1日目-3
ユイは天蓋付きの寝台に背中からぽすんと倒れこんだ。うっとりするほどふかふかの寝具が疲れた身体を柔らかく包み込んでくれる。
賓客用だという客室に案内されて部屋の説明を粗方受けた後、侍女には下がってもらった。最初は付きっきりで世話するのが役目だからと固辞されたが、「落ち着いて考えたいから一人にさせてほしいの」と頼むと渋々引いてくれた。
一人きりの寝室でユイは早速状況を整理しようとした。けれど軽い気持ちで寝転んだ寝具がユイの思考力を奪っていく。
「駄目、寝落ちしそう……考えなきゃいけないことがたくさんあるのに……あーでもふかふか気持ちいい……」
さすが庶民には手の届かない高級品だ。起き上がる気力が全く湧かない。一周目も含めて最近は気を張ってばかりだったせいもあるだろう。少しくらい休んでもいいんじゃないか、なんて思い始めてきた。これはよくない。けれど抗えない。ユイの意識が緩やかな微睡へと沈んでいく。
「…………駄目! 起きなくちゃ!」
ユイは勢いをつけて起き上がった。誘惑を断ち切るように足早に寝室を出る。ユイに与えられた部屋には寝室と続きの居間がある。ユイは長椅子には座らず窓辺に立った。
窓の外には夜の帳が下りた庭園が広がっている。花壇の配置も咲き誇る花の種類もマリスレイスの大聖堂とは違う。この部屋に来るまでに通った堂内も似て非なるもので、ここは他国なのだとまざまざと思い知らされた。
ふいに胸の奥底から堪えがたい切なさが込み上げてきて、ユイはぐっと喉を鳴らした。無性にマリスレイスに戻りたくなった。
部屋の外に出ようとして思い留まる。遠いこの地から簡単にフェルティスたちの元に行けるはずもない。馬でも聖女の魔法でも無理だ。
ならばせめて向こうの状況をと思うが、ここの人間に訊いても正しい情報が貰えるとは限らないし、この世界に疎い自分がいきなり「かの国って今どうなってる?」と尋ねるのも不自然だ。そもそもマリスレイスが国の中枢に関わる情報を敵国に漏らすとも考えられない。
ユイは胸に淀む澱を散らすように努めて息を吐き出した。外の空気を吸おうと扉を開ける。
何かあれば壁の呼び鈴を鳴らすようにと侍女から説明を受けたが、ちょっと散歩に出るくらい構わないだろう。一々呼び出すのも申し訳ない。
制服の上から厚手の毛織物を羽織り、ユイはあてどなく建物の中を徘徊した。やがて部屋の窓から見えた庭園に出た。
一周目の時もこうして外を出歩いたな、とユイは懐かしく思った。元の世界に帰る方法がないと告げられ辛くて泣いていると、探しに来たフェルティスが優しく慰めてくれたのだ。
『世界を渡れるなら来るだけじゃなく帰れるはず。時間がかかっても必ず方法を見つけるよ。私の名に誓って約束する』
結局帰る方法は見つからないままだったが、こちらの世界で生きていくのも悪くないと思うようになった。だというのに、ユイを悲しみの底から救ってくれた彼は――。
彼の最期へと思考が流れた時、背後から名前を呼ばれた。一瞬フェルティスかと期待したがそんな都合の良い展開はなかった。落ち着いた所作で立っていたのはユイ付きの侍女だった。
「え、なんでここが……」
彼女に散歩のことは伝えていないのに、なぜここにいるのだろう。
「部屋にお姿が見えなかったためお探ししました。夜は冷えます、どうぞお戻りください」
「……はい。心配かけてすみません」
侍女について庇の下へと戻りながら、ユイはむくむくと疑心が膨らむのを感じた。
明らかに不在に気付くのが早すぎる。まさかずっと見張られていたのか。
「聖女様はどうして庭園に? 仰っていただけましたらご案内しました」
「何もかも突然で訳が分からなくて……頭を冷やしたかったんです。すみません」
「謝らないでください。突然見知らぬ世界で目覚めたら戸惑われて当然です」
「……ありがとうございます」
平坦な口調だが本物の気遣いを感じ、ユイは小さく笑った。不可解な巻き戻しに翻弄された心が慰められた気がした。




