1日目-1
死後の世界はよく知った場所だった。
部屋の入口から奥へと等間隔で配置された白柱。磨き上げられた大理石の床。色硝子が美しい、薔薇の形を模した円形の大窓。その下で色彩豊かな光を浴びる祭壇。
一目で神聖な場所だと分かる荘厳な大部屋だ。
高校の制服を着たユイは光り輝く幾何学模様の陣の中心に立っていた。揃いの白い装束に身を包んだ神官らしき面々が陣をぐるりと囲み、諸手を上げて喜んでいる。見覚えのある光景だった。
まるで突如異世界に召喚された日のようだ。というか、それそのものではなかろうか。
ユイは混乱した。自分は死んだはずだ。なのになぜ過去に戻っているのか。
――過去に戻ってる?
脳裏に閃きが走った。元の世界ではお伽噺や画面越しにしか存在しなかった魔法やら魔族やらが実在する不思議な世界だ。たとえ時間が巻き戻ってもおかしくない。
聖女召喚の日から処刑されるまでの約一年、聖女として蓄えた知識や経験を以てしても理屈はさっぱりだが、もし巻き戻しが本当なら偶然にもユイの願いが叶ったことになる。
胸の奥底に仄かな希望が灯った。痺れるような喜びと共に全身に熱が広がっていく。
――なんだかよく分からないけど……やり直せる! 今度こそ戦争を止めて魔族の侵攻も蹴散らして、フェルティスや仲間たち、誰一人失わず幸せな未来を迎えてやる!
ユイは人知れず決意を固めた。まずは滞りなく初めましてを済ませるのだ。そのためには巻き戻し前――一周目のやり取りをなぞった方がいいのかな、と考えながら顔を上げる。
「……あれ?」
先ほどは混乱していて気付かなかったが、記憶にある光景と目の前のそれが違う。色硝子に描かれた宗教画は見覚えのない絵ばかりだし、神官の装束の意匠も微妙に異なる。極め付きは正面にいた大司教が頭を下げた相手だった。
「ああ、神に感謝します。それに殿下にも。桁違いの魔力量を持つ貴方の協力がなければ成功など夢のまた夢でしたでしょう」
「我が国、ひいては国民の安寧のために当然のことをしたまでだ」
ユイの心臓が不自然に脈打った。殿下、と呼ばれた人物から目が離せない。
「な、んで……」
掠れた疑問が無意識に唇から零れ落ちる。
神官の装束と異なり、礼服らしき上質な服装に身を包んだ長身の青年だ。研ぎ澄まされた刃のような冷たい顔立ちはひどく整っており、青みがかった黒髪は魔法陣から立ち上る光の粒を受けて落ち着いた光沢を放っている。そして最も目を引いたのは切れ長の双眸。長い睫毛に縁取られた瞳の色は、禍々しい赤だった。
そこにいたのはマリスレイス国の王太子フェルティス・テーラ・マリスレイスではなく、レヴィン・フォン・トゥバキア――戦争を仕掛けてきた隣国の王子にして、フェルティスの命を奪った張本人だった。
彼は冷酷非道で血も涙もないと戦争以前から有名だった。そして実際、戦場で相見えた彼はフェルティスに何事かを囁きかけた後、心臓目掛けて一切の情け容赦なく刃を突き立てた。
地面に横たわるフェルティスから血に塗れた剣を引き抜き、ついとこちらに向けた血赤の瞳に頭が沸騰したのを鮮明に覚えている。仕掛けてくるなら返り討ちにしてやると息巻いたが、彼は用は済んだとばかりにさっさと踵を返し、ユイは一矢報いることもできなかった。
そんな憎々しい仇が今、すぐ目の前にいる。
怒りに身を任せてレヴィンに魔法を叩きつけようとしたが、魔法は発動しなかった。レヴィンが優雅な仕草でユイの前に片膝を突き、虚を突かれたのだ。
「ようこそ召喚に応じていただきました、聖女様。私はレヴィン・フォン・トゥバキア。トゥバキア国の第三王子です。現在この国は未曾有の危機に瀕しており、情けないことに聖女様の神聖力だけが頼りです。どうかか弱き我々のために尊きお力をお貸しください」




