2日目-1
一晩寝て幾分すっきりした心境を表すように、窓の外には冬の穏やかな晴天が広がっている。
朝食後に出されたお茶に口を付けていると、レヴィンが部屋を訪ねてきた。
「おはようございます。ああ、用意させていただいた白の衣装も大変お似合いです。昨日はよく眠れましたか?」
朝っぱらから輝かんばかりの微笑みだ。上品な味わいのお茶が一気に苦くなった。
レヴィン・フォン・トゥバキアといえば、未来の戦争で敗走するマリスレイスの部隊に大魔法を叩き込み、徹底的に壊滅させた危険人物だ。全女性が卒倒しそうな甘い声と顔に騙されてはならない。
ユイは密かに戦意を高め、カップを置いて対面の長椅子を勧めた。
「おかげさまでよく眠れたよ」
「そうですか。……ですが」
「――⁉」
ぴしりと動きが固まった。なぜか茶器の乗った机を回り込んできたレヴィンが、流れるような動作でユイの頬に手を添えたのだ。無慈悲に大魔法を放った指先が目の下をそっと擦る。
「隈が。本当は眠れなかったのですね。無理もありませ――」
その瞬間、ユイは無防備な胴に拳を叩き込んだ。
腹を抱えたレヴィンが痛みと驚きで目を白黒させる。はっと我に返ったユイは慌てて謝った。
「ごめんなさいっ。つい……」
「いえ……こちらこそすみません。驚かせて、しまいましたね」
レヴィンは気丈な笑みを浮かべようとしているが、目尻がひくついている。さすがに申し訳なく思い、ユイは治癒魔法をかけるか悩んだ。だがまだ教わってもいない魔法を使うのは憚られ、別の気遣い方はないかとあたふたと辺りを見回す。
ユイが何かを見つけるより早く、レヴィンが自力で立ち直った。さりげなくユイに席を勧め、自分も対面に座る。侍女がレヴィンの分のお茶を置いた。
「本当は王城にお連れする予定だったのですが、ご気分が優れないようでしたら日を改めましょうか」
「王城……国王にご挨拶とか?」
「したいですか? ナルサカ様のことは私に一任されているので必ずしも必要ではありませんが、ご希望であれば場を設けますよ」
「いやっ、大丈夫。特にしたいわけじゃないから」
ユイは胸の前でぱたぱたと手を振った。
相手が油断しきっている今なら国王暗殺も果たせるかもしれないが、直ちに取り押さえられて処刑台まっしぐらだ。未来の戦争を回避するためだとしてもそれは遠慮したい。
「生活の場を王城にご用意しています。国で最も貴い場所の一つですから、ここより快適にお過ごしいただけるかと」
「……分かった」
「王城まで馬車で移動いたしますが、お辛い時はいつでも仰ってください」
先に立ち上がったレヴィンに手を差し出される。無視して立ち上がると、残念そうに手が引っ込んだ。
「……敬語」
「はい?」
「敬語はいらないよ。名前も呼び捨てでいい」
へりくだった態度は気味が悪い。実は昨日からずっと腹の底がざわめいていたのだ。
レヴィンは数瞬呆気に取られたように目を丸くし、すぐに破顔した。
「では私のこともレヴィンと。もとより貴女様は尊いお方。王族を呼び捨てにしても罰する者はいません」
ユイは頷いた。フェルティスの仇を殿下と呼ぶのは天地がひっくり返っても嫌だったのでちょうど良い。
「じゃあ行こう、ユイ」
「そっちなの?」
一足飛びの名前呼びに思わず素っ頓狂な声を上げると、愉しげに目許が細められた。悪戯が成功したと言わんばかりだ。まんまと反応してしまって悔しい。
ユイは少し考え、背を向けたレヴィンの右腕に自身の腕を絡めた。レヴィンの赤い瞳が軽く見開かれる。ユイは彼と同じ笑みを返してやった。
「……てっきり嫌われているのかと。君から求めてくれて嬉しいよ」
「は、ちがっ」
咄嗟に離そうとした腕が絡め取られる。さほど力を込めているようには見えないのに、引き抜こうとしてもびくともしない。
仕返しが成功して機嫌を良くしたユイは勝利の余韻に浸る間もなく、苦汁を舐める羽目になった。一枚上手だった第三王子はそんな彼女を眺め、軽やかな笑声を漏らした。




