9日目-2
「事情は分かった。じゃあ案内を頼むよ」
「仰せつかりました。こちらです。後ほど大橋の造りをご覧いただきます」
「よ、よろしくお願いしますっ」
所長代理の案内に従って門塔に足を踏み入れる。
壁掛け洋燈の淡い光に照らされた内部は想像したより暖かかった。魔法で室温を上げているためだけではない。狭い床に積み上げられた資材による雑多な雰囲気も一役買っているだろう。
今は散らかっていますが開通後は有事の際の武器や食料を備蓄する倉庫になる予定です、と所長代理が説明する。
「まぁ、殿下にご説明申し上げるのは厚かましい限りですが」
「どうして? 所長さんじゃないからですか」
「そういえば言ってなかったね。この事業は私が主導しているんだよ」
ユイの疑問に答えたのはレヴィンだった。何でもないことのように告げられた事実にユイは固まる。
「……え」
脳を直接殴られたような衝撃だった。冷酷王子と友好事業がうまく結び付かない。友好とはつまり、目的を共有して協力関係を築くことだ。仲良く手を取り合うことだ。
仕事だから不本意ながら遂行しているんだそうに違いない、という現実逃避の思考は他ならぬレヴィンに否定された。
「マリスレイスとの関係が悪化して白紙に戻る度に、私が復活させてきたんだ」
厳密には私と向こうの責任者がね、と補足されたがありがたいことに何の助けにもならない。
レヴィン・フォン・トゥバキアという人物像が根底から覆される心地がした。世界が回る。
「聖女サン? あれ、聞いてるッスか? おーいッス」
目の前で手をひらひらと振られ、ユイは現実に引き戻された。
「あ、ごめんなさい。その……」
世界でも有数の大地の裂け目に橋を一から作るなんて、しかも先例のない大それた計画を推進するなんてすごく大変そう。ユイはそう言おうとした。
「君が誰かと仲良くしようとするのが意外で」
だが口を衝いて出たのは隠しようもない本音だった。
「…………」
「…………」
不自然な沈黙が場を支配する。アイラックが耐えきれずにぶはっと吹き出した。
「ハッキリ言うッスね聖女サン! 殿下見抜かれてるじゃないッスかー。その笑顔胡散臭いんスよ。あははっ」
「……アイラック。君がひときわ大事にしている魔獣は確か黒虎だったね」
「や、やめるッス! オレが悪かったッス、もう黙るッス! あの子を焼いても美味しくないッスよ⁉」
「王子として様々な案件に触れるようになって思うようになったんだが、人間何事も経験だよ」
「それ上司が無茶振りする時の便利台詞ッスー!」
アイラックが涙を振り乱した。わっとその場を逃げ出そうとした足が失速する。
仕事を放り出すのはまずいと思い止まったのだろう。代わりに彼は懇願とも恨みともつかない眼差しでレヴィンを睨み上げたが、細部まで完璧に整った微笑にあえなく跳ね返された。
それでこそ冷酷王子だ、とユイは思った。安堵したと言ってもいい。悪辣で残虐な人でなし野郎とはもう思わないが、だからといって優しく誠実な人間であると無邪気に信じる気にはなれない。何かしらを企んでいるのは間違いないのだ。それはユイに向けられる過剰なまでの親愛が証明している。親切の裏には下心がつきものだ。
「……ユイ? それはどういう意味の視線だい?」
ユイの無言の視線に気付いたレヴィンが笑みに苦いものを滲ませた。
「別に。仲がいいなと思っただけだよ」
「妬いた?」
「寝言は寝て言って」
「おや、それは一緒に寝たいというお誘いかい?」
「なっ、なっ、何変なこと言っちゃってるの⁉」
安堵も疑心も振り落として一気に顔中に熱が集まった。火に炙られたように頬が火照る。
「素直じゃないね。大胆な誘いは好きではないが、君ならやぶさかではないよ」
「……っ、……っ」
端正な顔が近づいてくる。ユイの中の熱が最大限に膨張した。
「階段付近でふざけないで!」
ボコッと重い音がした。鳩尾にいい拳を喰らったレヴィンがよろめく。
「殿下ー!」
「……ここはまだ地上部分だが……分かった。場所は弁えよう……」
痛む腹に顔を顰めたレヴィンが苦い声で降参を示した。分かればいいの、とユイは腕を組んだ。意識して頬の熱を散らす。




