2-2-3『アテクシの踊りで、虜にしてやるわぁん!』
見た目12歳かそこらほどの幼い少女にしか見えない「勇者」が、大きな石板に寝そべるようにして頭だけ出して心牙を見下ろしている。
その勇者の頭上には彼女の勇者ネームである「Gabriel Level99」の表記と二つ名である「宣告天使」が記載されていた。
「「神々の夜明け」ってことは、ジョージアのお仲間か?」
心牙は三人を警戒しながら、見た目幼い少女の天使に問う。
「そぉそぉ、ジョージアちゃんがぁお世話になったみたいだねぇ〜」
巨大な石板に寝そべった状態で顔だけ心牙のほうを見て欠伸を噛み殺したような間延びした声で「ガブリエル」と名乗った少女は言う。その顔はだらけきってクエスト中だというのに今にも寝てしまいそうである。
「クエストをハッキングしてるのはお前か?」
「ちょぉっと、違うよお〜」
「ガブリエル」が軽く手を打ち鳴らす。すると「ガブリエル」を挟み込むように、更に2つの人影のような揺らぎが現れ、そこから神が姿を見せる。
「我は裁きにして定め、厳格にして公平、死と命運を定めし北斗星君である。此度の不正の嫌疑、確かめに参った。」
古代中国の道士服のような黒い衣服、黒い顔は鬼のように醜く険しく、額からは三本の角が生えた神が宣う。
「わたくしは争いにして破壊、勝利者にして殺戮者、戦鴉魔神王モーリガン・モリグナー。恨むならファロゥマディンを恨みなさい」
唇から上の顔が三羽の鴉で構成された、鴉の翼持つドレス姿の女神が心牙を指差す。
「こちら、二柱の神々がぁ、正式に不正クエストとしてぇ、処罰にきたんだよぉ〜」
「ワレのクエストに対抗するのに二柱駆り出したんだネ」
クークールーカンの言葉に二神が一礼で返す。クークールーカンが格上の上級神であり、普通の神では対抗出来ぬためである。
「勇者とは、正しく勇気ある者でなくてはならぬ!そこの三人の小悪党は、本来であれば悪心より怪物を生み出していたそうではないか!」
向き直った北斗星君が心牙に対して言葉を荒げる。
「それは……そうだが」
心牙は流石に言い逃れ出来そうにないなと悟った。実際に北斗星君の言うことは正しい。三人はファロゥマディンによって悪心から怪物を生み出される筈だったのだ。ファロゥマディンが間違えていない限り、三人には怪物を生み出す程の悪心があることになる。
心牙が動きのない三人のほうを見やると、三人はそれぞれ頭を抱えていた。
「名前に版権NGなんてあるのかよぉ!!!」
「「鮫人姫」が使えないじゃない!折角この姿になったのに!」
「うわぁぁぁん!仮面レイダーGAぇぇぇ!」
レベルが上がって勇者ネームを登録するに辺り、版権に引っ掛かってしまった三人は、各々咆哮し地団駄を踏み泣きわめいていた。
「見よ!遵法精神がまったく足りていないではないか!やはり悪心強き悪人と言わざるを得ぬ!」
北斗星君が鋭い目を更に吊り上げ、鋭い歯をむき出しにして糾弾する。
「だからって殺さなくても」
「アナタ、先程から何か勘違いしておいででは?」
心牙の言葉をモーリガン・モリグナーが遮る。
「これは勇者ああああ、アナタの罪への、裁きでしてよ」
モーリガン・モリグナーの言葉に心牙はアバターアーマーと髪の奥でその目を大きく見開く。
「俺の、罪、裁き」
心牙の心臓が大きく踊り、口角が上がる。かんきする感情に溺れそうになる。
「キミがぁ、ちゃぁんと対処してればぁ、起きなかったからねぇ」
「ガブリエル」はやはり眠そうな顔でされどその瞳は射貫くように心牙を捉えて離さずそう言った。
「俺は何をすればいい?」
手と足と、心を震わせ、心牙が問う。
「その悪人どもを処刑せよ」
北斗星君の言葉は、心牙を後押しはしなかった。
「それは嫌だね」
右手に持っていたスルトルブランダーを第六の鍵・ヴォルヴァンガンドに切り替える。スルトルブランダーが量子分解され、大型拳銃であるヴォルヴァンガンドに切り替わるのに掛かる時間は僅か0.1秒。その0.1秒の間に心牙は既に狙いをつけていた。狙い違わずヴォルヴァンガンドから放たれた劫火を帯びたビーム弾が3発、北斗星君とモーリガン・モリグナー、そして「ガブリエル」が寝そべっている石板に迫り、そしてあっさりと手前で弾かれた。防護フィールドである。その程度、通用しないことも想定済み。
「なんと不敬な!」
「お婆ちゃんを攻撃してもぉ、意味ないのにぃ」
憤るモーリガン・モリグナーとは裏腹に「ガブリエル」は呑気に欠伸をする。北斗星君は微動だにしていない。
「アンタらを追い返せば、こんな馬鹿げた茶番は終わり、だろ?」
ヴォルヴァンガンドの銃口を二柱と一天使に向けて構え、心牙は言い放つ。力量差は歴然。それを覆す力はない。が、迷いもない。葛藤もない。
「いちおー、言っておくけどぉ」
「ガブリエル」が心底面倒くさそうにあくびをしてから話を続ける。
「ジョージアちゃんと違ってぇ、これ、「運営」の正式な監査だからねぇ? ただの自治じゃあないんだよお」
「だったら尚更だな!」
心牙の啖呵が戦端となった。心牙がそう答えるのを知っていたかのように、何も知らないガロバキシン(仮)、鮫人姫(仮)、仮面レイダーGA(仮)が再び動き出す。
「名前もまだだってのに!またキショい怪物かよ!」
「アテクシの踊りで、虜にしてやるわぁん!」
「オラやだよぉぉぉ!」
ガロバキシン(仮)が火を噴き、鮫人姫(仮)が踊り、仮面レイダーGA(仮)が逃げ出した。
迫る3発のスペクトル火球を心牙はヴォルヴァンガンドの銃撃で迎撃を試みる。爆炎轟きスペクトル火球がヴォルヴァンガンドのビーム弾の威力を僅かに上回り、減衰しながらも心牙に迫る。鮫人姫(仮)の踊りによるバフ・デバフによってガロバキシン(仮)は攻撃力アップを、心牙は攻撃力ダウンをそれぞれ受けたからだ。
「チッ」
心牙は思わず舌打ちをし、咄嗟に腕を顔の前でクロスさせて火球をガードする。3発の火球がそれぞれ心牙の腕(顔)と胸、右脇腹に命中する。
「火球よりも格闘戦のほうがいいかもな!」
「踊っても踊っても疲れる気がしないわぁん!不思議!」
「わぁぁぁん!」
小さな怪獣がドスドスと大きな足音を立てて心牙に向かってくる。ゾンビな人魚姫は波に揺れる昆布のようなワカメのような不気味な踊りを踊り狂いバフとデバフを撒き散らす。仮面レイダー(仮)は2人とは離れた場所で頭と膝を抱えて涙と鼻水と涎を流しわんわんと泣いていた。
せめて怪獣の足を止めればとその足を狙って心牙は二発銃撃する。狙うは足元。当たらなくとも音と衝撃で多くの人は本能的に足を止めるからだ。ヴォルヴァンガンドのビーム弾は吸い込まれるように足の甲となる部分に直撃する。
「……ぃってぇじゃねぇか!」
しかしその進撃は止まることはなく、怒りによるものかむしろ速度は上がり頭を下げ頭部の鋭い角を正面に向けて突進してきた。心牙は覚悟を決めて冷静にヴォルヴァンガンドからスルトルブランダーに持ち替えて上段から斬りつける。角を斬り落として戦意喪失を狙ったのだ。
ガロバキシン(仮)の鋭い角とスルトルブランダーの光の刃がかち合う。花火のような火花が上がり、心牙は吹き飛ばされた。否、咄嗟に衝撃を和らげるために自ら後ろに飛んだのだ。
「っしゃぁ!」
「踊りの効果は抜群ねぇ!」
鮫人姫(仮)の踊りによるバフデバフによって、既にガロバキシン(仮)の基礎ステータスは心牙の基礎ステータスを大きく上回っていた。
「早くどぉにかしないとぉ、キミ、死んじゃうよお」
「俺の残機はあと3つあるからな!死ねばデスリカバリーでデバフも消えるだろ」
心牙は密かにコンソールを操作し、クエストの状態を見やる。クエストはジョージアのときと同じく、「強制リスポーン」となっていた。死ねばクエストをやり直せるがこの状況ではまたデバフをかけられて同じだろう。
ならばと心牙は神器「レイガルダイン」の九つの機能の内、「第二の鍵ゼイギアル」を一度解除、別の機能を装備する。
「第八の鍵!ナグルヴァル!」
呼び掛けに呼応して、心牙のアバターアーマーのうち鎧の部分に相当するゼイギアルが量子分解される。心牙の全身が光に包まれた後、腰と足回りを中心に別の装備が施された。
太腿の外側両サイドにはどこか船舶の艦首にも似た掌大の無骨な楕円形ものが装備される。足には短いスキー板のようなあるいはカヌーやカヤックのようなものが装備された。
そのまま太腿の装備から、半透明の炎のようなものが噴射され、それに押されるように心牙自身も加速する。ブースターユニットだ。心牙は脚をほとんど動かさずスキーでもするようにやや膝を曲げて方向転換し、そのまま壁に向かう。
「あ!アイツが逃げるわよ!」
垂直の壁に衝突する直前、心牙はそのまま壁に蹴りを入れるように足を乗せるように足裏を壁に付け……そのまま垂直の壁をまるでスキーをするかのように滑り出す。
「アイツあれで壁登れんのかよ!?」
すぐに壁を登りきり、そのまま実験室の天井を逆さまの体勢で滑走する心牙。
「ナグルヴァルは重力の波に乗る!ジョージアにありがとうって伝えてくれよな!」
そのままスルトルブランダーを左から振りかぶって右に一閃。
「重力のチカラ、身に沁みたぜ!」
「死者の爪から作られた」という伝説の船の名を冠するレイガルダイン「第八の鍵・ナグルヴァル」は、物体が発する重力波を利用することであらゆる「面」を加速移動することが出来る、移動・高機動用の武装だ。起点となる物体が必要なものの、壁や天井などをスキーを滑るように前後左右に移動することが出来る。起動中は壁を走ろうと天井に張り付こうと心牙にとっては足裏のほうが下になるのも利点だった。
ただし、ナグルヴァルを使いこなすには重力――正確には万有引力や分子間力への理解が必要であった。それまで心牙はイマイチ理解が及んでいなかったが、ジョージアとの戦いで高重力に晒されたことで頭ではなく肉体で理解するに至ったのである。
「キミ、面白いことするねぇ」
スルトルブランダーが「ガブリエル」の防護フィールドに簡単に阻まれる。
阻まれることは予想済だった心牙は、そのまま太腿のブースターユニットの向きを180度反転させ、噴射炎と化した重力波を浴びせつつ離脱する。
「分割型神器だよねえ、それ。防具のほうと一緒に使えないカンジィ?」
防護フィールドによって噴射炎をあっさり防いで、「ガブリエル」は涼し気な顔で尋ねる。
「俺のレベルが低いからな。同時に扱えるのが2つまでなんだ」
ガロバキシン(仮)が放つスペトクル火球を前後左右不規則な機動で避けつつ、心牙は答えた。
神器には分割型と呼ばれるタイプが存在する。神器が持つ神秘に勇者の肉体(主に脳機能)や精神が耐えられない場合、その負担を軽減するために、神器の神秘を分割して小出しにするいわばセーフティ機能だ。
ピッキオーネンのアンキーレイも分割型であるが、ピッキオーネンは心牙と違って十二に分割された機能の内、五つまで同時に扱える。
心牙はレベルの低さと本人の資質ゆえに九分割の内、二つまでしか同時に扱えない。普段は防具及び心体機能の補助としての機能を持つ「第二の鍵・ゼイギアル」ともう一つ状況に応じた武装を選ぶのが常だった。
スペクトル火球を避けながら、心牙は再度死角からスルトルブランダーを構え突撃する。
どうせ防護フィールドで防がれるだろうが気を逸らせればそれでいいという考えは、「ガブリエル」が突如防護フィールドを解除したことで吹き飛んだ。
「あはー、お婆ちゃんを殺すつもりはないんだねえ〜。変なのお」
咄嗟にスルトルブランダーの光の刃を消して攻撃を中断した心牙の間抜けな驚愕顔に、「ガブリエル」が腑抜けたような溶けたような笑みを向ける。
「無礼ですわ!やはりファロゥマディン程度が推す勇者だけあって下品ですこと!」
モーリガン・モリグナーが左手を振りかざし、鴉の羽根のようなものを数本放つ。咄嗟に回避出来ず、直撃を受けた心牙は大きく吹き飛ばされ、そのまま床に落下する。強いノックバックを受けると、高機動状態が強制中断するのがナグルヴァルの欠点だった。
心牙が落下した先には、頭と膝を抱えて蹲り、震えている仮面レイダーGA(仮)がいた。
「ギャッ!」
「逃げろ!マルオ!」
「マルちゃん!」
短い悲鳴を上げて、仮面レイダーGA(仮)がその場に尻餅をつく。驚愕と恐怖からか、粗相、すなわち失禁、すなわち小便を漏らしていた。アバターアーマー状態の勇者は基本的に肉体の時間が止まるため、尿意や便意を催すことはほとんどない。だが、強い感情の乱れを受けた時はそうではない。アンモニアの刺激臭が心牙の鼻を刺す。
攻撃されるかも、と咄嗟に起き上がり身構えた心牙はやや呆れて一瞬動きが止まる。そこにガロバキシン(仮)と鮫人姫(仮)が怒りの形相で駆け寄って来た。
「くっ」
思わず苦い顔をして即座にその場を離脱する。やはり埒が明かないな、と心牙は内心苛立ちを覚えていた。が、諦めの2文字はない。
そこでスルトルブランダーを一度非武装化して別の武装を呼び出すことにする。神々が降臨したお陰でマナは十分に励起しているから、大型の武装でも十分扱える筈だと。
「第五の鍵・シグルゲイル!」
心牙の呼び掛けに応え、六角形の筒を三つ三角形の形で束ねたような心牙の胴体ほどもある武装が顕現する。その武装は心牙の左肩に保持用のサブアームで接続された。現実の兵器でいえば、ミサイルランチャーやロケットランチャーが近いそれは、「勝利の槍」を意味する第五の鍵・シグルゲイルだ。
「シグルゲイル、一番管、二番管!」
心牙は後退しながらシグルゲイルを三人に向けつつ狙いを定める。三つあるシグルゲイルの発射管の内、上に位置するものと下側の心牙に近い方に位置するものの前面が開く。彼の眼前のUIに、「LOCK ON」の文字が浮かぶ。
「発射!」
一番発射管である下側からは高速で突き進む小型ミサイルが、上側である二番発射管からは一番よりも大型のミサイルがそれぞれ発射された。二番管のミサイルは一瞬滞空してやや山なりの弾道で飛翔後、6発ほどの超小型ミサイルに分裂してそれぞれが目標に向かって飛翔する。
「ひ、ひぃーーーっ!」
「うわぁ!」
「ちょっとぉ!」
全てのミサイルは三人の足元に狙い通りに着弾する。わざと直撃を避けるよう地面をLOCK ONしていたからだ。派手な爆風と爆音が三人に混乱をもたらす。疑似物質を用いた爆発によって【真理】もまた揺れて撹拌する。
「続けて三番管!発射!」
シグルゲイルを斜め上に向けて心牙から一番離れた発射管から大きく長いミサイルが放たれる。ゆっくりと確実に、噴煙をあげて三番ミサイルは進み、そして二神と一勇者がいる付近の天井に着弾、大爆発を引き起こした。
「おぉー」
爆風に煽られて尚、「ガブリエル」は表情一つ変えない。二神も勿論、ダメージなど入っているわけがない。
本来、シグルゲイルは特殊な第一の鍵、第九の鍵を除いて最も燃費が悪い武装だ。誘導効果や弾道の制御に余計なマナを使うせいだが、逃げ回りながら直撃させずに相手を威嚇して時間を稼ぐのにはうってつけだと判断したのだ。
「クソッ!雪だるまの癖にミサイルなんぞ撃ちやがって!」
ガロバキシン(仮)が再びスペクトル火球を乱射する。いや、心牙のいる方向を狙って撃っている。鮫人姫(仮)が知覚関係のバフを行なっているのだ。
(俺、雪だるまの怪物に見えてるのか)
一つの疑問が解決すれど尚事態は好転せず。心牙がもう一度シグルゲイルの照準を合わせようとした時。
「待たせたな」
「教授」の声が実験室に響き渡った。




