貴族令嬢が「ただの楽士」と笑ったので、彼女の人生をアリアにしました ⑤
幼い頃。
姉と比べられた日。
母に「あなたは愛想だけはいいわね」と笑われた夜。
鏡の前で、泣きながらドレスを破いたこと。
誰にも言わなかった孤独。
全部。
音になっていた。
見えたわけではない。
誰かに囁かれたわけでもない。
ただ、忘れたふりをしていた記憶が、音に触れた瞬間、勝手に震えた。
エレノアは、その時ようやく理解した。
ルシアンの音楽は、人を傷つけるのではない。
その人間が、ずっと傷だった場所を鳴らすのだ。
だから誰も逃げられない。
自分の音からは、逃げられない。
怖い。
あまりにも。
楽曲が“秘密の暴露本”になっている。
本人しか知らないはずのページを、本人の声で朗読させられている。
しかも演奏が上手い。
最悪だ。
エレノアは立ち上がる。
「やめなさい」
ルシアンは止まらない。
「やめて」
止まらない。
そして彼は静かに、旋律だけで答える。
──君はずっと、
“愛される役”を演奏していた。
エレノアの呼吸が止まる。
誰にも言われたことがなかった。
いや。
言われないように生きてきたのに。
演奏が終わる。
静寂。
誰も拍手しない。
できない。
それは演奏会ではなく、公開解体だった。
エレノアは震えながらルシアンを見る。
彼は微笑んでいた。
優しく。
残酷なくらいに。
そして一礼する。
「良い悲鳴でした」
芸術家として終わってる。
でも恐らく、音楽史には残る。
後日、その曲には正式な題名がついた。
『伯爵令嬢エレノア・フォン・ルーベルトのためのアリア』
大変よく泣ける名曲として、宮廷ではしばらく評判になった。
なお、本人の許可は、取られていない。




