第18話 エスパーの制度作り
数日後。
国政会議が開かれた。
今回の議題は、近々行われる豊穣祭についてだった。首都全体を巻き込んで行われ、神殿に供物を捧げるだけでなく、屋台が並び、各所でパーティーも開かれる。規模が大きい分、警備や予算の分配など、話し合うべきことも多かった。
ルミリオは、二歩進んでは一歩戻るような会議のやり取りに、うんざりしていた。
ただの疲労なのか、それともエスパーの能力のせいなのか、頭がズキズキする。
すると、『無理したらダメですよ』と優しく声をかけてくれるジュリエットの声を思い出した。
「はぁ……疲れたな」
予定されていた議題も終わり、ようやく閉会かと思ったときだった。
会議の参加者の一人が手を挙げた。
トマ・アキタニア侯爵だった。
「一つ、よろしいですか?」
「ああ、なんだ、アキタニア侯爵」
国王が頷いた。
まるで芝居のような二人のやり取りに、ルミリオは自然と眉を寄せた。
「近頃になって、ある問題が相次いで報告されています」
それは、エスパーに関する問題だった。
最初に問題となったのは、とある商家の使用人だった。
主人たちが別室で話していた内容を、使用人であるエスパーが耳にし、休憩時間に同僚へ話してしまったらしい。
その会話には、ライバル店に知られてはいけない商談の内容が含まれていた。
話を聞いた同僚が、その情報をライバル店へ売ったことで、事件が発覚した。
その後、情報を売った使用人はもちろん、話を聞いてしまったエスパーも逮捕された。
もう一つは、料理店で起きた問題だった。
ある主婦が店で食事をした後、家族や友人に振る舞うため、自宅で同じ料理を再現した。
それを食べた友人が周囲に話したことで、「あの店の味を盗んだのではないか」と噂が広がった。
店側が訴えを起こした結果、こちらの主婦も逮捕された。
どちらも、能力者に明確な悪意があったとは断定できない。
だが、被害を訴える側からすれば、そんなことは関係なかった。
自分たちには聞こえない声を聞くことができる。
自分たちには分からない味を再現できる。
今までなら不可能だったことが、ガイディングを受け、能力の訓練を行ったエスパーには可能になってしまった。
それが、エスパー以外の人々にとって、大きな不安となっている。
「私は、エスパーをこれまでと同じように扱うべきではないと考えます」
アキタニア侯爵が口を開いた。
「これまでのエスパーは、自らの能力を十分に扱えませんでした。ところが、ガイディングを受けたことで、その能力を正常に使えるようになってしまった」
「……」
「それは喜ばしいことだと、私は思っていました」
侯爵はまるで舞台役者のように話し、そこで一度言葉を切った。
「ですが、現実はどうでしょう」
会議室にいる貴族たちを見渡す。
「盗み聞きを同僚に話す者が現れ、料理店の秘伝ともいえる味を正確に再現する者まで現れた。今後、商人の帳簿を覗き見る者や、離れた場所から会話を盗み聞く者が出てこないと、誰が保証できるのでしょうか」
「確かに……」
「我々には防ぎようがない」
ざわざわと声が広がっていく。
ルミリオは腕を組み、黙って聞いていたが、内心では腹が立って仕方がなかった。
誰も、エスパーがどれだけ能力に苦しめられてきたのかを考えようとしていない。
みんな、自分たちの安全のことしか考えていなかった。
今まで辛い思いをしてきたエスパーたちが、ようやく普通に生活できるようになったのだ。
それならば、国としてどうすれば共存できるのかを考えるべきではないのか。
「エスパーを管理する制度を作るべきでしょう」
別の貴族が口を挟んだ。
「能力の種類や強さを把握し、危険な能力を持つ者には監視をつけるべきです」
「それでは不十分です」
別の男が首を振った。
「そもそも、我々にはエスパーが何を聞いているのか、何を見ているのか分からないのですよ」
「では、どうしろというのだ」
「人の多い場所から遠ざけるべきでは?」
「辺境に専用の居住区を作るというのはどうでしょう」
「それでは実質的な隔離ではないか!」
「隔離が必要なのではありませんか?」
次々と意見が飛び交う。
ルミリオの眉間に皺が寄っていく。
あまりにも腹が立ちすぎて、すべてが面倒になってきた。このまま会議室から出ていってもいいのではないかとすら思い始めたときだった。
「ルミリオ殿下、いかがでしょうか」
アキタニア侯爵に声をかけられた。
「何かな?」
「エスパーを、これまでと同じように自由に暮らさせることが、本当に国のためになると思われますか?」
挑発するような言葉だった。
ルミリオは、ハンッと鼻で笑った。
「聞かれて困るようなことがあるのでしたら、それはエスパーの問題ではなく、ご自身の問題ではありませんか?」
「ですが、レストランの件は?」
「商売をしたわけではないのでしょう? 身近な人に振る舞っただけで、何か問題があるのですか。それに、友人たちに同じ料理を求められるたび、何度も振る舞うわけでもないでしょう。一度や二度のことで、そこまで目くじらを立てる必要がありますか?」
「……」
先ほどまで不安を口にしていた貴族たちは、ルミリオの意見に黙った。
しかし、アキタニア侯爵だけは引かなかった。
「ですが、我々は彼らの能力を正確に把握できていないのです。会議の内容が外に漏れる可能性だってあります。それが他国に売られれば、我が国が危険に晒されます」
「そのような危険は、エスパーが現れる以前からあったのではありませんか?」
「エスパーなら、遠く離れた場所から会議の内容を聞くこともできるのでしょう? 我々には、いつ、どこから聞かれているのか知る術がない。そのような情報漏洩を、どうやって防ぐのです?」
「……」
ルミリオは黙った。
確かに、エスパーの能力によって情報が漏れる可能性はある。だが、それを理由に自由を奪い、隔離する必要があるのだろうか。
「ならば、エスパー自身に能力の扱い方を学ばせればいい」
「能力の扱い方を、ですか?」
「ああ。能力を持っていること自体が問題なのではない。どう使うかが問題なんだ」
ルミリオは苛立ちを隠さず、言葉を続けた。
「刃物を扱える者がいるからといって、すべての人間を危険人物扱いするのか?」
「……」
「エスパーも同じだ。何をしてはいけないのかを教え、必要なら訓練も受けさせる。それで防げる問題もあるだろう」
「それだけで十分でしょうか?」
「十分でないものがあるのなら、別の方法を考えればいい」
ルミリオは会議室を見渡した。
「能力を持っているというだけで、暮らしを奪う必要はない。どうすれば共に生きていけるのか、それを考えるべきだろう」
みなが口を閉ざす中、ロヴァーン公爵が手を挙げた。
「だからこそ、今回の調査で得た情報をもとに、エスパーの能力を正しく把握しておく必要があります。そして、エスパーが自身の能力を正しく扱えるよう、訓練する場を設けるべきです」
「訓練所か」
「はい。それから、魔鉱石を使った防音設備の研究も必要です。会議室など、重要な場所に設置できれば、エスパーの能力によって情報が洩れる心配はありません」
「それはいいな」
ルミリオも頷いた。
勝手に危険視されるのなら、設備の方で対策すればいい。
少なくとも、エスパーを閉じ込めるよりはずっとましだった。
「予算や管理者については、どうするつもりだ」
国王が口を開いた。
研究費用や訓練所の創設など、ぽんと気軽に金を支払えるほど安くはない。
「国にとって必要なものであれば、当然、国が予算を出すべきでしょう」
ルミリオが答えると、国王は静かに頷いた。
「そうか。では、その費用をどうやって捻出する」
「……」
「訓練所を作るのであれば、誰が責任者になる? 今回の調査で集めた情報を、今後どう管理していくつもりだ?」
次々と問題を突きつけられ、ルミリオは眉を寄せた。
それを考えるのが国王だろうと詰め寄りたかったが、正直、彼に手放しで任せるのも心配だった。
適当に建物を建て、あとは放っておくことが目に見えている。
「エスパーとガイドの制度については、ルミリオ殿下が中心となって進めてきたことです」
アキタニア侯爵が、穏やかな口調で言った。
「それならば、今回の件についても、ルミリオ殿下に取りまとめていただくのが一番よろしいのではありませんか?」
「……」
そこまで言われれば、もう疑いようがなかった。
ルミリオは心の中で嘲笑った。
エスパーとガイドの制度によって新たな問題が起きたことを利用して、その責任を自分に負わせようとしているのだ。
ならば、ちょうどいい。
エスパーを守るためにも、これから先も問題が起きないようにするためにも、制度を整える必要がある。
それを任せるというのなら、徹底的にやってやればいい。
「どうだ、ルミリオ」
国王が静かに尋ねた。
国王がルミリオを見る目は、幼いころから冷めていた。
第一王子でありながら、周囲からさほど期待されていなかった兄と、優秀だと評判だった第二王子。二人が仲良くなれるはずもなかった。
「お前が進めてきた政策なのだ。最後まで責任を持つつもりはあるのだろう?」
逃げ道を塞ぐような言葉だった。
ルミリオは国王の目を真っすぐに見つめ返した。
お前に屈する気はないと。
「もちろんです、陛下」
頭を深く下げ、ニヤリと歪む口元を隠しながら答えた。
「私が取りまとめます」
国王は満足そうに微笑んだ。
「そうか。では、頼んだぞ」
ルミリオは、これからさらに忙しくなると覚悟を決めた。




