9日目-5
「きゃあっ」
「……っ、なにが起きた」
「嘘でしょ聖女サンなにその可愛らしい悲鳴……あ、殿下! あっちを見てくださいッス!」
ユイとレヴィンは同時に身を翻して胸壁に手を突いた。アイラックが指差した先、トゥバキア側の橋の一部から黒煙が上がっている。石造りの欄干は鉄球をぶつけたように抉り取られており、橋の内側に大小の瓦礫が散らばっていた。瓦礫に紛れて細かな結晶も煙を被っている。直感的に理解した。あれは結界石の破片だ。
「簡易結界が破られたの⁉」
ユイが叫ぶと同時に甲高い咆哮が青空を貫いた。大橋の影から這い上がってきた魔獣の群れが大挙として結界の綻びに押し寄せた。ツノ付き狼のような個体や大熊のような個体など種類は様々だ。幸い飛行型は見受けられない。
凶暴な魔獣の眼が飢えた殺意にぎらついた。
橋の下は掴む箇所もない奈落なのに奴らはどうやって空中を登ってきたのだろうか。
疑問がユイの脳裏を掠めたが、暢気に追及している暇はなかった。簡易結界の内側に入り込んだ魔獣が手近な作業員を襲う。それを皮切りに場は騒然となった。我先にと逃げる者、恐怖に立ち竦む者が入り乱れる。
「休息日で騎士が少ない日に限って……。誰だ簡易結界の整備確認を怠ったのは!」
レヴィンが低い声で怒りを吐いた。
「アイラック! 君はここでユイを守れ。所長代理もだ。いいね、絶対だよ」
上に立つ者特有の重みのある声で念を押す。アイラックは二つ返事で了承した。
「殿下はどうするッスか!」
「駐留部隊の指揮を執る。いいね、任せたよ」
そう言い残し、レヴィンは一瞬をも惜しむように胸壁に左手を突いた。風魔法で飛び降りるつもりだ。だがその直前、レヴィンはユイを振り返った。
「初めての遠出がこんなことになってしまってすまない。すぐに終わらせてくるよ。大丈夫、絶対に魔獣を近づけさせないから。君はアイラックと一緒にここにいて」
安心させるような微笑みを残し、レヴィンは今度こそ空中に身を躍らせた。風魔法を器用に操って危なげなく橋の上に降り立つ。次の瞬間、関所へと駆け出した。
「――アイラック!」
ユイは勢いよく魔獣使いを振り返った。
「私たちも戦おう!」
「な、何言ってるんスか駄目ッスよ、危ないッス! 殿下に言われたとこじゃないッスか。下手に下に降りるよりここにいた方が安全ッス。ここで大人しくしてるッス!」
「でも……っ」
この時機での襲撃は全くの予想外だった。魔族は一人も見当たらないため、例の魔族襲撃が早まったわけでもなさそうだ。
当時大した被害もなく退けられたために大きな話題にはならず、マリスレイスのユイの元にまで情報が届いてこなかったのかもしれない。
何にしても考察は後回しだ。
逃げ遅れた作業員の悲鳴が門塔の壁を駆け上ってくる。騎士はようやく関所から出撃したところだった。




