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18話 失脚への序章

王城からの使者ではない。


第一王子本人が来た。


それだけで、屋敷の空気が変わる。




応接室。


当主、ビアンカ、そして私。


扉が開く。


第一王子は笑っていた。


優雅に。


余裕を纏って。




「養子とは大胆だ」


席に着きながら言う。


「だが、面白い」




「殿下」


当主が淡く礼をする。


「ご足労いただき恐悦至極」


形式は完璧。


だが温度はない。



王子の視線が私に向く。


「名が変わったそうだな」


「はい」


私は静かに答える。


「ルチア・ヴァルディエリでございます」



「だが婚姻は可能だ」


王子は微笑む。


「養子であろうと、血は繋がらぬ」


はっきりとした宣言。


ビアンカの指がわずかに強張る。



「殿下」


私は口を開く。


「その前に、ひとつ」


王子が眉を上げる。




私は一枚の帳簿を机に置く。


続いて宝石商の記録。


別邸の支払い明細。


港湾の裏取引証。



「殿下名義ではございません」


淡々と告げる。


「ですが迂回経路を辿れば」


室内の空気が変わる。


王子の笑みが、わずかに薄れる。



「これは何の真似だ」


声音が低くなる。



「王族は倹約を旨とされるはず」


私は続ける。


「この規模の浪費は、議会が黙っておりますでしょうか」



沈黙。


重い沈黙。



王子は帳簿を見ない。


見る必要がない。


理解しているからだ。



「脅しか」


低い声。




「事実の提示です」


私は言う。


「婚姻は対等であるべきと存じます」




一瞬。


王子の瞳に冷たい光が宿る。



「それでも、婚姻は可能だ」


押し切るつもりだ。


圧で。


家格で。


王権で。



「殿下」


その時。


当主が静かに口を開いた。



「残念ながら」


一拍。




「養子縁組後一年間は、婚姻契約は法的に無効となります」


空気が凍る。



ビアンカの瞳が揺れる。


私は動かない。


この瞬間を待っていた。




「……何だと」


王子の声音が変わる。


初めて、明確に。




「当主の養子は家内保護期間に入ります」


当主は淡々と続ける。


「その間、王族であろうと婚姻は成立いたしません」




「そんな法は聞いていない」


低い怒気。



「三大貴族間の均衡を保つための規定です」


当主の声は揺れない。


「王家の許可を要しません」


沈黙。


王子の指が、わずかに机を叩く。



一年。


一年間、手出しできない。


その間に何が起きるか。


王子は理解している。




「……策士だな」


低く呟く。


怒りではない。


認識だ。


私は静かに言う。


「殿下は倹約を重んじるお方」


わずかな微笑。


「浪費の噂はお望みではないでしょう」




王子の瞳が、冷たく光る。


だが今は動けない。


法は正しい。


証拠は揃い始めている。



「一年だ」


王子は立ち上がる。


「その間に決めるとしよう」



退室の直前。


王子は一度だけ振り返った。



「一年だ」


低い声。


だが先ほどとは違う。


怒りではない。


冷静だ。



「その間、港は止まるかもしれぬな」



空気が凍る。


当主は動かない。


私は瞬きすらしない。



王子は続ける。


「議会は倹約を好む」


わずかな笑み。


「だが税収の不安定も、好まぬ」



圧。


露骨ではない。


だが明確。




「一年」


王子は言う。


「守りきれるか、試してやろう」




退室。




扉が閉まる。


重い沈黙。


ビアンカの指が、わずかに白くなる。


怒り。


悔しさ。


だが口を挟まない。



当主が低く言う。


「攻守が入れ替わった」



私は頷く。


「望むところです」




一年。


手出しはできない。


だが圧はかけられる。


経済。


議会。


世論。




王子は婚姻を止められた。


だが戦をやめてはいない。



私は静かに告げる。


「失脚させます」




当主の目が、初めてわずかに笑った。




「ならば、議会を味方につけろ」



盤は広がった。



一年は猶予ではない。


猶予を与えたように見せた、戦場だ。

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