5話 収集
最初は、違和感だった。
机の上のリボンが、いつもより張りがある。
同じ色、同じ形。
だが、結び目の癖が違う。
私は指先でなぞる。
新品だ。
私が使い慣れた柔らかさではない。
「……気のせい」
そう思い込もうとした。
だが、次に気づいたのは手袋だった。
王城で身につけた白いレース。
引き寄せると、香りが違う。
洗いたての香り。
私は洗濯に出していない。
本も、同じだった。
読みかけの頁に挟んだ栞。
栞の位置は合っている。
だが、紙の折れ癖が消えている。
新品のように、整っている。
私はゆっくりと息を吐いた。
紛失ではない。
奪われてもいない。
差し替えられている。
午後、庭でビアンカを見つけた。
白いドレスが風に揺れる。
「何かお困りですか」
穏やかな声。
完璧な微笑。
「私のリボン」
私は言う。
「新しくなっているわ」
沈黙は、ほんの一拍。
だが、彼女の瞳がわずかに光る。
「そうでしょうか」
「手袋も。本も」
言葉を重ねる。
「どれも、同じもの。けれど違う」
ビアンカは、ゆっくりと近づいた。
距離は礼儀の範囲。
だが視線は逸らさない。
「お気づきになりましたか」
その声に、否定はない。
「なぜ?」
問いは静かだった。
怒鳴ることもできた。
だが、声が出ない。
「管理です」
淡々と。
「王族が接触の口実に使う物は、排除しております」
「排除?」
「王城で触れられた手袋は、処分いたしました」
処分。
その言葉が重い。
「代わりを用意しております。品質は同等以上です」
誇らしげでもなく、当然のように。
「私の本は?」
「原本は保管しております」
「保管?」
「お姉様が触れたままの状態で」
微笑む。
「安心してお使いください。現在お手元にあるものは未使用品です」
私は理解する。
これは紛失ではない。
収集だ。
私が触れた物。
私が使った物。
すべて、別の場所へ移されている。
「許可なく?」
声が低くなる。
彼女は首を傾げた。
「必要でした」
「私の物よ」
「もちろんです」
即答。
「お姉様の物は、お姉様の物です」
一歩、近づく。
「ですから、他者の痕跡を排除いたしました」
風が止む。
庭が静まり返る。
「王子殿下が触れた物を、そのままにしておくわけには参りません」
その声は、冷たい。
怒りではない。
恐怖でもない。
確信。
「返して」
言葉が、かすれる。
彼女は少しだけ目を伏せる。
「いずれ」
いずれ。
その曖昧さが、背筋を冷やす。
「あなたは、どこまで管理するつもり?」
問いは、もはや自分への確認だった。
ビアンカは微笑む。
完璧な令嬢の顔で。
「お姉様が失われない範囲まで」
その答えは、優しい。
だが優しさの形が、どこか歪んでいる。
私はまだ知らない。
この“管理”がやがて私自身に向けられることを。
差し替えでは済まなくなることを。
「失くなりませんよ」
彼女は静かに言う。
「お姉様は」
その視線が、私を包む。
逃げ場のない、柔らかな檻のように。




