3話 再会
再びヴァルディエリ家の門をくぐったとき、私は少しだけ場違いだと感じた。
石造りの重厚な門。
磨かれた床。
天井画。
幼い頃に訪れたことがあると父は言っていたが、私にはほとんど記憶がない。
「ルチア・フィオレンツァ様ですね」
執事が深く一礼する。
商家の娘に向けるには、過分な礼だ。
違和感が胸に残る。
応接室に通された。
扉が静かに閉まる。
そして。
「お久しぶりです、お姉様」
その声に、振り向いた。
白い髪。
整った横顔。
月のように淡い瞳。
三大貴族ヴァルディエリ家の令嬢——ビアンカ・ヴァルディエリ。
「……お姉様?」
思わず聞き返す。
彼女は微笑んだ。
「幼い頃、そう呼ぶ約束でした」
そんな約束、あったかしら。
記憶を辿る。
白い応接室。
窓辺。
緑の瞳を覗き込まれた気がする。
けれど、曖昧だ。
「失礼いたしました」
彼女は淑女らしく一礼する。
完璧な所作。
「本日は、話し相手としてお越しいただき、ありがとうございます」
話し相手。
そう、名目はそれだ。
父同士の取り決め。
貴族令嬢の社交訓練の一環。
慈善でもあり、交流でもある。
それだけのはず。
「こちらこそ」
私は答える。
「お役に立てるなら」
その瞬間、彼女の視線がわずかに変わった。
深く、測るような目。
「お役に立つ、ですか」
低い声。
「お姉様は、そこにいるだけでよろしいのです」
意味が分からない。
「それは、どういう……」
「そのままのあなたが、必要なのです」
即答だった。
迷いがない。
沈黙が落ちる。
彼女は微笑んでいる。
けれど、その微笑の奥に、別の感情が沈んでいる。
私はまだ、それを読み取れない。
「商会の仕事は順調だと伺っています」
話題が変わる。
自然に。
だが情報は正確だ。
取引先、拡大予定、父の動向。
なぜそこまで知っているのだろう。
「お調べになったの?」
半ば冗談のつもりで言う。
ビアンカは首を傾げた。
「当然です」
当然。
その言葉が妙に重い。
庭を歩く。
並んで。
距離は礼儀の範囲。
だが視線は、常に私へ向いている。
私は気づかないふりをする。
「王城から招待状が届いております」
彼女が言う。
「第一王子殿下が、商会に興味をお持ちだとか」
胸がざわつく。
「光栄なことね」
「……そうでしょうか」
その声は、冷たい。
足が止まる。
彼女も止まる。
風が髪を揺らす。
「お姉様」
低く、静かな声。
「王族は、欲しいと思えば奪います」
どこかで聞いたような響き。
だがまだ、その意味は分からない。
「私は物じゃないわ」
思わず言う。
彼女の瞳が、わずかに揺れた。
「存じております」
だが視線は逸らさない。
「ですから、奪わせません」
その宣言は、穏やかな口調の裏で、ひどく強い。
あの八歳の少女は、もういない。
ここにいるのは、冷静で、計算高く、完璧な令嬢。
だが。
視線の奥に、あの時の熱が残っている。
私はまだ知らない。
この再会が、囲い込みの始まりだということを。
そして。
この屋敷に再び足を踏み入れた瞬間から、
逃げ道が、少しずつ閉じていることを。
「ようこそ、ヴァルディエリ家へ」
ビアンカは微笑む。
淑女の仮面で。
その奥で、初恋は静かに燃えている。




