7日目-1
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晴れ渡った街道を護衛付きの馬車が一定の速度で走る。
馬車はありふれた箱馬車で、主はある程度の地位と身分を持つ者だと窺える。だがまさか王族と聖女が乗車しているとは夢にも思うまい。
公務ではないため高貴な身分に付随する仰々しさを排除し、お忍びに近い体を取ったのだ。
ちなみに某魔獣使いも護衛の騎士数人と共に同行し、馬車の屋根の上で気ままに休息を取っている。意図せずしてこれも主の身分を錯誤させるのに一役買っていた。だってまさか、尊き二人の頭上に尻を敷く人間がいるとは誰も思わない。
ユイが押し上げ式の窓から顔を出して外の風景を瞳に映していると、対面のレヴィンが吐息で笑んだ。
「見渡す限り草原ばかりで飽きないかい?」
「うーん、まぁそうだね。見てて楽しいものはないかな」
元の世界では縁のなかった馬車での移動も繰り返せば日常になる。新鮮味が失われた後に残るのは、快適とは言い難い馬車旅を長時間続けるしんどさだ。土を踏み固めただけの未舗装の街道は馬をゆっくり歩かせていてもがたつく。
ユイの顔色の変化に目敏く気付いたレヴィンが軽く眉根を寄せた。
「……疲れたかい? 昼に立ち寄った村を出てからしばらく経つし、そろそろ一度休憩する?」
「大丈夫。私なんて座ってるだけだし。御者さんや騎士の人たちの迷惑にはなりたくない」
「迷惑だなんて。みな聖女であるユイの力になれて光栄に思っているよ」
「買い被りすぎだよ」
これから向かう場所はユイたっての希望だ。むしろ彼らの仕事を無用に増やしてしまい申し訳ない。だが旅程を組んでもらったことに後悔はなく、やっぱり引き返そうと撤回するつもりもなかった。
数日前、宣言通り王城内が寝静まった夜更けに部屋に訪れたアイラックから仕入れた情報によると、やはりマリスレイスも聖女召喚を試みていたが失敗に終わったらしい。再度儀式を執り行おうにも、また一から膨大な魔力を集めなければならないため現実的ではない。今後の方針で諸侯の意見が分かれ、王宮内は浮足立っているようだ。
だがあまり心配はいらないとユイは考えていた。政治的な混乱はフェルティスが静めてくれるだろうし、国の聖なる守護には大聖堂の聖女が対処する。中にはユイが現れなければ筆頭聖女の座を射止めていた聖女もいる。その能力は折り紙付きだ。
己こそが救国の聖女だと突っかかってきて幾度となく力を競わせたため、不本意にもその神聖力の腕は身をもって知っている。大瘴気はともかく、大型魔獣の群れの瘴気程度であれば難なく浄化できる。結界の腕も申し分ない。
マリスレイスは大丈夫だ。ユイは未来の悲劇回避に専念すればいい。
そうして画策したのがこの訪問だった。目的地は<エーデの裂け目>。未来の戦争の芽を未然に潰すため、大橋の結界をどうにかして作動させ、間近に迫る魔族襲撃事件の被害を最小限に収めるのだ。
<エーデの裂け目>に行きたいとレヴィンに話すと、案の定怪訝な顔をされた。
「どうして? あそこは魔獣が出て危険なばかりで、大して面白いものはないよ」
「いや、えっと……そう! 地理の勉強で教えてくれたでしょ? 国境の三分の一を占めるすごく大きな亀裂だっていうじゃない。どんなものか実際に見てみたくて」
背中に冷や汗を垂らしながら頭を全力で回転させ、それらしい理由をでっち上げる。ユイはまだ大橋の存在を教えられていない。都合よく辿り着けるかは賭けだ。
勉強の時にちらっとでも話題に出してくれれば話を自然に持っていけたのに、と気の利かない過去のレヴィンを恨んだ。
「この国に興味を持ってくれて嬉しいよ。百聞は一見に如かずというからね。確かに地図を見るだけじゃなかなか想像できないだろう」
「そう! そうなの。まだ城下町に降りたこともないし、仮にも自分が守る国ならどんなところなのか知りたいっていうか……。資料を読むんじゃなくて実際に触れたら実感も湧くと思うし!」
ユイはここぞとばかりに捲し立てた。レヴィンは相槌を打ちながら聞いてくれたがそれだけだ。欲しい一言をくれない。
まさか不審に思われたのだろうか、とユイの胸に不安が募った。
一秒ごとに降り積もる沈黙が肌を刺す。耐えかねたユイが駄目押ししようとした時、「分かった」とレヴィンが承諾した。
「旅程の計画や騎士の手配など準備があるから……明後日でいいかい?」
「……!」
「早い方がいいなら明日にでも行けるが」
「あ、じゃあ明日で!」
第一関門突破が嬉しくてつい食い気味に頷いてしまう。はっと我に返り、レヴィンをそうっと窺った。幸いにも不自然には思われなかったようだ。好奇心旺盛なお転婆娘だとみなされたかもしれないが、正体バレに比べれば安いものだ。そう思うことにする。
「<エーデの裂け目>までは馬車で二日だよ。……ああ、そうだ。どうせなら隣国のマリスレイスに繋がる大橋も見に行こうか。施工中だがもうほとんど完成している。魔獣から大橋を守護するための結界柱を設置しているんだ。今よりさらに神聖力の扱いを磨いて、いずれは結界柱に力を注いで結界を補強する役目を担ってもらうからね。実物を見学するいい機会だ」
「ありがとう! 間近で見られるなら火の中水の中だよ!」
自然に結界柱に近づける願ってもない申し出だ。ユイは二つ返事で了承した。
レヴィンが薄い唇に苦笑を滲ませる。
「はは、そんなに<エーデの裂け目>が気になっていたのかい? 大橋は見どころがたくさんあるし結界も特徴的だ。きっとご期待に沿えると思うよ」




