2-2-2「たすけてぇ、仮面レイダーGA!!!」
「怪獣王に、オレはなる!!!」
四角い厳つい顔で太い眉が特徴的な中年男が、無邪気な少年の頃の夢を語るより熱く激しく叫ぶ。
「怪獣、王……だと……!?」
心牙も怪獣王は知っている。それはサブカルチャー史に残る偉大な傑作特撮映画「グドラ」発祥の言葉……とされているが実態は違う。
古代ギリシャのテュポーン然り、古代日本のヤマタノオロチ然り、『自然災害』『天災』の具現化であり、怪物の中でも最上級の存在は、勇者ゲームのクエストの存在でありながら、その強大さ故に現実でもしばしば「目撃」されてしまう。それらを秘匿するため、人々の神話に対する畏怖を統一するため、神々がわざと流行らせたのだ。
彼はそれになりたいというのだ。
「オレはグドラ!いや、グドラvsガロバキシンのガロバキシンがいい!」
グドラvsガロバキシンはグドラシリーズの中でも特に評価が低いものとして有名な作品だった。それまで天災の如き猛威を振るった怪獣王グドラが一転して異次元人の侵略に立ち向かうヒーローのような描写、グドラと人類を圧倒する侵略超怪獣ガロバキシンに対し防衛軍の試作ロボット兵器・ゲットジャガーが唐突に巨大化して助太刀するという荒唐無稽な展開、登場人物たちの無駄に入り乱れた人間関係などから「シリーズ最低」の呼び声高いものだった。唯一誇れるものとして敵怪獣たるガロバキシンのデザインと造形美は絶賛されたものの、作品の評価ゆえにマイナーよりの扱いだった。
四角い厳つい中年男の、少年の頃よりも熱く激しく、そして悲痛ながも痛々しい叫びに呼応するかのように、そのカタチが変わっていく。
腕は太くゴツく巨大なハサミ状に。脚は象のように巨大に大黒柱のように頑丈に。尻からは巨大な結晶体のような短い尻尾、頭から尻尾の先まで並んだ結晶体のような甲殻と鋭い背ビレ。何処か猛禽を思わせるシャープで直線的な頭。鼻先に備わる発光する角。邪悪に笑っているようにも見える眼。青とオレンジの強烈なコントラストが眩しい体色。
そして……あたかも着ぐるみを着ているかのように、首元に現れる四角い厳つい太い眉の顔。
「オレこそは!侵略超怪獣!!ガロバキシン!!!」
特撮怪獣映画「グドラVSガロバキシン」の劇中で異次元人ルプヤに率いられ、人類と主役怪獣グドラを追い詰めた侵略超怪獣ガロバキシンがほぼ完全に再現された。
ただし大きさは怪獣サイズ(全高40m)ではなく、160cmほどで首元には四角い厳つい壮年男性の顔が突き出ている。
「あらぁ〜イイじゃなぁい」
「兄貴ぃ!カッコイイ!!!」
他二つの影が歓声を挙げる。
心牙は半歩後退りした。勇者ゲームにおける「怪獣」は、イベント戦闘のレイドボスだからだ。
「分かる!オレには分かるぜ!オレは怪獣になったんだ!」
「じゃ、アテクシは鮫人姫になりたいわぁ」
今度は中くらいの肉塊だった逆三角形に近い顔形の影が強く揺らめき始める。
「こうじん……何!?」
思わず心牙が問いかける。
「鮫人姫よ!映画「ジョーズ・オブ・ザ・デッド」の鮫人姫!踊るゾンビ魚人を率いる妖艶なサメゾンビの姫よ!」
中年男性の裏声で、金切り声のような叫びが木霊する。
「ジョーズ・オブ・ザ・デッド」とは、世間一般の評価ではクソ映画とされるB級ホラー映画だ。公式のあらすじでは「人間の海洋汚染によってゾンビとなった魚人たちが、人間を襲うゾンビパニックホラー」となっているのだが、全体的に低予算由来の低クォリティであり、魚っぽい被り物をした役者がジタバタと踊るように人間の周りを回るだけの襲撃シーン、下手すぎる主人公たちの演技、謎のミュージカル要素、矛盾しまくりのシナリオ、そしてトドメの夢オチなどから「史上最低のクソ映画」としてある意味カルト的な人気がある映画作品である。
鮫人姫は魚人たちの女王として、往年の名女優コートリー・ヘッドバーンが演じておりその卓越した演技力から迫力がある……のだが、70超えの老体にビキニ+腰みのに加えて鮫の被り物をしてキレキレのリンボーダンスをノリノリで踊る迷シーンや、「ジョーズ・オブ・ザ・デッド」が遺作となってしまったことから、コートリーファンに「大女優コートリーの経歴に泥を塗るな」と酷評され監督がコートリーファンから襲撃される事件にまでなった曰く付きだった。
「いいね!オレたちゃはみ出しもんだ!バケモン上等だぜ!」
先に怪獣になった四角い厳つい男の声かけが呼び水となり、逆三角形顔の男が変異し始める。
鱗でテカるほんのり紫のボディ。背中から飛び出す三角形の鋭い背びれ。鮫の頭を模したヘタレた着ぐるみの頭部。タコやイカ、あるいはクラゲの触手を模した腰みのとそこから生えた細い骨と皮だけの生足は紫色でスネ毛はそのまま。そして逆三角形の顔も紫。
「これがアテクシの理想ッ!究極美!整形不要!何にも縛られないッ!!!鮫人姫の誕生よーーーッ!!!」
人間の言葉を喋りながら、新生した中年男性改め鮫人姫は人間とは思えぬ金切り声を産声としてあげる。
「ぁあっ!イイ!イイわぁッ!」
野獣の発情した声とも嬌声ともつかぬ甲高い声で歓喜する元・中年男性。その顔は恍惚としてピンクでヌラヌラだった。
興奮したまま元壮年の現怪獣(の着ぐるみ?)の手を取りダンスを始める。心牙は更に一歩引いた。
「……いいなあ」
未だあやふやな影の状態にある一番大きな肉塊だった少年が、羨むように望むように羨望の眼差しを二人のバケモノに向ける。
「オラも兄貴たちみたいにスパイメンとかウメボシマンとかまんたんマンとかになりてぇ」
しかし、二人と違って明確なイメージが定められなかったのか、大きな影は急速に揺らめき崩れ行く。
「あ、兄貴!助けて!」
揺らぎは悲鳴となり悲鳴は混乱を招く。混乱した脳に明確なイメージは出来ない。
「マルオ!」「マルちゃん!」踊っていた二人が駆け寄りその手を掴もうとするが、排水口に流れていく髪の毛のようにするりと抜けてしまった。
「まずいぞ……」
「教授」が何かを言おうとして慌てて口を閉じる。言葉にすればその混乱と恐怖を一層助長してしまうと判断したからである。このまままでは少年が迎えるのは確実な消滅、すなわち死だ。
「兄貴!兄貴ィ!いやだ!死にたくない!」
マネキンのような影から既にに丸い顔が浮かぶ水たまりのような状態へ。しかし叫び声だけは明瞭に。
完全に消え去る前に。少年は明確なイメージをした。かつて「泣き虫少年」を助けてくれた、特撮ヒーローの姿を。遊園地のショーで迷子で泣いている彼を助けてくれた、あの日のヒーローの姿を。
そして少年はヒーローの名を叫ぶ。
「たすけてぇ、仮面レイダーGA!!!」
急速に爆発的に水たまりから少年の姿が生える。
しかし、その姿はヒーローというには異様だ。パツパツに伸び切ったアクション特撮用のスーツを無理矢理着た肥満体。屋台のお面屋で売っているかのような安っぽいプラスチック製のお面は蛾か蝶のようで額にゴムで括り付けられ。首元には極彩色のマフラー。ぶよぶよの短い手足を揺らす身長2mほどの肥満体の少年は、蛾や蝶の幼虫、芋虫のようですらある。
「オ、オラが、仮面レイダーGAに!?」
悪の秘密結社によって改造・洗脳され人を襲う蛾の怪人から正義に目覚めて戦うヒーロー「仮面レイダーGA」……をそれなりに模した謎の芋虫のような存在となった。
元々「仮面レイダーGA」とは昭和後期から長らく続く特撮ヒーロー番組の「仮面レイダー」シリーズの一つ、「仮面レイダーGX」の主役ヒーロー、仮面レイダーGXのライバルキャラだった。悪の秘密結社ジョーカーに人体改造され、怪人として人々を襲っていたところ、正義に目覚めて組織を裏切った主人公・仮面レイダーGXが人類の愛と自由の為に戦う、という内容の番組で、かなりリアルな蟻を模した不気味な造形の主役ヒーローやハードかつシリアスなドラマがあまり子どもたちにウケず、更に放送局や制作サイドのゴタゴタによって番組打ち切りになってしまい、マニアからは「仮面レイダーシリーズを終わらせた戦犯」と揶揄される始末。後年になって「平成レイダーシリーズ」として仮面レイダーが平成・令和の世に復活を遂げるのだが、それによって余計に語られることがなくなってしまった悲しい作品だ。
ライバルキャラの仮面レイダーGAは、GX抹殺の任務を受け組織の刺客として登場し対立、同じく正義に目覚めて共に戦う……という話が予定されていたものの、幼稚園バスを襲撃してGXにボコられたあと「次こそは必ず」と言って退散した直後に番組打ち切りになってしまった不遇のキャラだった。
しかし、それら外部の批評など「遊園地で迷子になっていた時に助けられた少年」にとっては本物のヒーローであった。それが地方のアトラクションショーで使い回されてくたくたボロボロのスーツであってもだ。
仮面レイダーGAもどきになったことで死から免れた少年であったが、その表情は落胆の色が濃い。
「オラが、仮面レイダーGAかぁ……」
「やったじゃねぇかマルオ!」
「いつもGA助けてって言ってたものねぇ、遊園地で迷子から助けて貰ったんだっけ?」
元少年現仮面レイダーGAもどきの落胆した肩に、元青年現怪獣ガロバキシンもどきと元中年現鮫人姫もどきがそれぞれ手を置いて励ます。その様はシュールを通り越して異様で不気味だ。
しかし、マルオと呼ばれた元少年は、さめざめと泣き出してしまう。
「お、オラは仮面レイダーになりたいんじゃなくて、ヒック仮面レイダーに助けて欲しいんだぁ」
それはくだらないが彼にとっては切実な泣き言。顔中を涙と鼻水、そして汗と涎まみれにしながら吐き出す泣き言。誰もがヒーローになりたいわけではなく、ヒーローになりたくない者、ヒーローに助けて欲しい者も確かに存在するのである。
「なっちまったもんはしょうがねぇだろ」
「そうよ、マルちゃん。死んじゃうよりはマシじゃない」
ガロバキシンもどきと鮫人姫もどきが引き続き仮面レイダーGAもどきの背中をさする。心牙の目にそれは甘やかしてるようにも見えた。
「ん?チュートリアル?」
ふと三人が目線をあげる。
彼ら三人の脳内に直接、ゲームアナウンスが行われたからである。
「敵を倒せ?」
「て、てきってなんだぁ?」
三人がキョロキョロと周囲を探すように確認するように頭と視線を動かす。
「何か変だ、心牙。気を付けろ」
「教授」が何かを察してスピーカーから心牙に声をかけた。
三人が、心牙を見た。
「こいつが敵か」
「倒せばチュートリアルクリアってことね」
「た、たたかうってオラ怖いだぁ」
心牙は思わず後ろに飛んで距離を取り、自身の神器・「第三の鍵スルトルブランダー」をその手に呼び出して握りしめる。三人との距離はだいたい5m程。
「クエストがハッキング……?いやこれは……乗っ取りだネ」
クークールカン・ケツアルコアトルもまた口を開く。
「おい、ハッキングって何だ!?アイツらはなんで俺を睨んでる!?」
心牙が三人から目を話した瞬間、ガロバキシンもどきの口……四角い厳つい顔の上の着ぐるみのほうの口から、不気味に輝く火球が吐き出される。ガロバキシンの得意技である「スペクトル火球」を模したものだ。
とっさに反応した心牙は、その火球をスルトルブランダーで一刀両断した。2つに分かれた火球が、心牙の後ろに逸れて壁に当たり爆発する。
「っしゃあ!スペクトル火球だぜ!」
「すげー!かっこいいよ、兄貴!」
「ほんとにできちゃうのね!いいわぁ!」
万歳をして歓声を上げる三人。
「どうやら、勇者ああああと同じ位置に『チュートリアル用の敵』を配置して同士討ちを狙ってるようだネ」
「どうにかならないのか、それ!」
続けて放たれた不気味な色の火球を同じくスルトルブランダーで撃墜して心牙は叫ぶ。
ふとファロゥマディンはどうしているだろうかとチャットを視界の端で確認すると、『NGワード』のログが並んでいる。危機を察知して知らせようとして尽くNGワード認定されていたのだ。
「アテクシの踊りを見なさぁい!」
鮫人姫もどきが腰を激しく前後させ、手足をバタつかせて不気味な踊りを踊る。元は「ジョーズ・オブ・ザ・デッド」において、鮫人姫ではなく本来は手下のゾンビ魚人たちが踊っていた儀式の踊りだった。数秒間の不気味な踊りは、ガロバキシンもどきと仮面レイダーGAもどきの周囲に赤いオーラが沸き立たせる。強化バフのエフェクトである。何らかのステータスが上昇したのだ。同じく踊りを見た心牙には青いエフェクトが発生する。弱体化のデバフエフェクトだ。心牙が軽くステータスを確認すると、元々低い防御力が更に下がっていた。
「オ、オラだってぇ!やってやるど!」
仮面レイダーGAもどきが、のたのたと全身の脂肪を揺らして駆け出す。
「レイダー!ナッコォ!」
あまりに見え見えで大きく振りかぶり過ぎで腰が引けている右ストレートが心牙に向かって放たれる。本来は仮面レイダーシリーズのお約束の必殺技の一つ、パンチ技の「レイダーナックル」……もどきだ。放つときにナックル!ではなく、ナッコォ!と発音するのがお約束のそれは、発音以外はまったく模倣できていない。
心牙はそのヘナチョコパンチを体を捻るだけで回避できた。
パンチを回避された仮面レイダーGAもどきはバランスを崩してよろめいた後、即座に踵を返して向かってきた時よりも何倍も速く逃げ出して元の位置に戻った。
「レベルがあがったわぁ!」
「俺もだぜ!」
「お、オラも!?」
三人が顔を突き合わせて再び万歳をする。
「どうやらチュートリアルの敵はちゃんと倒した判定みたいだネ。一つの神器を三人で共有しているから、レベルも共有なのカ」
クークールーカン・ケツァルコアトルは自身のクエストがハッキングされたというのにどこか呑気だった。
「これで俺たちは無敵だ!」
「そうよ、完璧な美だわぁ!」
「お、オラも兄貴たちみたいに強くなれる?」
心牙の焦りも知らず三人は意気揚々と盛り上がっている。
「俺をチビだの豆だのバカにしやがった奴らを全員踏み潰してやるぜ!」
そう言って侵略超怪獣ガロバキシンもどきは大きく咆哮する
「アテクシの美を気持ち悪いだなんてナンセンスな人たちを、アテクシの虜にしてあげるわぁん!」
鮫人姫もどきはくねくねと別の不気味な踊りを踊る。
「お、オラは……ケーキ食い放題だといいなぁ」
仮面レイダーGAもどきはキョロキョロと周囲を見回していた。
「運営のほうに問い合わせをする。出来る限り時間を稼げ」
「教授」がそう心牙に告げて耐神性のガラスから離れた。
「おーい、俺の声が聞こえるか?」
一応声をかけてみる心牙だが、その声は届いていないらしい。正確には届かなくなったというべきか。
「倒してしまったほうが早いんじゃないノカ?」
クークールーカンが物騒な事を言う。
「それは絶対ダメだ!」
心牙は額の傷跡の疼きと共に強く拒絶した。手が震えるのは単なる恐怖からではない。
脳の片隅に浮かぶ「倒す」選択肢を全力で拒否しつつ、心牙はスルトルブランダーを中段に構える。
「生憎と耐えるのは割と得意なんだよ」
「そぉいうのはぁ〜ちょぉっと困るんだよねぇ〜」
欠伸を噛み殺したように間延びした幼い少女の声が、どこからともなく響き渡る。
心牙が周囲を見渡すと、三人の後方高くない天井付近に人影があった。真昼の太陽のように神々しいを通り越して眩しい光を背負っている人影だ。
「こぉんにちはぁ~。お婆ちゃんはぁ、『神々の夜明け』所属の勇者天使「ガブリエル」だよぉ~。」
頭上に天使の輪、ダークブロンドの長髪に、小さな天使の翼を持つ見た目幼い少女が、神々しく降臨していた。




