表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/26

1話

挿絵(By みてみん)


鍵は、外から二重にかけられていた。


だが、今この瞬間、私を閉じ込めているのは鉄ではない。


唇を塞ぐ熱だ。


「越えません」


吐息が混ざる距離で、ビアンカが囁く。


その声は静かで、ひどく甘い。


「最後までは、奪いません」


重なる唇はやわらかいのに、執拗だった。


確かめるように。

怯えるように。


三大貴族ヴァルディエリ家の令嬢、ビアンカ・ヴァルディエリ。


——そして私は、ただの平民の娘だ。


私を“話し相手”として屋敷へ招いた妹は、今や鍵をかけ、キスでしか安堵できない。



「……離れて」


息を取り戻そうとする私を、彼女は抱き留める。


押し倒しはしない。


壁と腕の間に、わずかな隙間を残す。


それが、彼女の言う“越えない”なのだと、私は知っている。


指先が頬をなぞり、喉元へ落ちかけて、止まる。


それ以上は触れない。


ドレスの紐にも、裾にも、決して手をかけない。


熱はある。


衝動もある。


だが踏み込まない。



「王子殿下が触れました」


声が低くなる。


昼の光景が蘇る。


王城で、第一王子の手が私の腕を掴んだ。


軽い接触だった。


だが隣に立つビアンカの空気が凍ったのを覚えている。


「奪われるかと、思いました」


その言葉は、怒りではない。


恐怖だ。



「だからって、閉じ込めるの?」


扉を振り返る。


金具が重い音を立てる。


逃げ道はない。


「閉じ込めてはおりません」


即答。


「遮断しているだけです」


理屈は冷静。


だが唇はまた、私を探す。




「越えません」


重ねながら、繰り返す。


「最後まで、わたくしのものにはいたしません」


それは宣言というより、懇願だった。


「あなたの身体を、わたくしの恐怖で穢したくはない」


指が震えている。


私を欲しがりながら、奪わない。


その矛盾が、苦しい。




「……どうして、ここまで」


問いは、責めるためではない。


知りたいだけだった。


どうしてここまで怯えるのか。


どうしてここまで、壊れそうなのか。




沈黙。


月光が彼女の白い髪を照らす。


やがて、ビアンカは目を伏せた。


「失うのが、怖いのです」


吐息がかすれる。


「王族は、欲しいと思えば奪う」


唇が、今度は優しく触れる。


縋るように。


「わたくしには、力が足りません」


その弱さを、初めて見た。


胸が痛む。


怒りよりも先に、別の感情が湧く。


この子は、守ろうとしている。


歪んだ方法で。


必死に。




「私は行かない」


気づけば、そう言っていた。


「あなたを置いて、どこにも」


その瞬間、彼女の理性が軋む。


腕の力が強まる。


だが——押し倒さない。


ドレスにも触れない。


最後の一線は、越えない。



「ずるい……」


囁きは甘く、震えている。


「お姉様は、わたくしを狂わせる」


唇が再び重なる。


今度は少し長く。


だが、そこまで。


それ以上、深くはしない。


涙がこぼれた。


自分でも、理由がわからない。


閉じ込められているのに。


奪われていないのに。


それでも、苦しい。




「泣かないでください」


彼女の声が崩れる。


「越えません。約束します」


唇が、涙を掠める。


「あなたが嫌うことはいたしません」


だが、閉じ込める。


だが、奪うようにキスする。


その矛盾が、痛い。



「八歳のあの日から」


低い声が、耳元に落ちる。


「わたくしは、あなたを手放すつもりはありませんでした」


私は息を止める。


八歳?


そんな記憶はない。




「母を亡くした日」


白い指が、私の頬を包む。


「あなたは覚えていないでしょう」


唇が、そっと重なる。


今度は、触れるだけ。


「ですが、わたくしは」


呼吸が重なる。


夜が深く沈む。


「ずっと、恋をしておりました」



鍵は、外から二重にかけられている。


だが本当に閉じ込められているのは、どちらだろう。


欲して、奪わず、越えないと誓いながら。


それでも離れない。



「お姉様」


最後に、彼女は静かに微笑んだ。


「わたくしの初恋は、あなたです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ