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王妃は最初の演奏で泣き、二度目で恋をし、三度目で秘密を漏らす ④

 王妃セレスティナは、近頃とても忙しかった。


 なぜなら演奏会があるから。


 いや、王妃としての公務も当然ある。


 謁見。

 外交。

 慈善事業。


 だが現在、彼女の脳内優先順位はこうである。


 ルシアンの演奏

 低音

 生きる

 国家


 終わっている。


 演奏会当日。


 王妃は開演一時間前に会場入りした。


 まだ誰もいない。


 使用人が椅子を並べている段階である。


 侍女が戸惑ったように言う。


「王妃様、まだお時間が……」


「ええ、存じていますわ」


 完璧な微笑。


 だが内心は違う。


(前方中央席……確保……)


 完全にライブオタクだった。


 王妃は優雅に腰掛ける。


 足を組み、扇を開き、いかにも高貴な姿勢を作る。


 しかし脳内では、


(今日の曲なんだろう……)


(前回の低音すごかった……)


(落ち着きなさいセレスティナ、あなたは王妃よ)


(でもあの入る瞬間の空気……)


 ずっとこれである。


 情緒がリハーサルしていた。


 まだ無人の舞台を見つめながら、王妃は静かに呼吸を整える。


 近頃、ルシアンの演奏を浴びると普通に息が乱れるのだ。


 病気かもしれない。

 ※たぶん恋である。


 やがて舞台袖に人影が現れた。


 黒衣。


 赤い瞳。


 ルシアンだ。


 王妃の背筋が伸びる。


 反射で。


 猫が缶詰の音を聞いた時みたいな速度で。


 ルシアンは舞台へ上がると、無言でヴァイオリンの調弦を始めた。


 ──ミィィン……


 王妃、硬直。


 だめ。


 調弦なのにもうだめ。


(あっ……待って……調弦で──これ……?)


 本番始まったら死ぬ。


 しかもルシアンは、誰もいないと思っているからか、いつもより少しラフだった。


 ネクタイを緩め、肩の力を抜き、静かに音を確かめている。


 その“仕事前の自然体”が一番危険。


 アイドルの楽屋風景を見せられたオタク状態である。


 王妃は思った。


(だめ……この時間、良すぎる……)


 もう完全に“古参ファンだけが知ってる神時間”扱いだった。


 するとルシアンが、ふと顔を上げる。


 目が合った。


 王妃、死亡。


 心臓が。


「……早いのですね」


 その一言だけで、王妃の体温が三度くらい上がった。


 だめだ。


 “覚えられている”。


 オタクに最も効く状態。


 王妃は必死に平静を装う。


「た、たまたまですわ」


 嘘である。


 毎回一時間前に来ている。


 なんなら前回は一時間二十分前だった。


 ルシアンは数秒黙ったあと、小さく微笑んだ。


「……では、今夜は特等席ですね」


 終わった。


 王妃の理性が。


 侍女は遠くで思った。


 あっ、今日も駄目だこの人。

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