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10話 未施錠

扉が閉まったあとも、しばらく私は動かなかった。


足音が遠ざかる。


気配が薄れる。


そして――


金属音は、鳴らない。




いつもなら。


低く、確実に。


閉じ込められた証が響く。


だが今夜は違う。


静寂だけが残っている。


ゆっくりと立ち上がる。


足音を殺し、扉へ向かう。


取っ手に触れる。


冷たい。


自分の指先は、まだわずかに熱い。


回す。


押す。


抵抗はない。




扉は、静かに開いた。



廊下は無人。


月光が床を淡く照らしている。


逃げる機会は、ある。


一歩踏み出せば、自由だ。


屋敷の構造は把握している。


抜け道も知っている。


だが――


私は動かない。


逃げることは、勝ちではない。


今夜の未施錠は偶然ではない。


動揺。


均衡の崩れ。


主導権の移動。


扉を閉める。


音を立てずに。


内側からも、鍵はかけない。



「……弱いのは、どちらかしら」


小さく呟く。


怒りは薄れている。


代わりに、計算が回り始める。



ビアンカは攻める側に慣れている。


だが。


求められると、崩れる。


今夜、それを知った。



――だが。



ほんの一瞬。


唇の感触が蘇る。


理屈より先に。


私はわずかに目を伏せる。


あれは鎮静のためだった。


計算の一手。


それ以上ではない。



……本当に?




小さな揺れを、すぐに押し込める。


今は考えない。


感情は、後回しだ。


窓辺へ戻る。


月光が床を照らす。


この屋敷は牢ではない。


戦場だ。


王子。


王家。


ヴァルディエリ家。


そして、ビアンカ。



逃げるのではない。


動かす。




今夜、鍵はかからなかった。


それは失敗ではない。


変化だ。




「もう一度、揺らせばいい」


静かに。


確実に。


均衡は崩れ始めている。


ならば。


崩す側に回る。




夜は深い。


だが。


私はもう、閉じ込められてはいない。


――そして。


閉じ込めたのも、私ではない。


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