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11話 対面

朝は静かだった。


昨夜の出来事が存在しなかったかのように、屋敷は整然としている。


食堂の空気も、使用人の動きも、すべてが通常通り。


ただ――


視線だけが上がらない。




食後、執事が現れる。


「当主がお呼びです」


理由は告げない。


不要だからだ。



重厚な扉の前で足を止める。


ノック。


「入りなさい」


低く、揺るがぬ声。



執務室は相変わらず隙がない。


書架、書類、光の入り方。


すべてが制御されている。


その中心に、当主。




「おはようございます」


礼をする。


商人の娘としての礼儀。


媚びない角度。



「楽にしなさい」


穏やかな声音。


だが、この人の“穏やか”に意味はない。


「昨夜――鍵はかけられていなかった」


前置きはない。


結論から始まる。


「承知しております」


視線を逸らさない。


ここで揺れれば、終わる。


当主の指先が机を軽く叩く。


微細な音。


思考の間。


「逃げなかったな」


問いではない。


観測結果の読み上げ。




「逃げる理由がありません」


即答。


計算ではない。


事実だ。



「理由がない、か」


当主はわずかに目を細める。


「それは勇気ではないな」




「はい」


私は肯定する。


「合理です」



一瞬。


空気が静止する。



当主の口元が、ごくわずかに動いた。


笑みではない。


評価に近い何か。



「娘の行為をどう見る」


核心。


逃げ道のない問い。




「過剰です」


「だが」


「理解はできます」




視線が交差する。


測定と測定。




「ほう」


「王族は段階を踏みません」


淡々と続ける。


「ビアンカ様の判断は、防衛としては論理的です」



当主の目が、わずかに鋭さを増す。


監禁を責めない。


肯定もしない。


評価する。


それが異質なのだ。


「では、どうする」


「対処します」


間を置かない。


「王子殿下の動きを止めます」




「平民の娘が王子を?」


静かな圧。


だが私は首を振る。




「商人の娘です」


「違いがあるのか」


「決定的に」




当主の視線がわずかに変わる。


興味。




「取引は、身分に従いません」




沈黙。


長い沈黙。




やがて当主が口を開く。


「娘はお前に依存しかけている」


「存じております」


「それでも利用するか」


刃の問い。


「利用はいたしません」



そして、わずかに声を落とす。


「ですが――壊させもしません」



当主の目が、初めてわずかに変わる。


明確な測定。




「……面白い」


小さな呟き。


評価とも警戒とも取れる響き。



机の上に書類が置かれる。


「これはまだ署名していない」




視線を落とす。


王家の意向書。


私との婚姻を前提とした移管。


両親の元から当主の元に渡ったのか、

私宛の物だった。


逃げ場のない紙。




「一度でも署名すれば覆らぬ」


低い声。


「それまでに動け」


命令ではない。


期限の提示。




「猶予は」


「一か月」




短い。


だが私は頷く。




扉へ向かった瞬間、当主の声が落ちる。



「娘を甘く見るな」


振り返る。



「弱くはない」




私は一礼する。


「承知しております」



廊下へ出る。


朝の光は変わらない。


だが世界は確実に動き始めている。



一か月。


王子。


王家。


ヴァルディエリ家。


そして――ビアンカ。




逃走ではない。


対局だ。



ゲームは、正式に始まった。


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