2-2-4「それは奇跡であるかのように」
「待たせたな」
「教授」の声が実験室に響き渡るや否や、三人の背後の空間が揺れて、一柱の神が降臨した。
「ハァイ!愛の守護者にして悪の敵対者、愛情にして豊穣、太陽の目にしてご家庭の獅子。「愛猫愛護」バステットが四代目、ジャジャミラ・バステット!この度は仲裁に現れましたですなー!」
心牙もよく聞く名乗り口上をあげて頭がピラミッド、ミニスカメイド服を着たナビゲーション役の猫神ジャジャミラ・バステットが降臨した。
「えぇ…何々、中断?」
「なんなのよぉ、さっきから」
「オラもう帰りてぇよぉ…」
三人が完全に疲弊して困惑して固まる。三人にジャジャミラの姿は見えていない。
「なんと!?」
「仲裁ですって!?」
何よりも驚いていたのは北斗星君とモーリガン・モリグナーだ。二神は天井付近から床に降り立ってジャジャミラと相対した。
「ジャジャミラ殿が降臨されたのであれば、不正の嫌疑は晴れたということか!?」
北斗星君が声を荒げる。
「それは今から証明するですなー。おーい、ファロゥマディン!」
ジャジャミラが手を叩いて合図を送る。
地鳴りのような、地震のような轟音をあげて空間が割れていく。暗黒空間が白い実験室を侵食する。
「我は背理にして真理、不条理にして理不尽、そして誘惑の魔王にして堕天の主!逆天竜魔神王ファロゥマディンなり!」
真っ黒な人骨で構成されたドラゴンの全身骨格。強烈な柘榴の甘い匂いと、恐るべき蠍の毒尾を持つ……逆天竜魔神王ファリファー・ファラフナズ・ファロゥマディンの、戦闘用ドラゴン形態が降臨した。
「ファロゥマディン!あなた!よくも私の前にヌケヌケと!」
モーリガン・モリグナーが怒気を強く込めて叫ぶ。それに対してジャジャミラが、両手で押さえるようにジェスチャーをしていた。
「う、うわぁ……ぁ……」
「こ、こいつは……!!!」
「あ、あの時のぉ!!!」
三人は、三人とも背後の存在に向き合い、お互いに抱き合うようにしてブルブル震えて出した。その御姿を覚えているわけではない。そもそも正しく事態を把握していたわけではない。だが、脳が肉体が心が覚えていなくても、魂が覚えていた。
コイツは、自分たちの運命を狂わせた、あの時の何かだと!
「勇者とは勇気ある者!神器に選ばれ、勇気があることが証明されるのであればそれは勇者ですなー!」
ジャジャミラが手を大きく広げやや大げさに天を仰ぐように言う。
「この三人が、試作品とはいえ神器に選ばれた以上、あとは勇気を示せれば勇者として歓迎しますですなー!」
「それが運営殿のご意思と!?」
北斗星君が若干驚いたような顔をする。
「それで、どのように勇気の証明を行うというのですか!」
モーリガン・モリグナーはファロゥマディンを三つの烏の頭それぞれの瞳で睨みながら不愉快そうにしている。
「我がこの者たちを、殺す」
ファロゥマディンが大層簡潔にそう答えた。
「そう!大本はファロゥマディンのクエストの不備が原因ですなー。とはいえ神器に選ばれた以上は猶予を与えるですなー。ファロゥマディンが殺して尚、30回死ぬまでにファロゥマディンに立ち向かえればそれで勇者として認めるですなー。」
「他の勇者たちが受けた損耗分は勇者ポイントとして補填される。それが運営の最終回答だ。」
ジャジャミラの説明に「教授」が補足を入れる。
「ガブリエル」と北斗星君は納得したように軽く頷いたが、唯一不満げだったのがモーリガン・モリグナーだ。
「その処遇はあんまりです!ファロゥマディンがまるで得をしたようなものなど!」
「モーリガン、その「ものいい」は私怨が過ぎるですなー」
「そおいえばぁ、モーリガン・モリグナー様からだったねぇ、この不正の嫌疑ぃ」
ジャジャミラとガブリエルの言葉にバツが悪くなったのか、モーリガンは俯いたまま黙り込んだ。
「ちょっと待ってくれ、殺すのはあんまりじゃないか?」
心牙もまた、別の観点から処刑ともいえるその対応に抗議する。
「これ以上の譲歩は無理ですなー」
「そうだ。これ以上はキミにまで処罰が及ぶ。ここは引け」
「教授」が心牙を制する。その声からは若干の悔しさと疲労の色が滲んでいた。
この結果を導き出すために、方方手を尽くしたのだ。
「では、我が不始末。せめて一撃で葬ろう」
ファロゥマディンの人を一噛みで葬れるであろう巨大な顎が開かれ、そこに暗黒のエネルギーが集中する。ドラゴンブレスだ。
「ま……」
心牙の言葉は莫大なエネルギーの奔流が放つ轟音にかき消される。そのエネルギーの奔流は三人を跡形もなく消し飛ばした。
数秒ほどして、三人が元気な姿で再び現れる。しかしその顔は青ざめており、明らかな困惑が見て取れる。
「俺ら、し、死んで?」
「一体どうなってるのよ」
「お、オラぁ?」
三人はそれぞれ自らの手を見たり顔を触ったりしている。
三人が何か行動を起こす前にファロゥマディンが暗黒の魔力を込めた右手を思い切り振り下ろす。
「ちょっと待て!」
思わず飛び出そうとした心牙の目の前にタロットカードの「吊られた男」が現れる。それが合図であったかのように、心牙は身動きがとれなくなった。
「ガブリエル」がいつの間にか心牙の隣にいた。彼女によって心牙は動きを止められたのだ。
彼女は白いワンピース風の衣装型アバターアーマーを身にまとい、大きな垂れ目の、さながら小さな天使のよう可愛らしいな美少女だった。背中にはキングサイズのベッドほどの大きさの巨大で分厚い石板が浮いている。
ハエ叩きに潰されたハエのように、あるいは靴底にへばりつくガムのように三人があっさりと中身と血を撒き散らして潰された下品なハンバーグとなった。それでも即死はせず、僅かに呻き声をあげたあと三人は数秒ほど後に死体となって消える。
「あはー、思ったよりは早くこうなったねぇ」
スプラッターな現状においてもまるで欠伸をするかのようなだらけきった態度を崩さず、ガブリエルが言う。
「アンタ、こうなることを予測して……いや、分かっていたのか?」
心牙が「ガブリエル」に問う。「ガブリエル」はやはり間の抜けたような欠伸をするようなだらけた笑顔で答えた。
「まあねぇ。キミがぁどおいう反応するのかのぉ、確認したかったんだぁ」
三度三人が復活する。復活と同時、精神的ダメージを引き摺った三人はガクッと前のめりに倒れそうになる。
そんな三人を暗黒の魔力を込めたファロゥマディンの右手が横に薙ぎ払った。三人の首がぽんぽんぽーんと景気よく宙を舞う。苦痛で歪んだ三人の顔が地面にキスをして消えた。
「やっぱり……違うだろ!!!」
心牙の叫び。
「北斗星君様の言うとおりぃ、あの三人は恐喝、窃盗、痴漢、麻薬の密造密売って殺人と強姦以外はだいたいやってる犯罪者だよお。罰は受けなきゃねぇ」
「だからって何回も死刑になるような謂れはないだろ!」
「じゃ、彼らを野放しにしたほうが良かったですなー?」
ジャジャミラの問いに心牙は押し黙る。
「逆にぃ、キミ、どおしたかったのお?」
「ガブリエル」の問いに心牙はバイザーと前髪の奥で目を見開いて答える。
「俺が……俺が代わりに罰を受けるべきだったんだ!」
「あはー、へんなのお!」
心牙の答えを聞いた「ガブリエル」が腹を抱えて笑い出す。
その頃ガロバキシンもどきはファロゥマディンに火球を放とうとして綺麗に縦に両断され、鮫人姫もどきは何かを踊ろうとして開きになり、仮面レイダーGAもどきは背を向けて走って逃げようとして縦に引き裂かれた。
「勇者ああああの罪と、今回の一件、そしてファロゥマディンの罪はまた別件であろう。何故お主が奴らの罪を背負わねばならんのだ?」
いつの間にか心牙の斜め上に移動していた北斗星君が心牙に嫌悪の視線を向けながらそう告げる。北斗星君は裁きと命運を司る神で、歩く裁判所だ。その裁きはほとんどの場合正しい。本人の感情は別にして。
モーリガン・モリグナーもまた、心牙と汚物を同一視しているかのように嫌悪の視線と表情を隠そうともせず、見ているだけで吐きそうだとでも言わんばかりだ。
心牙は、ファロゥマディンがサポーターになる前までは多くの神々からそのように扱われていたことを思い出して少し安堵した。
そうしている間に既に十度目のリスポーンを果たした三人は、崩れるように膝を付き、地面に倒れ伏す前にファロゥマディンによって十一度目の死を迎え、そして十二度目のリスポーンを果たした。
「あ、にき……しにたく……」
「ころして……」
「………」
その心は死の痛みと苦しみと恐怖でほぼ折れており、瞳から意志は消え失せ、最早I真摯なる死は目前であった。
「頼む!!!生きてくれ!!!」
声を出すことと叫ぶこと以外の身動きが取れない心牙が、心の底から「応援」をする。
「このままじゃ本当に死んでしまう!だから!!!」
リスポーンした直後の三人の耳に鼓膜に心牙の声は届いた。しかし、無常にもファロゥマディンのドラゴンブレスが三人を瞬時に包み込む。灰も骨の欠片も残さぬ暗黒の奔流が全てを呑み込み……暗黒の奔流の中に僅かな光が垣間見える。
「オ、オレは……」
それは奇跡であるかのように
それは祝福であるかのように
それは運命であるかのように
それは神話であるかのように
光、輝く。生気のなかった着ぐるみの目が爛々と活き活きとし始める。
「オレは!兄貴だ!怪獣王だ!!!」
暗黒の奔流の中、他の二人を守るように仁王立ちした怪獣ガロバキシンもどきが、それまでただ暴力で物事を解決してきた不良中年が、二人の子分を弟分を守るため、敢然と立ち向かっていた。
コンプレックスの塊である小さな体を巨大な大怪獣に見立て、ただの強がりを怪獣の咆哮に仕立て上げ唸りを上げて、その目が背びれが光り輝く。
「「「「おぉ!」」」」
ファロゥマディンを除いた、クークールーカン・ケツァルコアトゥル、北斗星君、モーリガン・モリグナー、ジャジャミラ・バステットがその輝きに魅入り、感嘆の声をあげる。
そして、彼は、耐えた。ファロゥマディンのブレスから他の二人を庇い耐えきり、全身がボロボロに炭化寸前になりがらもだ。
ドラゴンブレスを吐き終えたファロゥマディンにガロバキシンもどきが今度はオレの番だと言わんばかりに大きく息を吸い、そして
「ガロビュート光線!!!」
着ぐるみのほうの口と人間体のほうの口の両方から赤い光線が発射される。劇中でガロバキシンの必殺光線として主役怪獣グドラと人類を追い詰めたそれは、今は勇気と希望を乗せて螺旋状に唸りながら突き進み、そしてファロゥマディンの左手に直撃した。
「見事!素晴らしき哉、勇気!」
ファロゥマディンにダメージはない。
しかし、それは紛れも無い勇気の証。その場に居た神々の誰しもがその勇気を称えるのに十分であった。
「認めよう、彼らは勇者である!」
北斗星君が宣言する。
モーリガン・モリグナーだけはどこか苦々しげにその宣言に同意するかのように頷いている。
「では、決まりですなー!三人は今より正式な勇者!歓迎するですなー!」
ジャジャミラが両手を挙げて賛美する。
当の三人は困惑しているのか、キョロキョロと周囲を見渡していた。
「その三人の身柄は一旦我が預かろうカネ。俄然興味が湧いたヨ」
クークールカンが耐神性ガラスをすり抜け実験室に入り、三人を囲うようにとぐろを巻く。ギョッと驚いたような表情をしたままの三人と共に、クークールカンは瞬時に消え去った。
「ファロゥマディン!借りは必ず返させて貰います!」
続いてファロゥマディンを睨み捨て台詞を吐き散らしながら、モーリガン・モリグナーが消え去った。
「これにしてこの審議を閉廷とする!我は次なる裁定に向かうとしよう!ファロゥマディンと勇者ああああの裁定はまたいずれ」
北斗星君は悠々と消え去った。
「さ、このクエストは終わりになりますなー。」
残る勇者2人に向けてジャジャミラ・バステットがポータルを出現させてクエスト空間からの退出を促す。
「一ぉつ忠告しといたげる〜」
やはり欠伸を噛み殺したような間延びした声で勇者「ガブリエル」が小さな一歩を踏み出して身体ごと勇者ああああに向き直ってから切り出した。勇者ああああの拘束はいつの間にか解けている。
「キミ、まるで死にたいみたいだねぇ〜。このままだとぉ、近い内に死ねるよぉ〜、良かったねえ」
欠伸を噛み殺したような間延びしたままの声色で、勇者「ガブリエル」が心牙に死を宣告する。
「もぉし、死にたくないならぁ、魔王とは仲良くしといたほうがいいかもねえ〜」
それだけ言い残し「ガブリエル」は背面に浮いていた石板に乗り、その大きな石板を空飛ぶ絨毯かサーフボードのようにしてポータルを通って何処かへ去っていく。
「……」
精神的な疲労感に襲われた心牙は、大きく肩を落とす。
そして思わずファロゥマディンを見た。
「我が勇者よ、今回も善き活躍であった」
心牙は頭の中のもやもやに突き動かされて、まだ持ったままの第八の鍵シグルゲイルの発射口をファロゥマディンに向ける。
「……」
ファロゥマディンは無反応。心牙は構わず発射体勢を取り続ける。
「お前は」
「もういい、疲れたろう。帰るんだ、勇者」
何か不穏なものを感じた「教授」が心牙に帰るよう呼びかける。しかし心牙は構わず発射体勢を取り続けた。
「お前は、俺を……」
トリガーに指をかける心牙。
「勇者ああああ?何をするつもりですなー?クエストは終わりましたなー」
ジャジャミラも勇者ああああの行動に疑問を抱き、退出を促す。が、心牙はやはり狙いを定めたままだ。
「我が勇者よ、我との戦いを所望するか?」
「……戦いたいわけじゃない。ただ……」
心牙は自分でも「ただ……」のその先を、そのもやもやを言語化出来ない。ただ、その衝動に負けることなく、第八の鍵を武装解除するので精一杯だった。少年の、指と瞳と心が震えている。
「すまなかったな」
それだけファロゥマディンに言い残し、心牙はその日のクエストを終えた。




