第14話 アニエスとの休日
ルミリオ殿下との婚約が決まってから、社交界で顔を合わせる人も増えた。
けれど、気を遣わずに過ごせる相手となると、そう多くはない。
「ジュリエット!」
そう言って、ピカピカの笑顔で出迎えてくれたのは、アニエス・スリマニだった。
スリマニ子爵家は黒砂糖を扱う商売をしている。以前、キュニー伯爵夫人に渡した黒砂糖も、アニエスの両親が営んでいる店の商品だった。
「久しぶり」
「久しぶり。ほら、入って入って」
アニエスに急かされるまま部屋へ入る。
いつものように黒砂糖たっぷり入ったミルクティーが、身体に染み渡った。
「何かあった?」
疲れた顔を指さされる。
「お茶会の招待状が山ほど届いてね」
「ああ~。王弟殿下の婚約者様だもんねぇ」
アニエスは、うげぇっと顔をしかめた。嫌味ではなく、本気で自分だったら嫌だという気持ちが、そのまま表情に出ている。
私は、そんな彼女の素直さが好きだった。
「殿下本人はどんな感じなの? 意地悪はされてない?」
「うん。凄く良くしてもらってる」
「それなら良かったわ」
アニエスはバリバリとクッキーを噛み砕いた。
彼女は柔らかいクッキーよりも、歯ごたえのあるものが好きだ。だから、このクッキーを食べると、スリマニ家にやってきたなぁという実感が湧く。
「アニエスは? グラール男爵様と上手くいっているの?」
「ああ。あいつ? この間なんてカエルを見せたら、飛び上がって泣くのよ。軟弱すぎない?」
アニエスはクッキーを豪快に頬張り、大きな音を立てて噛み砕いた。
「あんまり意地悪したらダメよ」
私はそう言いつつも、あまり心配していなかった。
ガキ大将のようなアニエスと、小心者だけれど心優しいグラール男爵は、お似合いの二人だった。
なんだかんだ言いつつ、アニエスはグラール男爵を見捨てることはない。幼い頃、グラール男爵が足が痛いと泣いていたときには、背の低い彼女がおんぶをして帰ってきたぐらいだった。
グラール男爵も、アニエスのことをよく見ていた。怪我はしていないか、お腹は空いていないか。……なんだかそう言うと、お母さんみたいだな。
とにかく、お似合いの二人だった。
今はグラール男爵が、アニエスの父親から事業の手ほどきを受けている。アニエスでは心配だったのだろう。親の目は正しいと思う。
「それより、ちょっと馬に乗りに行かない?」
「えぇー。乗馬服、持ってきてないよ?」
「そんなの私のがあるじゃない」
早く早くと手を引かれ、乗馬服に着替えることになった。
子爵家のメイドたちに「すみません」と謝ると、「気にしないでいいですよ」と苦笑いされた。
彼女たちも、アニエスの突飛な行動には慣れたものだ。
「気持ちいいでしょー?」
「そうねー!!」
私たちは馬を走らせながら、大声で言葉を交わした。
身体を通り抜けていく風は、確かに気持ちがいい。
私は久しぶりに、何も考えず、ただ風を感じていた。




