伯のご子息ですと説明しだすと、色々ややこしくなる。
マクシム様は無言で頭を下げた。
ベルトラード侯爵令嬢も慌てて頭を下げ返す。
さっきまであれほど饒舌だったのに、マクシム様が現れてから、急に口数が減ってしまった。
その様子を不思議に思ったが、特に気にせず、私は今回のことを報告するためにルミリオ殿下の執務室に向かった。
「ということで、ベルトラード侯爵令嬢と友達になりました」
「どういうことだい……?」
ルミリオ殿下はぎゅっと眉を寄せ、意味が分からないという顔をした。子犬のようで見捨てられなかったのだという説明では、やはり納得できなかったらしい。
私もそれ以上何を言えばいいのか分からなくて、「はは」と乾いた笑いを発することしかできなかった。
ルミリオ殿下は手で顔を覆いながら、重いため息を吐いた。
「無闇に捨て犬を拾ってこないように」
「すみません……」
親からのような説教を受けた後、いつものようにガイディングを行う。
行為そのものはもう手慣れたものだが、心臓の痛みだけはやっぱりなくならなかった。
「はぁ、はぁ……」
「……一度、医者に診てもらうかい?」
心配そうなルミリオ殿下の声に、私は力なく首を横に振る。
「いえ……、ふぅ。大丈夫です」
殿下の状態が以前ほど悪くないからか、倒れるほどの痛みではない。しばらくすれば自然と治まるのだから、わざわざ診察を受ける必要もないだろう。
そもそも、この痛みは能力が原因だ。この国の医療水準でどうにかできるとは思えないし、診てもらったところで改善するとも思えなかった。
ルミリオ殿下はなんとも言えない顔でこちらを見ていた。
「……無理はしないでくれ」
「ふぅ……、はい」
その時、扉がノックされ、ワゴンを押しながら一人の男性が部屋に入ってきた。
彼の名は、ノエル・コンデ。ルミリオ殿下の側近で、ガイドの能力が発現したときにぶっ倒れた人だ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ノエル様は手早くワゴンからチョコケーキを机に運び、紅茶を注いでくれた。
最近、ガイディングをするたびに甘いお菓子が出されるようになった。ルミリオ殿下の指示だろう。お駄賃代わりなのかもしれない。
「相変わらず、甘ったるいのが好きなんだね」
「チョコは正義ですから」
私は拳を上げて頷いた。
この世界に甘いチョコがあるとは思っていなかった。あってもせいぜい苦いチョコかなと思っていたから、開発者には心からの感謝を送りたい。
ルミリオ殿下は、私の手元のケーキへ目を向けた。
「そんなに好きなのかい?」
「もちろん!」
「そうか……」
それだけ言うと、ルミリオ殿下は苦笑いしながらブラックコーヒーを一口飲んだ。




