5日目-5
* * *
「なんだあの聖女は」
私室に入り、廊下へと繋がる扉を閉めた途端レヴィンは荒々しく吐き捨てた。
「珍しく荒れてんな」
笑みを含んだ声が中央に置かれた長椅子から上がる。レヴィンはすれ違いざまに白手袋を鋭く叩きつけた。飛んできたそれを危なげなく掴んだのはレヴィンの副官で騎士のネメア・シュタナーだ。
年の頃は二十代前半。筋骨隆々の大柄な体躯に凶悪な顔つきをしており、本人の意思に反し泣かせた子どもは数知れない。凶暴犬のような見た目の通り実力は確かで、同年代の騎士の中でも剣術は抜きん出ている。レヴィンが直々に選んで副官に付けた男だった。
「全く訳が分からん。実物を見ていないのに瘴気や魔獣の飲み込みが異様に早い。治癒はともかく浄化の魔法は教えてすらいないぞ。本人は何も言わなかったが元の世界にもあったのか? それとも持って生まれた才能だとでも言うのか」
どかりと座った長椅子の背凭れに片腕を乗せ、レヴィンは額にもう片方の手を当てた。
「お前の説明が上手すぎたんじゃね? 人に任せなかった弊害だな」
「抜かせ。今は王族が直々に目をかけていると彼女に示すことが大事な場面だ。……力だけを与えられた凡庸な小娘で、現状を嘆くだけかと思えば召喚の翌日にはもう落ち着いている。その上損にしかならないのに見知らぬ娘を助けた。なんなんだあいつは。ただの馬鹿か。馬鹿なのか? それにだ」
レヴィンの語気が強まった。
「俺のこの顔面にもなびかない。おかしいと思わないか? 老若男女どころか魔獣もコロッといく国宝級だぞ」
「魔獣もだったか?」
ネメアは笑み混じりに背後に首を巡らせた。
すっかり日の落ちた第三王子の私室には他にも二つの人影があった。一つはネメアの視線の先。そこには頭に布を巻いた魔獣使いのアイラックがいた。
「人間と見れば見境なく襲う魔獣なのに凄いッスよねー。ここに呼ぶッスか?」
「呼ばんでいい」
「あれはなかなかに見物でした」
そしてもう一人はユイ付きの侍女リオン・タグステンだ。長椅子のネメアを挟んでアイラックと反対側に控えた彼女は平坦な表情に楽しげな色を滲ませた。
「はは、面白え聖女だな。俺も会ってみたい」
「安心しろ。いずれ機会が来る」
おざなりに応じたレヴィンは一転して纏う空気を変えた。
「彼女がアイラックに反応した理由は瘴気の気配だったか。リオンはその時の会話を聞いたか?」
「いえ。魔法を使えば盗み聞きできましたがしていません」
「それでいい。万一魔法がバレて不信感を与えては元も子もない。どうやら予想以上に魔法の才能があるようだしな。――アイラック。その他は何か話したか」
魔獣使いは一拍の沈黙を挟んで答えた。
「いや、それだけッス!」
レヴィンは一つ頷き、話題を変えた。
「マリスレイスはどうだった」
「殿下がイチバン欲しいのは……これッスよね。愛しの君からお手紙を預かってきたッス!」
「仮にも他の女を口説こうとしている奴に『愛しの君から』とか言うか?」
「それに手紙の相手は男だしな」
「アイラック。お前そんな大事な封書を持っていたなら寄り道してないで真っ先に殿下の元に行きなさいよ」
「だって噂の聖女サン気になったんスもん。ちょっとくらいいいじゃないッスかぁー!」
茶々を入れる面々を尻目に、レヴィンはアイラックが懐から取り出した封筒の封を手慣れた様子で切り、内容に目を走らせた。気を取り直したアイラックがマリスレイスの情勢を報告する。
「向こうはザワついてるッス。今は聖女召喚失敗の原因を探ってるッスが、うちが横取り召喚したと知るのも時間の問題ッスね。……にしても本当に成功するとはッス。あっちが失敗したからうちが成功したんだろうとは思ったッスけど、向こうにいた時は半信半疑だったッスよ。こっちに戻ってきて例の聖女サンを見て、やっと信じられたッス」
「……召喚は成功した。これでやっと本格的な計画が進められる」
手紙を折り畳んだレヴィンが切れるような笑みを覗かせた。
「攻略に時間がかかりそうだがまぁいい。聖女としての腕は将来有望、利用価値は高い。遊戯と考えれば張り合いがある相手だ。――あれは俺の聖女だ。絶対に他の誰にも渡さない」
部屋に集った面々が固く頷いた。




