第17話 公爵令嬢の直談判
今日は、あまり面識のない貴族家から招かれたガーデンパーティーに出席していた。
庭園で談笑していると、五人ほどの令嬢が群れをなして近づいてきた。人数が集まると流石に圧力があり、私は「おぉ……」と心の中で圧倒される。
「ちょっとよろしいかしら」
そう言ったのは、ロヴァーン公爵の娘であるクレアだった。
「何か御用でしょうか?」
人気のない庭へ連れてこられた後、私は思い切って尋ねた。
「婚約者の立場を降りてくださらない?」
淑女らしからぬ、直球の言葉だった。
言われる内容は予想していたが、ここまではっきり詰め寄られるとは思わず、正直驚いた。
「ベルトラード様の方が、能力も上だと聞きましたわ」
最近、貴族を対象に行われた検査のことを言っているのだろう。
別に公表したわけではないが、私がA級で、ベルトラードがS級だったことは自然と広まっていた。
「それに、ルミリオ殿下もベルトラード様を頼りにしているそうじゃありませんか」
私が黙っている間にも、クレア様は話し続けた。
残りの四人の令嬢もクレア様の言葉に同調し、頷いたり、私を睨みつけたりしている。
「身分的にもベルトラード様の方がふさわしいですし、あなたはさっさと立場を降りなさい」
「……」
降りなさいと言われても……と、私は困ってしまった。
ルミリオ殿下と約束した以上、勝手に婚約者の座を降りることはできない。それに、ベルトラードはマクシム様に思いを寄せている。私がベルトラードを巻き込む形で承諾すれば、ややこしい事態になるのは間違いない。
なんと言って納得してもらおうか悩んでいると、思ったよりも近くから新たな声がした。
「あら、私がいないのに私の婚約の心配をするなんて、おかしいんじゃありませんか?」
ふっと不敵に微笑んだのは、ベルトラードだった。
先ほど到着したばかりのようで、クレア様を筆頭とした令嬢たちは、本人の登場に驚きの声を上げた。
「国王陛下もルミリオ殿下も、ジュリエット様が婚約者の立場にいることをお認めになられたのです。一介の令嬢ごときが、陛下たちの判断に異を唱えるのですか?」
キッと睨みつけるベルトラードは、まさしく悪女という様相だった。
クレア様たちは思わぬ反撃に、言葉を失っている。
「で、ですが、それではルミリオ殿下のお立場が……」
付き従う令嬢たちが黙る中、クレア様は果敢にも反論した。
どうやら嫉妬や嫌がらせが目的ではなく、クレア様は純粋にルミリオ殿下の立場を心配しているようだった。流石、生真面目だと噂される公爵の娘だ。
なんて感心している場合ではなかった。
嫌がらせが目的なら反論することもできるが、忠臣を納得させるのは容易なことではない。ベルトラードの言葉で納得しないなら、私の言葉で納得できるはずもないだろう。
私は両手をパチリと叩いた。
「それでは、ルミリオ殿下とよく話し合われてください」
「え?」
クレア様とベルトラードが、私の方を向いた。
「ルミリオ殿下がクレア様の話に納得されたのなら、私は潔く婚約者の立場を下ります」
私はマクシム様にルミリオ殿下への伝言を頼んだ。
もうこれで、クレア様たちは逃げることはできない。
クレア様から「いや、あの……」と戸惑った声が聞こえるが、そんなことは知ったことではない。パーティーのホストを務めるトラウトン子爵夫人に馬車を二台頼み、私とベルトラード、クレア様とその取り巻きと一緒に王宮へ向かった。
「で、話とは?」
ルミリオ殿下は長い脚を組み、不機嫌そうな顔をしていた。クレア様とその取り巻きの令嬢たちは圧倒され、震えながら固まっている。
そんなに怯えるのなら、なぜ私に詰め寄ってきたのか。
まぁ、単純に身分が下だから舐められていたのもあるのだろう。それに、ルミリオ殿下がここまでお怒りになるとは思っていなかったようだ。
私も今まで見たことがないルミリオ殿下の威圧感に、頼ったのは間違いだったか?と若干後悔している。
「ロヴァーン公爵令嬢」
「は、はい!」
底冷えするようなルミリオ殿下の呼びかけに、クレア様はピンと背筋を伸ばした。
「私は暇ではないんだ。言いたいことがあるなら、さっさと言ってくれ」
「あ、あの……」
クレア様は口を開くが、恐怖のせいでうまく言葉が出てこないようだ。
ルミリオ殿下から、さらに怒りの感情が伝わってくる。このままではクレア様が倒れてしまうかもしれない。
流石に可哀想になって、私は口を挟んだ。
「ルミリオ殿下……、クレア様は身分が低い私とルミリオ殿下の結婚を心配されているのです。伯爵家では、ルミリオ殿下をお支えする立場として弱いのは事実ですから」
ルミリオ殿下にギロリと睨まれて首をすくめると、はぁ、と大きくため息を吐かれた。
鬱陶しそうに長い髪をかき上げると、クレア様に声をかける。
「ロヴァーン公爵令嬢。元々私は君たち貴族に見捨てられた存在だったことを忘れたのか?」
「そ、それは……」
「様子がおかしかったから仕方がない? はっ。そう言いたいなら言えばいい。だが、私はそのことを忘れていない。ジュリエットは唯一、私が心を許せる令嬢だ。信頼できる者を婚約者に置いて、何が悪い」
「……」
クレア様も、その取り巻きたちも、それ以上何も言えず顔を俯かせた。
そうして、重苦しいルミリオ殿下と令嬢たちの面談は終わったのだった。
私も帰ろうとしていると、ルミリオ殿下に硬い声で呼び止められた。
「ジュリエット」
ギクッと足を止める。
ルミリオ殿下は手でこちらへ来いと合図している。私は仕方なく、ルミリオ殿下の傍へ近づいた。
「わっ!」
突然、ルミリオ殿下に腕を引かれ、彼の膝の上に乗ってしまった。
降りようとしても、ぎゅうぎゅうと力を入れて抱きしめられているので、無理だった。
「ルミリオ殿下! 中身が出ちゃいます!」
「ふふ。なんだい、それ?」
ルミリオ殿下は俯き、私の胸に頭を寄せて笑っていた。
顔は見えないが、落ち込んでいる雰囲気が漂ってくる。
私はルミリオ殿下の頭を優しく撫でた。
びくっと震えたが、制止の言葉はなかった。
「ルミリオ殿下、私が傷つけてしまいましたか?」
私は、素直に聞くことにした。
「……君、婚約者の立場を下りようとしていただろう」
「……バレちゃいましたか」
私の瑕疵でもルミリオ殿下の瑕疵でもない。
婚約者の立場を下りるなら、絶好の機会だと思った。他の貴族家から押し切られる形になれば、一番丸く収まるのではないかと。
でも、そう考えていたのは私だけで、ルミリオ殿下を落ち込ませてしまった。
「嫌なのかい? ……私の婚約者でいるのは」
「とんでもないです!」
私はルミリオ殿下の頭に顔を寄せた。
「ですが、手袋を外して手を握り合うことも、……キスすることもできないじゃないですか」
私は暗に、結婚しても子供を作ることができないと伝えていた。
ルミリオ殿下が、心臓の痛みを感じている私に触れることは、この先もきっとない。
「それはっ!」
ルミリオ殿下は悔しそうに言葉を詰まらせた。
王族と貴族の結婚で、子供を作らないという選択は取れない。そんなことをすれば、国にはいられなくなる。
この世界は、どこでも生きていけるというほど甘くはない。
別の国へ行けば、新しい言語と社会を学び、平民として税金を支払う日々に追われることになる。それでも大丈夫だと言えるほど、私は楽観的にはなれなかった。
「殿下……、ベルトラードにガイディングを任せるのなら、婚約者には能力を持たず、しっかりとした後ろ盾のある令嬢を選ぶべきです」
「っ……!!」
私は何も持たない伯爵家の令嬢で、能力が足りないせいでルミリオ殿下と触れ合うこともできないガイドだ。
それならば、ルミリオ殿下に相応しい相手を探したほうがいい。
「私は……」
ルミリオ殿下の頬に触れて、目を見つめた。
「ルミリオ殿下の婚約者として、何のお役にも立てないのです」
「そんなことはない!」
叫んだルミリオ殿下の瞳は潤んでいた。
「君という存在が私を救ってくれているんだ。私は……ただ、愛する君に傍にいてほしいんだ」
喜ぶべき言葉なのだろう。けれど、私は素直に喜ぶことができなかった。
ルミリオ殿下が私を好きでいてくれることと、私たちが結婚して幸せになれることは、別の話だ。
もっと早くに離れておけば、お互いにもっと気楽に別の道を選べただろうか。
私はルミリオ殿下の膝から降り、静かにスカートを持ち上げた。最上級の礼で頭を下げる。
「ルミリオ殿下……、婚約者の立場を辞退させてください」
「っ!」
ルミリオ殿下は拳を握りしめると、何も言わず、バンッと強くドアを開けて出ていってしまった。




