9日目-6
アイラックが魔獣を喚び寄せた。空中が陽炎のように揺らいだかと思えば黒々とした穴が開き、大きな黒虎が姿を現す。
しなやかな動作で塔の上に降り立った黒虎に所長代理が飛び上がった。
「ま、魔獣⁉」
「あ、この子はオレの使役魔獣ッス。人は襲わないから安心してほしいッス」
アイラックが所長代理とユイを等分に見て説明する。無論ユイに恐れはない。むしろ泣きたいほど懐かしい気持ちだった。
「あ、あなた魔獣使いなのですか⁉」
対して所長代理はあからさまに恐怖していた。人を襲う魔獣を家族や友人と同等に扱う魔獣使いを気味悪がり、厭悪する者は多い。
アイラックは何かを誤魔化そうとするように頭の布を掴んだ。
「……そうッスよ。珍しいっしょ。握手してあげてもいいッスよ!」
「くそ、なんでこんな時に限って……! そ、そうだ。魔獣使いならあいつらをどうにかできないのですか⁉」
「できたら良かったんスけどねー。残念ながらオレの使役下に入った魔獣にしか言うことを聞かせられないんス」
「……ちっ、使えないな」
所長代理が小さく毒づいた。わざとアイラックに聞こえる声量で。
「ちょっと。なんてこと言うの!」
「聖女サン……」
アイラックが目を丸くした。まさか庇われると思わなかったのだろう。
彼は魔獣使いになりたくてなったわけではない。それを知っているからこそ、身勝手に過ぎる所長代理の物言いは我慢ならなかった。
「アイラックに謝って!」
「いいッスよ聖女サン。こーいうのは慣れてるッス。それにオレにもっと力があれば奴らに回れ右させられるのも事実ッスから」
「だからって君が傷ついていい理由にはならな――あっ、どこ行くの。待て!」
所長代理が隙を突いて逃げ出そうとした。ユイに一拍遅れて反応したアイラックが黒虎を差し向ける。所長代理は階下に繋がる扉に手をかける前にあっさり黒虎に捕まった。床に押し倒され、脇腹を踏んづけられた所長代理が逃れようと足掻く。痛みは感じていないようなので、軽く押さえつけているだけなのだろう。だが黒虎は所長代理の必死の抵抗にもびくともしなかった。
「何のつもりッスか。今下に行くのは危ないッスよ!」
「くそ、離せっ」
「手荒な真似して悪いッスけど、アンタのことも殿下から頼まれてるんスから。オレがイヤでも我慢するッス。しばらくの辛抱ッス」
「離せ、このっ。魔獣使い風情が! 私の方が身分が高いんだぞ! ああくそっ、このままじゃ殿下に殺される……!」
「殺される?」
アイラックがきょとんとした。ユイも似た気持ちだった。
「それってどういう……?」
所長代理はしきりに階下を気にしている。ユイが問いを重ねようとした、その時だった。
一際大きな破壊音が突き上げてきた。
「……⁉」
音の出所は壊された結界付近だった。
橋上ではレヴィン率いる部隊が魔獣の群れと激しい攻防を繰り広げていた。逃げ遅れた者を救助しながらでは思うような戦い方ができず、劣勢を強いられている。
レヴィンは先頭に立って腰の剣と魔法を駆使し、一番多く魔獣を引き付けていた。要救助者を逃がし終え、もう少し体勢を立て直せれば大魔法を使う隙も作れるが、まだその余裕はなさそうだ。
そんな中新たに結界石の一つが壊され、結界の穴が広がった。
歓喜に打ち震えた魔獣が次々と穴を潜り抜けてくる。騎士たちに絶望の色が広がった。部隊を叱咤し鼓舞するレヴィンの声も硬い。
「……っ」
もう四の五の言っていられる状況ではなかった。ユイは意を決し、服の裾を翻した。




