2日目-2
お腹いっぱい大満足になったユイがお茶に口を付けたところで、レヴィンが表情を改めた。
「昨日も少し話したが、この国は今大瘴気に侵されつつある。瘴気を浄化できるのは聖女の持つ神聖力だけ。通常の瘴気ならこの国で生まれ育った他の聖女でも対処できるが、大瘴気となると全力を挙げても難しい。そこで古い文献を解読して異世界から聖女を召喚し、力を貸していただけるようお願いすることにしたんだ」
レヴィンはこちらの理解度を伺いながら話を続けた。
「大瘴気と、それに乗じて攻めてくると予言された魔族から国を守るため、ユイには国境沿いに張られた結界の補強をしてほしいんだ。もちろん今すぐじゃないよ。この世界に慣れて、魔法の手ほどきを受けてからで構わない」
「そんなにゆっくりしてていいの?」
「魔法の訓練をする時間は十分にある。大丈夫だよ」
「そうなんだ。結界の補強って具体的に何をするの?」
「国境沿いに結界の基点となる結界柱がいくつかあるから、そこに神聖力を注いでほしい。大瘴気を低減できるほどの強大な力が必要だから、他の聖女では力不足なんだ。恥ずかしいことだがね」
「国境沿いの結界柱……」
どうやら聖女召喚の経緯は一周目と大差ないようだ。
マリスレイスでは結界柱は大都市の中心に設置され、街を結界で守っていた。強固な結界を張るほどの経済力のない小さな町や村は簡易版の結界石を購入し、土地を囲むように設置し魔獣や魔族の侵入を防いだ。それに対しトゥバキアでは国境沿いに結界を張り巡らせる。
マリスレイスが狭い範囲を完全防御し魔獣や魔族を寄せ付けないのに対し、トゥバキアは結界で弱体化を図って討伐を可能にすることを目的としている。
国が違えば文化が異なる。国の防衛方法も違って当然だ。
「大瘴気と魔族の侵攻についてはまだ元老院や大聖堂、騎士団の限られた一部しか知らない。だがいずれ国民にも布告する。その時碌な対策もできていないなんて言えない。だからお願いだ。私たちの国の民を守るために、どうか協力してほしい」
「…………」
この国にも魔獣や魔族に脅かされる人々がいる。
一周目でマリスレイスに召喚されたユイは、隣国トゥバキアも同様の問題を抱えていると知り結界の補強を買って出たのだった。それを今思い出した。
憎き敵国に変わりはない。けれどそこに暮らす誰も彼もが仇敵であるわけではない。
一度は守ろうとした命だ。でも、それでも未来でレヴィンに全てを奪われた記憶が胸に重く絡み付き、この男の頼みを二つ返事で引き受けられない。
黙り込むユイを気遣わしげに見つめ、レヴィンが躊躇いがちに口を開いた。
「それともう一つ。伝えないといけないことがある」
「伝えないといけないこと?」
「ああ。実は――元の世界には帰してあげられないんだ」
「…………」
ユイは唇を引き結んだ。なんだそのことか、と。
そんなのとっくの昔に折り合いをつけている。身構えて聞くまでもなかった。
「……驚かないのかい?」
反応の薄いユイにレヴィンが形の良い眉を寄せる。ユイは慌てた。
「あ、いやっ。いきなり言われてびっくりして……それってつまり、もう二度と家族や友達と会えないってことでしょ? そんなの悲しいよ。勝手に喚んでおいて酷いよ」
ユイは声を震わせた。演技は人並みにできるし、途中裏返った声もそれっぽかったはずだ。
「……すまない。全てが終わった後、君が無事に元の世界に帰れるように方法は探し続ける。王子たる私が保証するよ」
「……うん。ありがとう」
儚げな笑みを演じた裏で、ユイは複雑な感情を抱いていた。
レヴィンの言葉はフェルティスのそれとほぼ同じだ。それはつまりどういうことなのだろう。
「シュールストレミング、だったかい? 必ず再現してみせるから。……だからこっちの世界のことも好きになってくれたら嬉しい」
切実さを滲ませた瞳をふっと和らげ、レヴィンがはにかんだ。その姿は戦場での無慈悲な振る舞いと全く重ならない。
もしかすると本当のレヴィン・フォン・トゥバキアは見聞きしてきた人物像と違うのかもしれない。
ユイは膝の上で拳をきゅっと握り込み、レヴィンの視線を真正面から受け止めた。
「……目を開いて見てみるよ。ちゃんと、この国を」
そして、彼自身を。
* * *
ユイをわざわざ部屋まで送り届けてから彼は私室に戻った。剥いだ白手袋を乱雑に机に放り、長椅子にどかりと座る。
「今まで出会ったことのない性格だったが人となりは粗方把握した。さぁ、俺の手に落ちてもらうぞ、異世界の聖女様」
優男の仮面を捨て去った第三王子は乱雑に前髪を掻き上げ、一切の温度のない酷薄な笑みを閃かせた。




