『忘れ物取り扱い窓口:思い出係・自分宛』
製作時間:三十分くらい
ジャンル:現代ファンジー・悲しい系
――傷は忘れて癒されて、いつか傷跡になって思い出すのだ。
「忘れ物でーす」
地下道の奥、そう大きくない声は、シンとした空間に響く。この道は中々人が来ない。静かで閉鎖感のあるこの道の奥、俺は、受取係の人から”小瓶”を受け取る。
ここに運ばれる忘れ物は、普通のものじゃない。それは誰かの記憶、誰かの忘れたもの。
そんなものがこの子瓶の中に入っている。それは音だったり、匂いだったり、もしくは色だったり。俺はそれが少しだけ開けて見分けて仕分ける。匂いは、匂いの箱に、色は色の箱に……そうやって仕分ける。そういうアルバイトだった。
どうして、こんなアルバイトを申し込んだのかは分からない。いつの間にか初めて、惰性で続けている。今日も今日とて、狂いそうなほど静かで何もないこの空間で、今日も届いた“忘れ物”を仕分けていく。
一つ、二つ、三つ。見分けた小瓶をことっと、瓶の音が響いては置かれていく。
小瓶についたラベルには、名前が書かれている。書いてあるのは、名字だけでフルネームは分からない。プライバシー保護、という奴なのだろうか。四つ目、そこに書かれていたのは、
「――」
俺と同じ名字。少しだけ珍しい名字だ。だから、今までこの名字のものは届いたことはなかったのに。
心臓がドクっとびくつく。大丈夫だ。いつも通り仕分けるだけ、瓶を、少しだけ開ける。
悲しい、匂いがした。雨の匂い、木の匂い、花の匂い、そして、焼けた匂い。そんなものが混じった匂い。――あぁ、俺は何でこの匂いを忘れようと思ったのだろう。どうして、今になって俺の元に届いたのだろう。
涙が一滴だけ伝う。きっとあの時は悲しくて悲しくて、忘れたくて仕方なかった。それでも、時間は残酷で優しい。今の俺は、それを受け入れられるようになっていたのだと自覚する。
あぁ、忘れるとは、必要なことなんだ。そして思い出すとは、人が受け入れたことなんだ。
この子瓶は、ああそうか、誤って送られたのではない。持ち主の場所に送り届けられたのか。ずっと、忘れ物センターなんて嘘だと思っていた。でもきっと違ったんだな。
今まで送られた記憶は、確かに“忘れ物センター”に届けられるものらしい。
――俺は空小瓶を取り出して、そこに名前を書く。きっといつか、忘れたことすら忘れるのだろう。俺は小瓶を置いて、作業を再開する。
お題:『忘れ物取り扱い窓口:思い出係』
【設定】
そこは、普通の忘れ物センターではありません。持ち主が「忘れたい」と願って切り離した、特定の記憶が届く場所です。




