表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/26

2話 初恋

雪は降っていなかった。


だが、世界は白かった。


母の棺が運ばれていくのを、私はただ見ていた。


泣き声が遠い。


慰めの言葉も遠い。


父は忙しく、貴族たちは形式的で、屋敷は広すぎた。


八歳の私は、すでに“ヴァルディエリ家の令嬢”だった。


泣き崩れることも許されない。


「お嬢様、こちらへ」


乳母に手を引かれ、応接室へ向かう。


商家の娘が来ているのだという。


慈善の一環。


父の配慮。


私はどうでもよかった。


どうせ皆、私を腫れ物のように扱う。



扉が開いた。


そこにいた少女は、思ったよりも普通だった。


豪奢なドレスでもなく、


過剰に怯えるでもなく、


ただ、こちらを見ていた。


緑の瞳。


まっすぐな視線。



「こんにちは」


彼女は、そう言った。


敬語でもなく、媚びるでもなく。


ただ、自然に。




「……こんにちは」


私は返す。


視線を逸らさずにいられなかったのは、初めてだった。



「ここ、広いね」


少女は窓を見上げる。


「迷子になりそう」


くすりと笑う。


私は思わず言った。


「迷子になっても、誰も困りません」


それは事実だった。


私は飾りだ。


家の象徴。


母の代わりにはなれない。




少女は首を傾げた。


「困るよ」


即答だった。


「だって、あなた一人になるでしょ」


私は、言葉を失った。


慰めではなかった。


哀れみでもなかった。


ただの、当然のような声。



「……あなたは?」


「ルチア」


彼女は胸を張る。


「フィオレンツァ商会の娘」


誇らしげだった。


その姿が、眩しかった。


「私はビアンカ」


私は名を告げる。


それが、初めての対等な挨拶だった。



「ねえ、ビアンカ」


彼女は私の手を取った。


躊躇なく。


温かい。


「泣いていいよ」


驚いた。


「泣いてないわ」


「うん。でも、泣きたいでしょ」


責めない声。


決めつけない声。


ただ、見抜いている。


私は、初めて、喉の奥が熱くなるのを感じた。


この子は、私を“令嬢”として見ていない。


ただの、少女として見ている。


欲しい、と思った。


その瞬間に。


慰めてくれる存在ではない。


支配したいのでもない。


ただ、隣にいてほしい。


私を特別扱いしないでくれる人。


私の孤独を当然だと言わない人。


「また来る?」


私の問いは、驚くほど小さかった。


ルチアは笑う。


「呼んでくれるなら」


その笑顔が、胸に刺さる。



その夜、私は理解した。


母を失った悲しみとは別の感情が、胸に芽生えている。


これは憧れではない。


友情でもない。


もっと、重い。


もっと、欲深い。


八歳の私は、すでに知っていた。


これは恋だ。



だから私は、呼び寄せた。


“話し相手”として。


慈善という名目で。


父の忙しさを理由に。


けれど本当は。


ただ、私のものにしたかった。



——八歳の初恋は、静かに根を張った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ