32話 夜
夜は深い。
ヴァルディエリ家の離れの応接間。
灯りは最低限。
使用人は最小限。
外の警備は倍。
三大貴族の当主が、円卓に座る。
言葉は少ない。
視線だけが交わる。
「王家は動いている」
東家の当主が言う。
短く。
事実のみ。
「婚姻を急いでいる」
西家が続ける。
「象徴が欲しいのだ」
ヴァルディエリ当主は黙している。
そのとき。
控えめなノック。
「来られました」
側近が告げる。
声は低い。
入室したのは、第二王子。
正装ではない。
護衛もいない。
ただ一人、信頼のおける従者を伴っている。
「今夜の訪問は記録に残らぬ」
王子は言う。
穏やかに。
だが真剣に。
「派閥にも、父上にも伝わらぬ」
断言。
三家の当主は黙して頷く。
「王家は婚姻に向けて動いている」
王子は率直だ。
「止められぬ流れだ」
「殿下は、止めるおつもりは」
東家当主が問う。
第二王子は一拍置く。
「否」
静かな否定。
「だが、望んでもいない」
空気がわずかに動く。
「婚姻は均衡を崩す」
王子は続ける。
「三家の一角が王家へ傾けば、残りは警戒する」
「理解されているのか」
西家当主が低く問う。
「理解している」
王子は目を逸らさない。
「ヴァルディエリ家が鎖となれば、王家は孤立する」
ヴァルディエリ当主の目が細まる。
「ならば、なぜ通告を止めぬ」
「止めれば、弱みとなる」
王子は淡々と答える。
「王家は揺らいでいる。強さを見せねばならぬ」
沈黙。
「だが」
王子は続ける。
「縁は望まぬ」
三家の当主の視線が揃う。
「私は均衡を選ぶ」
はっきりと。
「婚姻ではなく、協調を」
ヴァルディエリ当主が口を開く。
「ならば」
一拍。
「我が家の方針に異論は」
「ない」
即答。
「当主カードを切られれば、王家は引く」
王子は言う。
「父上も理解する」
つまり。
第二王子は賛成している。
「殿下は王位を望まれる」
東家が静かに問う。
王子はわずかに笑う。
「望む」
隠さない。
「だからこそ」
目が鋭くなる。
「均衡は壊さぬ」
三家の当主が、わずかに頷く。
「娘は出さぬ」
ヴァルディエリ当主が告げる。
「だが王家は支持する」
王子は立ち上がる。
「それでよい」
そして。
小さく付け加える。
「私は、婚姻で王位を得るつもりはない」
その言葉は、真実だった。
夜は静かに閉じる。
この会談は、記録に残らない。
だが。
王国の均衡は、この夜で決まった。




