19話 逆流
王子は笑って去った。
だが三日後。
港が止まった。
「通関が保留になっております」
商会の番頭が額に汗を滲ませる。
理由は「形式確認」。
書類不備。
検査強化。
期限未定。
「王家の検査官が直々に?」
私は淡々と確認する。
「はい」
経済封鎖。
分かりやすい圧力。
だがそれだけではなかった。
社交界に噂が流れ始める。
「平民が三大貴族に取り入った」
「養子は王子を避けるための策」
「商人の娘が家を乗っ取る」
悪意は広がるのが早い。
ビアンカの耳にも届く。
茶会で。
舞踏会で。
わずかな視線の変化。
微笑の裏の軽蔑。
「……構いません」
彼女は言う。
だが指先が白い。
さらに。
王城から非公式の打診。
「ビアンカ・ヴァルディエリ嬢に、他家との縁談を」
王族筋の名が挙がる。
第一王子の周辺だ。
圧力は三方向から来ている。
夜。
応接室。
当主、ビアンカ、そして私。
「殿下は焦っている」
当主が言う。
冷静だ。
だが事態は深刻。
「港は止まる」
「噂は広がる」
「縁談は圧力だ」
三点同時。
ビアンカの呼吸がわずかに乱れる。
「……私が引けば」
小さな声。
私は即座に否定する。
「それが狙いよ」
彼女が私を見る。
迷い。
不安。
だが依存ではない。
共闘の目。
「王子はあなたを揺らしたい」
私は言う。
「経済で私を削り、噂で孤立させ、縁談であなたを縛る」
「……」
沈黙。
事実だ。
「だが」
私は机に新たな帳簿を置く。
「港の裏帳簿、完成した」
当主の目が細まる。
「殿下の側近の名義で、国外口座へ送金」
決定打。
ビアンカの瞳が強くなる。
「追い詰められているのは」
彼女が言う。
「殿下の方」
当主はゆっくり頷く。
「だがまだ出すな」
冷静な判断。
「泳がせろ」
私は微笑む。
「もちろん」
圧は強い。
だが焦っているのは王子だ。
一年の猶予。
それは王子にとっても、残酷な時間。
夜。
ビアンカが私の部屋を訪れる。
鍵はかかっていない。
「……怖くはないのですか」
小さな問い。
「あるわ」
私は正直に言う。
「でもあなたは?」
彼女は一瞬だけ目を閉じる。
「守ります」
低く。
以前より強い。
私は近づく。
唇は重ねない。
だが距離は近い。
「共に戦うなら」
静かに告げる。
「理性を失わないで」
「はい」
その声に、揺らぎはない。
王子は三手打った。
だがこちらも、すでに布石は揃っている。
一年。
その間に王子を削る。
そして最後に、崩す。




