第19話 ベルトラードの恋
ルミリオ殿下に婚約者の立場を辞退したいと伝えてから、数日が経った。あれから、ルミリオ殿下からは何の連絡もない。
「はぁ」
知らず知らずのうちにため息が漏れる。傷ついた顔をしたルミリオ殿下の姿を思い出した。
別に傷つけるつもりはなかった……。
そう思おうとして、首を横に振る。
少なからずショックを受けることは分かっていたはずだ。私に対する態度は常に優しかった。まさか愛まで口にされるとは思っていなかったけど、好意を持ってくれていることは明らかだった。
私から手紙を出すことも考えた。
けれど、今のルミリオ殿下に何を書けばいいのか分からなかった。
謝ればいいのか。それとも、改めて自分の考えを伝えるべきなのか……。
そんなことを考えていたある日のこと。ベルトラードから一通の手紙が届いた。二人きりで相談に乗ってほしいという内容だった。
「相談……?」
私は首を傾げた。
何だろうと思いつつ、断る理由もなかったので承諾した。
二人きりで相談したいということだったので、マクシム様よりも女性の護衛を連れていく方がいいだろうと判断した。ディアーヌに頼み、ベルトラードの家へ向かった。
「それで、相談というのは?」
ベルトラードは紅茶にも手をつけず、真っ赤な顔で俯いていた。それだけで、何を相談しようとしているのか分かった。
「あの、マクシム様とお近づきになりたくて」
「お近づきに……」
私はどうしたものかと考えた。
マクシム様とベルトラードの結婚には、いろいろと障害がある。マクシム様が前回言っていた、ベルトラードが一人娘なので辺境に嫁げないことなどがそうだ。
だが、ベルトラードは頬を染め、誰が見ても恋する女の子であることは明らかだった。
結婚を抜きにすれば、応援してあげたいと思う。しかし、貴族同士である以上、結婚を抜きに考えることはできない。
うーんと悩んだ末、とりあえず二人を会わせることにした。部外者の私が、最初から二人の間に入りすぎるのも違うと思ったのだ。
「マクシム様とデートをしてみるのはどう?」
「デート……」
ベルトラードは私の言葉に目を輝かせた。
「婚約者ではないから、二人きりにはさせてあげられないけど」
「もちろん! ジュリエットがいてくれるのなら、心強いわ!」
「それじゃあ、一度マクシム様に予定を尋ねてみるね」
「ええ! ええ! ありがとう」
ベルトラードは立ち上がると、私の両手を握りしめて感謝した。
帰りの馬車で、私はため息を吐いた。
「婚約を辞退しようとしている私が、恋愛相談……」
なんて滑稽なことだろうと思う。
恋愛相談に乗れる立場ではないのはよく理解しているが、友人が頼ってくれたのだ。なんとかしてあげたいと思う。
「どうにか上手くまとまればいいんだけど……」
現状、難しいことは分かっている。それでも、私は密かに願ったのだった。
そして数日後。
私とベルトラード、そしてマクシム様の三人で街へ出ることになった。
街を歩いている間、ベルトラードは何度もマクシム様に話しかけていた。
「マクシム様、あのお店を見てみませんか?」
「ええ、分かりました」
「お食事は何が好きですか?」
「なんでも頂きます。特に好き嫌いはありません」
ベルトラードの周りには花が飛んでいて、楽しそうな様子が伝わってくる。
一方、マクシム様はベルトラードの言葉に丁寧に応じているのだが、いかんせん無表情で感情が読めない。
二人の後ろで様子を見守りながら歩いていると、ド派手な一団が目に入った。
よく見ると、それはアルディ侯爵夫妻と護衛たちだった。
「おぉ……」
私は顔を引きつらせた。娘が心配だからと言って、そこまでするのか……。
今までベルトラードの婚約が上手くいかなかったのは、彼女がなんでも正直に言うことだけが理由ではないのかもしれない。
「次は演劇に行きませんか?」
ベルトラード本人は親の過保護さに気づいていないみたいだった。
だからこそ、親子仲が上手くいっているのかもしれない。
「チケットを買ってきます」
「いえいえ! お誘いしたのは私なんですから」
何かを購入するたびに、二人はこんな言い合いをしていた。
マクシム様が半ば強引に私の分まで払ってくれていたので、ここはお礼を兼ねて私が購入することにした。
「ありがとうございます」
「後でお金をお返しするわ」
「いいの、いいの。デート記念のプレゼントってことで」
ベルトラードは照れくさそうに受け取った。
マクシム様はチケットに書かれた題名を見て、少しだけ目を見開いた。心なしか、目の奥が輝いているような気がする。
チケットに書かれていた題名は、ベルトラードが好きだと言っていた童話と同じだった。マクシム様も子供の頃に母親に読んでもらったことがあると言っていた、あの童話だ。
「久しぶりにご覧になるのは、どうかと思いまして……」
ベルトラードは照れくさそうにチケットで顔を隠した。
「……ありがとうございます」
マクシム様は綺麗な笑顔を見せた。その笑顔を見たベルトラードも、嬉しそうに笑った。
やがて開演の時間になり、私たちは劇場へ入った。
二人とは少し離れた席で、私は観劇をした。
子供向けの作品だが、火の演出や本格的な戦闘シーンなど、大人も楽しめる構成になっていた。ベルトラードもマクシム様も、真剣に劇に見入っている。
私はその様子を、微笑みながら眺めた。
「今日はお付き合いいただき、ありがとうございます」
「いえ……」
私は静かに二人から距離を取った。
ベルトラードは俯いたまま、何かを言おうとして口を開きかけては閉じる。やがて意を決したように顔を上げた。
「マクシム様」
「……何でしょう」
「お、お慕いしています」
「……」
私は思わず「おぉ」と心の中で声を上げた。
マクシム様は少しだけ黙った後、口を開いた。
「俺は……、君と結婚することはできない」
淡々と告げられた言葉に、ベルトラードの顔から血の気が引いた。
「……どうしてですか?」
「俺には、辺境伯家の後継者としての責任があります。君は侯爵家の跡継ぎだ。辺境に嫁いで来られない者と結婚することはできません」
「それなら、侯爵領を陛下に返還しますっ!」
ベルトラードの言葉に、流石のマクシム様もぎょっとした顔をしている。
私もびっくりしたし、遠くにいるアルディ侯爵夫妻も同じ顔をしている。
あ、侯爵様が倒れてしまった。
「……それはダメです。領地民を困らせるつもりですか」
マクシム様の声は硬かった。もしかしたら怒っているのかもしれない。
ベルトラードはびくっと体を震わせ、目に涙を浮かべた。
「……ご、ごめんなさい。あの……今日は、もう帰ります」
それだけを言って、ベルトラードは走って行ってしまった。
アルディ侯爵夫妻が追いかけたから、きっと大丈夫だろう。
取り残されたマクシム様は顔を俯かせ、両手をぎゅっと握りしめたまま立っていた。
その日の夜、私はテラスにマクシム様を呼んだ。
「お酒?」
「はい。一杯付き合ってください」
そう言って、シャンパンを開けた。
流石にビールというわけにはいかないので、ワインよりもまだ飲みやすいシャンパンにした。
机には前もって頼んでいたおつまみが広がっている。
「お酒は飲まれますか?」
「……ああ。ガイディングを受ける前は、体の不調を誤魔化すためによく飲んでいた」
グラスにシャンパンを注ぎ、マクシム様に一つ渡す。
パチパチと気泡がはじけていくのが綺麗だった。
「ベルトラードのことを聞いてもいいですか?」
「……ああ」
「マクシム様は、彼女のことをどう思っていますか?」
私は直球で聞いてみた。
「どうとは?」
「嫌いですか?」
「いや」
返事は早かった。
「それじゃあ、好きですか?」
「それは……、分からない」
マクシム様は素直に答えてくれた。
少なくとも、無関心というわけではなさそうだ。これなら、まだ可能性はあるのかもしれない。
マクシム様は、何かを誤魔化すようにシャンパンを飲んでいた。グラスが空くのも早い。
少しずつ飲むのを楽しむお酒だが、たまにはこんな日もいいだろう。
私はグラスが空くたびに、シャンパンを注いだ。
「彼女は……変わった人だと思う」
「それは……、確かにそうですね」
なかなか個性的な人だ。……ご両親も併せて。
「思ったことを素直に口にするが、ただの考えなしとは違う。必要以上にこちらに踏み込んでこないが、好意は隠さない」
「……」
マクシム様の評価は的確だと思った。
ベルトラードだけじゃない。マクシム様の方も、ベルトラードのことをよく見ている。
「やっぱり、問題は後継者ですね」
「そうだな」
マクシム様は頷いた。
結婚を機に起こる後継者問題さえどうにかなれば、マクシム様はベルトラードのことを前向きに考えそうだなと思った。
それから私たちはたわいのない話をして、突発的な飲み会はお開きになった。
部屋に戻った私はペンを取った。
余計なことを、と怒られるかもしれない。
しかし、どうせ結婚するのなら、お互いに好感を抱いている相手がいいと思う。
友人として、私は二人の幸せを願った。




