第5話 白い騎士との出会い
それから、王宮へルミリオ殿下のガイディングに行くときは、兄の助けを借りることになった。
優れた聴覚で周囲の様子を探り、人のいない隙を狙ってルミリオ殿下の部屋を訪ねるのだ。
ルミリオ殿下が引きこもりを演じている以上、おいそれと外で会うことはできない。
まるで泥棒になったような気分になる。
しかし、これも兄が騎士団に入るまでの僅かな間だけの方法だ。
早く婚約者の立場を得なければ!と、やきもきしていると、半月後、私と兄宛てに王宮から手紙が届いた。
兄には騎士団への入団について。
私には、ルミリオ殿下の婚約者候補として王宮に来るようにという内容だった。
候補者は二か月ほど王宮に滞在し、語学やダンス、面談などの審査を受けるらしい。最終的には、国王が婚約者を決めるようだ。
つまり、ここで選ばれれば、私は正式にルミリオ殿下の婚約者になれるのだ。
「お母様、王族の婚約者選びって、いつもこんなに大変なの?」
王宮に持っていくドレスを選びながら、母に尋ねた。
「いいえ。普通は国王陛下と王妃陛下が候補を決めて、最後は結婚する本人の意見を聞いて決めるのよ。今回はルミリオ殿下が自分で選べる状態ではないと判断されて、公爵家や辺境伯家のご当主方まで審査に加わるようね」
「そうなのね……」
本当は、ルミリオ殿下自身が意見を言えるのに。そう思ったが、それを口にすることはできない。
他人から審査されるという状況に、どうにも落ち着かない気分になる。
「落ちたらどうしよう……」
ルミリオ殿下に会うための方法なのに、婚約者に選ばれなければ意味がない。
「きっとルミリオ殿下にも考えがおありでしょうから、大丈夫よ」
「……うん」
母に励まされ、私は不安を押し込めながら準備を進めた。
それから一週間後。
兄は騎士団へ、私はルミリオ殿下の婚約者になるための審査を受けるため、王宮へ向かった。
王宮の中はいつ眺めても豪華だったが、客室に続く廊下はもう一段階凄かった。壁に飾られた絵画や彫刻を眺めながら歩いていると、その中でもひときわ目を引くものがあった。
大きなガラスケースに収められた、見覚えのある鉱石だ。
「これ、魔鉱石だ……」
近づいて説明を読むと、初めて発掘されたものだと書かれていた。
こんなものまで廊下に飾っているなんて……。インテリアは一体誰の趣味なのだろう。代々の王族なのか、それとも国王なのか。
どちらも正解という可能性もありそうだ。
「こちらのお部屋でございます」
メイドに声をかけられ、私はそのまま客室へと案内された。
足を踏み入れた客室は、ひとことで言えば目が痛くなるほど豪華だった。きっと他国からの貴賓も泊まる部屋なのだろう。壁や家具までやたらと立派で、部屋の隅に置かれた壺でさえ高そうに見える。
あの壺、一体いくらするのだろう。聞きたいような、聞きたくないような……。
「ルミリオ殿下の部屋は落ち着いた雰囲気だったのに……」
あちらのソファの方が、よく眠れそうな気がした。
しばらく部屋で寛いでいると、コンコンと扉がノックされた。
「はい」
返事をすると、ここまで案内してくれたメイドが入ってきた。
「クリストフ・ディロン辺境伯様がお越しです」
「通してください」
緊張しながら立ち上がると、屈強な大男が部屋に入ってきた。
「やぁやぁ、君がジュリエット嬢だね」
「はい。ジュリエット・マルティネスです」
スカートを持ち上げてお辞儀をすると、ディロン辺境伯様はニカッと気持ちのいい笑顔を浮かべた。
ディロン辺境伯の名前は知っていたが、想像していたよりも優しそうな人で、ほっと息を吐く。
文字通り、辺境の地を守る辺境伯は、あまり首都に顔を出すことはない。辺境伯領は魔獣の侵入や隣国からの攻撃を防ぐ最前線であり、常に国の守りを担っている。
そのため、その地位は公爵と匹敵すると言われている。
そんな人が、なぜ私を訪ねてきたのだろう。疑問に思っていると、ディロン辺境伯様は少しだけ表情を改めた。
「実は、君に会わせたい者がいるんだ」
「私に?」
「ああ。少し事情があってな」
そう言うと、ディロン辺境伯様は扉の外に声をかけた。すぐに、一人の男性が部屋に入ってくる。
彼の第一印象は、真っ白だった。
髪だけでなく、着ている騎士服まで白い。それに、目元を覆っている布も白かった。
顔色はあまりよくないが、細身ながらも、騎士らしく鍛えられた身体つきをしていた。
「倅のマクシムだ」
「……はじめまして」
相手に自分が見えているのかは分からないが、一応頭を下げる。
「マクシムは、我が家の跡取りでな。騎士としても優秀なんだ」
ディロン辺境伯様は誇らしげに息子を紹介したが、その表情にはどこか陰りがあった。
「ただ、長年原因の分からない体調不良に悩まされていてな。社交の場にはほとんど出ていない。それで、跡取りとして何か欠陥があるのではないかと、周囲から噂されていたんだ」
「そうだったんですね」
「その噂を、ルミリオ殿下もお聞きになったらしい」
思わぬ名前が出てきて、私は目を瞬いた。
「殿下が?」
「ああ。殿下は、ご自身の経験から、マクシムも同じ能力者ではないかと考えたそうだ。それで、私に手紙をくださった」
ディロン辺境伯様は、懐から一通の手紙を取り出した。
「そこには、マクシムの症状について詳しく教えてほしいと書かれていた」
ディロン辺境伯様は、マクシム様の症状を一つずつ説明した。
物を見るときにピントが合わないことや、料理をしても食材そのものの味を強く感じてしまうこと、それによって頭痛まで起きていることなど……。
「そういった話を書いてお伝えしたところ、殿下は、やはりマクシムもエスパーなのだろうと判断されたようだ」
「……」
私はマクシム様の目元を覆う白い布へ目を向けた。ここに至るまで、きっと本人にも家族にも、相当な苦労があったのだろう。
「その後、殿下からもう一つ提案をいただいた」
ディロン辺境伯様は、今度は私へ視線を向けた。
「君が殿下にガイディングをすることになったと聞いた。同時に、マクシムにもガイディングを受けさせてはどうか、と」
「それで、私を?」
「ああ。もし引き受けてくれたら、マクシムに君の護衛をさせよう」
「護衛……ですか?」
「そうだ」
私は思わずマクシム様を見た。
体調の悪い彼に護衛が務まるのか、一瞬失礼なことを思ってしまった。ディロン辺境伯様は私の表情からそのことに気づいたようだったが、怒ったりせず笑い飛ばしてくれた。
「心配することはない。こんな状態でも、マクシムは訓練を欠かさなかったぐらいだからな。見た目ほど柔じゃないさ」
「……」
体調不良が続く中で訓練を続けるなんて、凄い精神力だなと思った。ディロン辺境伯様は誇らしそうだが、マクシム様は無表情で、それが当然のことだと思っているような感じだ。
「君のおかげで殿下が健康を取り戻した以上、君は決して失ってはいけない存在だ。だから、君を命懸けで守ることができる者が必要なんだ」
「……」
暗に王族の婚約者は危険だと言われ、ヒヤリとした気持ちになった。いや、王族というより、ルミリオ殿下の婚約者になることが危険なのかもしれない。
「そこで、同じエスパーであるマクシムなら、自分を支えてくれるガイドの大切さを理解できる。何としてでも君を守ってくれるだろうと、殿下は考えたらしい」
なるほど。
自分自身が長く苦しんできたからこそ、ガイドの存在がどれほど重要なのか、ルミリオ殿下にはよく分かっているのだろう。
だからこそ、同じエスパーであるマクシム様に、私の護衛を頼んだのだろう。
「その代わりと言ってはなんだが、マクシムにも定期的にガイディングをしてほしい。この通りだ」
ディロン辺境伯様は、深く頭を下げた。銅像のように動かなかったマクシム様も頭を下げるので、私は慌てた。
「分かりましたから! 頭を上げてください」
私が叫ぶように頼むと、二人は頭を上げてくれた。そのことにほっとする。
この能力で救える人がいるのなら、惜しむつもりはなかった。少しでも楽になれるのなら、それに越したことはない。
「手袋を外してもらえますか?」
「……」
そうお願いすると、マクシム様は静かに手袋を外した。
私も手袋を外し、彼の手を握る。
ガイディングが始まっても、ルミリオ殿下のときとは違って心臓に痛みは感じなかった。
そのことに内心安堵しながら、ガイディングが自然に終わるまで手を握り続ける。
「体調はどうですか?」
「……ああ。頭痛が収まった」
この部屋に入って初めて聞いたマクシム様の声は、落ち着いていた。
僅かに上がった彼の口角を見て、無事にガイディングが済んだことを確信する。
「ありがとう」
「いえ」
ディロン辺境伯様にも手を握られ、涙ながらにお礼を言われた。
子供が苦しんでいるのに助けられないのは、親として辛かったはずだ。
私は持っていたハンカチを手渡し、涙を拭いてもらった。
「能力についてはこれから訓練する必要があると思います」
「ああ。分かった」
マクシム様は端的に頷いたが、部屋に入ってきたときよりも雰囲気が明るい感じがした。
少しでも負担が軽くなったのなら、良かったと思う。
「殿下の手紙を受け取ってから、領地でもガイドを探していたんだが、なかなか息子の不調を解消できる者は見つからなくてな」
「そうだったんですね」
私は自身のガイドとしての能力が、意外と高いのかもしれないと思った。
等級で言えば、AかB級ぐらいだろうか。
そう考えると、ルミリオ殿下はやはりS級なのだろう。
S級のガイドが他に見つかるのか、不安が残った。
「そういえば、マクシムは護衛として君の家に世話になるから、よろしく頼むよ」
「え!?」
それは想定していなかったと、私は思わず大きな声を上げてしまった。
心の中で母が、「はしたないわよ」と叱っている。
「こっちの屋敷を長年放置していたせいで、手入れが必要でな」
「な、なるほど」
そう言われれば、何も言えなくなる。流石に護衛をしてもらっておいて、ホテルに宿泊してくれとは言えない。
「そこまで気を遣わなくて大丈夫だ」
「……」
マクシム様はそう言ってくれるが、相手は辺境伯のご子息だ。また両親を驚かせてしまうなぁと、少し申し訳ない気持ちになった。




