第13話 社交界と婚約者
仮面舞踏会の後、私たちは婚約者として、何度か一緒に社交の場へ出るようになった。長年人前に出られなかったルミリオ殿下にとって、多くの貴族と触れ合う機会は多い方が良かった。
会場へ入ると、多くの視線が一気に集まった。兄といたときは、ここまで居心地の悪さを感じたことはない。ルミリオ殿下がどれほど注目されているのか、改めて実感した。
ルミリオ殿下の隣で挨拶を交わし、当たり障りのない会話を続ける。笑顔を作りすぎて頬がピクピクと痙攣するが、会場を出るまでやめることはできない。
隣を見ると、私よりも綺麗な笑顔があった。ルミリオ殿下はまるで俳優のようだった。見目の良さも、演技の上手さも。
「大丈夫かい?」
突然耳元で囁かれ、声を上げそうになった。怒った私は隣を睨もうとしたが、心配そうな目を見て、すぐに怒りが萎んだ。
「大丈夫ですよ」
私も小声で返した。すると、ルミリオ殿下の肩がピクリと動いて、耳が赤くなった。
たとえ、ふくらはぎが痛くて大根のようになっても、口には出さなかった。立場を固めようとしているルミリオ殿下の邪魔をしたくなかった。まぁ、殿下は私が疲れたと言っても、決して邪魔だとは言わないだろうが。
「お久しぶりです」
ルミリオ殿下は新たな貴族男性と挨拶を交わしながら、さりげなく私の腰に腕を回した。私が遠慮して言わなくても、疲労具合までお見通しのようだった。
腰を支えてもらったお陰で、足の痛みが軽減した。そのことに感謝しつつ、私も笑顔を浮かべて挨拶をするのだった。
そんな時間を何度か過ごしているうちに、私たちが婚約者として並んでいる姿も、社交界では珍しいものではなくなっていった。
同時に、ルミリオ殿下だけでなく、私への注目度も有り難くないことに上がっていった。
机一杯に届けられたお茶会の招待状に、ため息が漏れる。
私に注目が集まったのは、ルミリオ殿下の見た目が綺麗になり、元の男前な顔が露わになったことも原因の一つだろう。
『あなたではルミリオ殿下と話が合わないのではないですか?』
つまり、身分が低い私では釣り合わないと言いたいのだ。そういう嫌味を、お茶会に行くたびにしょっちゅう言われた。それなら婚約者選定の時に名乗りを挙げろよと、首根っこを掴んで言いたかった。流石に大問題になるから、しないけど。
「はぁ……」
「大丈夫かい?」
一人では、どのお茶会に行くべきか判断できないので、ルミリオ殿下に相談しに来た。
「いえ、正直に言うと、めんどくさいなと」
「はは。本当に正直だね」
ルミリオ殿下は楽しそうに笑っている。女性同士の厭味ったらしい会話のめんどくささを知らないから、そう呑気に言えるのだ。
「婚約破棄は、まだしたらダメですよね」
「そうだね。流石に今じゃないかな」
ルミリオ殿下の立場がまだはっきり固まっていないから、そう言われるだろうと思っていた。
私は無の境地で、出席の返事と欠席の謝罪の手紙を書くために、必死に手を動かしたのだった。
「パ、パソコンが恋しい……」
私は大量の文字を書いたせいで、腱鞘炎に苦しんでいた。
今日は手首に貼った湿布を手袋で隠し、キュニー伯爵夫人に招待された絵画展を見に行く予定だ。軽く顔を出すだけでいいので、今日はいつものお茶会よりも気楽だった。
護衛には今日もマクシム様がついているが、馬車の中では目を瞑って静かにしている。
会場に着くと、案内板に従って歩いた。
「これは○? こっちはただの▲?」
そんな抽象的な絵から、神聖さが感じられるほどの天使誕生の絵まで、さまざまな作品が飾られている。
絵画の良し悪しなど分からないのだが、こうして一つ一つ見ていると、それなりに面白く感じてきた。
「楽しんでいただけているかしら?」
「伯爵夫人!」
私はスカートを持ち上げて挨拶をした。
「はい。作者による技法や、選ぶテーマの違いが面白いです」
「そう。楽しんでいただけているのなら良かったわ」
うふふ、とキュニー伯爵夫人は妖艶に微笑んだ。
相変わらず色っぽい人だ。
「これ、おいしい黒糖が手に入ったので、よかったらどうぞ」
「まぁ、ありがとう」
キュニー伯爵夫人が動くたびに、良い香りが漂ってきた。私までうっとりとした気持ちになってしまう。
周囲の男性たちも絵画ではなく彼女の方を見て、頬を染めている人が多かった。相変わらずの人気ぶりだなと思いながら、視線を集めても全く動じない伯爵夫人に尊敬の念を抱く。
「それでは、また機会があればご一緒しましょう」
「はい、ぜひ」
そうして軽い挨拶を交わし、私たちは会場を後にした。
帰りの馬車の中で、マクシム様に尋ねた。
「マクシム様は、絵画はお好きですか?」
「……。いや、正直よく分からない」
「それなら、何がお好きなんですか?」
「……」
会話の一環として何気なく聞いただけなのだが、マクシム様は固まってしまった。聞いてはいけないことだったのだろうか。
「正直、今まで体が辛くて、好きとか嫌いとか考えたことがない」
「ああ」
そういうことかと頷いた。やるせない気持ちになったが、笑顔を向けた。
「なら、好きなことが見つかるといいですね」
「……ああ。そうだな」
夕日が沈む中、マクシム様は僅かに口角を上げた。




