2/14
序章 黒衣の楽師②
ルシアンが宮廷へ招かれた理由は単純だった。
戦争が長引き、税は底をつき、貴族は浪費し、王は現実逃避していた。
つまり、いつもの王国である。
そんな中、ある大臣が言った。
「民には希望が必要です」
いや、必要なのは減税だろ。
だが宮廷は昔から、根本治療より概念ポエムを優先する。
結果、「奇跡の音楽家を招聘しよう」という流れになった。
今思えば、あの時点で滅亡フラグはビンビンだったのだ。
ホラー映画なら、地下室を開ける前のテンションだ。
ルシアンは契約書を読まずに署名した。
代わりに、契約書の余白へ五線譜を書いた。
その瞬間、インクが悲鳴を上げた。
紙の上で、黒い線がわずかに波打つ。
立会人の書記官は、その場で失神した。
後に彼は、
「墨が泣いていた」
と証言したが、精神状態を考慮され、静かに職を解かれた。
宮廷は笑った。
「芸術家気質だ」
違う。
あれはもうその時点で、人外からの警告だったのだ。




